再臨: 侵略者彼女
ラブコメ回収
僕が最初に感じたのは、「香り」だった。
鼻腔をくすぐるのは、甘い花のようでありながら、夜、静かな山の上で天の川を見上げている様な、不思議と落ち着く香り。
「……ん」
まぶたの裏に、柔らかな春の陽光が透けていた。
視線をゆっくりと下に向けると、視界の端に、色とりどりの虹彩を宿した銀色の糸が散らばっていた。
星雲を溶かし込んだような、プラチナシルバーの髪。
それが僕のベッドの脇に、波打つように広がっている。
「……え?」
その髪の主は、ベッドの端に上半身を預け、僕の手を握ったまま、すやすやと眠りについていた。
リナリア・テトラ・ゼノス。
銀河最強の軍事帝国皇女にして、僕にボディブローを叩き込んだ、世界で一番綺麗な『敵』の女の子。
「……ぁ」
微かな気配を察したのか、彼女の尖った耳がピクリと動いた。
ゆっくりと顔を上げた彼女の金の瞳が、僕の視線と真っ向からぶつかる。
リナリアは、まだ覚醒しきっていない寝ぼけ眼で、ぼんやりと僕を見つめ――。
「……かく、ご……?」
にへら、と。
ふにゃふにゃに溶けたような、無防備すぎる笑顔を浮かべた。
「っ……!?」
僕は思わず、ぐはっ、と効果音がつきそうな勢いで仰け反った。
なんだ、今の破壊力。
僕の心臓が、今まさに臨界点を超えて爆発しそうなんだけど。
(えっ、何、この状況!? 朝チュン!?
いや、何もしてないけど、概念的には朝チュンだよねこれ!?
僕、やっぱりあのまま死んで、ここは天国っていう名のギャルゲーの世界線なの!?)
パニックで脳内会議が乱立する中、リナリアはようやく意識がはっきりしてきたのか、寝乱れた銀髪を慌てて整え始めた。
「う、うむ……目が覚めたな、覚悟。そ、その、身体の調子はどうだ?
まだどこか痛むか?」
彼女の頬が、みるみるうちに林檎のように赤くなっていく。
「あっ、ハイッ! だ、大丈夫です! むしろ筋肉痛すらなくて、絶好調です!」
裏返った声で答える僕に、リナリアは今度は、心底安堵したような、綻ぶような笑顔を見せた。
「……そうか。それは、本当によかった」
尊い。
死ぬ。
僕のHPはもうゼロだよ。
けれど、僕は喉の奥に引っかかっていた、最大の問題を口にしなければならなかった。
「あの……リナリアさん。
正直、途中から記憶が曖昧なんですけど……。
僕、貴女に……結婚を申し込みました……よね?」
その問いに、リナリアは恥ずかしそうに視線を泳がせながら、小さな声で、しかしはっきりと答えた。
「う、うむ。……非常に、熱烈な求婚であったな。私の首筋に触れながら……その……『結婚してください』と。
帝国全軍と地球全体に中継される中での、明瞭な宣言であった」
――思い出した。
断片的な記憶が、一気に脳裏を駆け巡る。
自爆特攻。核の不発。首筋への接触。
……そして、あの究極の精神状態でのプロポーズ。
「うわぁあああああああああああああ!!」
僕は枕を引っ掴むと、そのまま顔を埋めてベッドの上でのたうち回った。
黒歴史だ。
いや、結果として三次元嫁が出来たんだから、白歴史かもしれないけど⁉︎
十四歳の男子中学生が、世界中にプロポーズを公開処刑された事実は、変わらない。
「ど、どうした覚悟!? やはりどこか痛むのか!? 待て、今すぐ治療を――」
「違うんです! 精神的な痛みなんです! リナリアさんは離れててください、恥ずかし死ぬ!」
のたうち回る僕を止めようと、リナリアがベッドに身を乗り出して僕の肩を掴む。
だが、転げ回る僕の肩に、彼女が引っ張られて——
「きゃっ!?」
「うわっ!?」
重力の悪戯か、あるいは僕の人工筋肉のせいか。
僕はリナリアを巻き込んで、ベッドに押し付けるような形で、彼女を「押し倒して」しまっていた。
至近距離で、彼女の体温と花の香りが混ざり合う。
金の瞳が、潤んだように僕を見つめている。
(ど、ど、ど、どうしよう。これ、ラノベならこの後、絶対誰かが入ってくるフラグじゃん……!)
その予想は、最悪のタイミングで、かつ最高の精度で的中した。
「――あのー、覚悟は、目が覚めました……か……?」
ガチャリと扉が開き、母さんがお盆を持って入ってきた。
そして、固まった。
ベッドの上でもつれ合い、顔を真っ赤にして見つめ合う、十四歳の息子と銀河帝国の皇女。
「や、その、母さん。これは違くて……」
「…………」
母さんの背後から、父さん、姉ちゃん、そして綺麗なエルフのお姉さん(後で副官ヘルガさんだと知った)が、ぞろぞろと部屋に入ってくる。
全員が、石像のように固まった。
「――っ!!」
沈黙を破ったのは、額に青筋を浮かべた姉ちゃんの怒声だった。
「この、バ覚悟ぉおおおおおお! 人がどれだけ心配したと思ってるのよ!
何を、何を……不潔! このキモオタ代表!」
「違うんだ姉ちゃん! これは不可抗力で、その、物理法則がだね――」
僕の新しい日常は、文字通り爆発的な混乱と共に幕を開けたのだった。
※
あれから、二ヶ月が経った。
僕は今、真新しい高校の制服に身を包み、校門の脇で彼女を待っている。
桜はすでに散り、街は目に眩しいほどの新緑に包まれていた。
下校してくる学生たちが、僕を見てチラチラと噂話をしているのが聞こえる。
まあ、無理もない。
『地球代表として異星人と戦い、あろうことかその姫を嫁に貰って帰ってきた少年』なんて、一生分の有名税を前払いしたようなものだ。
(正式な婚約発表は一年後、か。……ゼノス皇帝陛下のスケジュールが合わないとか、そんな理由で延びるとは思わなかったけど)
リナリアは「早く正式に結ばれたい」とプンプン怒っていたけれど、こればかりは帝国のしきたりらしい。
けれど、その『婚約』という事実が、地球の運命を塗り替えた。
ゼノス星間帝国法では、皇族と婚姻関係を結んだ相手の出身星は、保護対象となる。
僕がリナリアと婚約する事で、地球人はゼノス星間帝国皇族の「親族」と定義された。
その結果、地球の資源化も地球人の奴隷化も、全てが回避されたのだ。
あの決戦の数日後、各国の首脳陣が我が家の狭いリビングに集結し、父さん達と僕に向かって一斉に土下座した光景は、今思い出しても、ざまぁ過ぎて眩暈がする。
『リナリア様と結婚してくれて、本当に、本当にありがとうございます!』なんて涙ながらに言われても、こっちとしては「僕の性癖が世界を救ってすいません」としか言いようがなかった。
「あ、来た」
校舎から、銀色の光が駆けてくる。
学校指定のブレザーの制服を完璧に着こなし、それでいて隠しきれない異次元の気品を漂わせた美少女。
「覚悟! 待たせて済まない、少し教師に捕まってな」
リナリアは僕の元へ駆け寄ると、当然のような顔をして僕の腕に自分の腕を絡めてきた。
彼女は、僕と同じ高校に通うことになっていた。
これも「夫の監視」という彼女の主張で、決定した。
「ううん、僕も今来たところ。帰ろうか」
「うむ! 今日の夕飯は何だ? 義母上様のハンバーグが良いのだが」
そんな他愛もない会話をしながら、僕たちは歩き出す。
十数分も歩くと、見慣れたマンションが見えてくる。
——けれど、昔とはもう違う。
その真上には、直径十キロにも及ぶゼノス星間帝国の母艦が、当たり前のように浮かんでいる。
僕は毎日、マンションの屋上まで上がる。
そこから母艦へ転移していく彼女を、見送るのが日課になっていた。
※
——ある日の夕食後。
いつものように、僕とリナリアは僕の部屋でゲームをしていた。
彼女は僕を椅子代わりにして、背中を預けるように、僕の腕と足の間にぴたりと収まっている。
自然すぎる“合体姿勢”。
そんな体勢のまま、当たり前みたいに、二人でコントローラーを握っている。
「……覚悟。このステージファイブのボスは、いささか卑怯ではないか?」
「リナリアさんがゴリ押ししすぎなんだよ。ほら、そこは回避して――」
平和だった。
ようやく取り戻した、僕の大事な「日常」だった。
――だけど、その平穏は、突然のブラックアウトによって断ち切られた。
「あれ?」
モニターが一瞬消えた直後、そこには見たこともない映像が映し出された。
僕のスマホも、タブレットも、部屋中の電子機器が同時にジャックされる。
「な……っ!?」
映し出されたのは、燃え盛るような真っ赤な髪を揺らめかせた、絶世の美少女だった。
その側頭部からは、羊のような、しかし禍々しい曲角が生えている。
『――我はレイディアス魔法帝国、第七十六位皇位継承者、フレイヤ・ヴァル・レイディアスである!』
少女は不敵に笑った。
炎が揺らめくようなルビー色の瞳で、画面越しに僕を――いや、地球人すべてを射抜くように宣言する。
その声は、部屋の外からも響いていた。
慌てて窓を見ると、空一面に同じ美少女の立体映像が投影されている。
『異世界人に告げる! 我等が偉大なる、オーディナル・ボルト・レイディアス十二世皇帝陛下の命により、我々は地球世界の征服を開始する!』
……いや、この光景、なんか既視感あるな。
『ついては古の作法に則り、双方の代表による「勇者ファイト」を申し込む!』
「勇者……ファイト?」
双方の代表?
嫌な予感が、じわじわと広がる。
呆然とする僕に、追い打ちみたいな言葉が突き刺さった。
赤毛の美少女、フレイヤが、瞳を一層輝かせてこちらを睨む。
『――神聖なる星の導きにより定められし勇者、帯刀覚悟! いざ、尋常に勝負!』
次の瞬間、画面いっぱいに僕の顔が映し出された。
しかも、よりによってリナリアと腕を組んでる時のやつだ。
……え、僕こんな顔してたの?デレデレじゃないか。
いや、そこじゃない。
イヤ、イヤ、イヤ、待って、待って。
「へっ!? また僕!? 二周目!? ニューゲームなの?
“もう一回遊べるドン♪”みたいなノリで選ばないでよ!!」
絶叫する僕の隣で、リナリアが静かに立ち上がる。
握っていたコントローラーが、ミシッと音を立てて潰れた。
金の瞳に、物騒すぎる光が宿っている。
「ほう……。ゼノスの庇護下にあるこの星に、そして何より――ウチの『ダーリン』に手を出すとはな。
いい度胸だ、蛮族め。思い知らせてやろう」
「……リナリアさん? とりあえず落ち着こう?
『ダーリン』て、元ネタバラすの止めようか。
嗚呼、ここでバトルドレス展開するのやめて。部屋、壊れるから!!」
侵略者彼女は、どうやら一人ではなかったらしい。
二人目が居るなら、第三の侵略者彼女もいるかもしれない。
僕の高校生活と、地球の明日は、どうやら前途多難のようだ。
【次回予告(冗談)】
銀河帝国の思惑を逃れた帯刀覚悟を待っていたのは――
やはり、地獄だった。
侵略の影に巣食う欲望と狂気。
絶望が生み出した、歪んだ人類の本性。
正義も理屈も踏み潰され、恐怖と打算だけが支配する世界。
善意と悪意、希望と諦観を、
無造作にかき混ぜて叩きつけたようなこの星で――
少年は、再び選択を迫られる。
次回「未定」
来週も、覚悟と地獄に付き合ってもらう。
次回も、サービス、サービスぅ⁉︎
おしまい。
お読みいただきました皆様
拙作に最後までお付き合いいただき、誠にありがとうございました。皆様の読書のひとときが、少しでも楽しいものとなりましたら幸いです。
また別の作品でお会いできる日を、心より楽しみにしております。
黄昏一刻




