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蠢動:最終決戦

ラブコメ回収まで後2話

 ゼノス星間帝国の母艦、その最深部に位置する皇族専用区画。

 広大な私室で、リナリア・テトラ・ゼノスは寛いでいた。

 入浴を終えたばかりの彼女は、素肌の上に薄手のバスローブを無造作に羽織っただけの姿で、宙に浮くリクライニング・チェアに身を預けている。

 

 彼女の視線の先――壁一面には、高度な多重投影技術によって、ある「映像作品」が映し出されている。

 

「……ふむ。やはり、この『熱血』という概念は興味深いな」

 

 リナリアは、透明度の高いクリスタルグラスを傾け、淡い琥珀色の液体を喉に滑らせた。

 画面の中で、巨大な鋼の巨人が叫びと共に必殺技を放っている。

 地球でいうところの「ロボットアニメ」だ。

 

「失礼いたします、殿下。お楽しみ中、申し訳ございません」

 

 背後から、低く落ち着いた声がした。

 リナリアが視線だけを動かすと、そこには副官のヘルガが立っていた。

 三十代前半の彼女は、有能な秘書としての冷徹な美しさを漂わせている。

 エルフのように長く尖った耳は、主君への敬意を示すようにピンと垂直に立っていた。

 

「おお、もう定時報告の時間か。すまない、ヘルガ。つい夢中になってしまった」

「いえ……。それが、帯刀覚悟の言っていた『アニ・メ』でございますか?」


 ヘルガが、投影されている極彩色の画面に怪訝そうな視線を向ける。リナリアは満足げに頷いた。

 

「うむ、そのようだ。調べてみたところ、確かにある種のジャンルにおけるヒーロー像は、帯刀覚悟の行動規範そのものに見える。

 恐怖に震えながらも立ち上がる彼らの精神性は、我ら帝国の武人とはまた違う……奥深いものだな」

 

 リナリアはふっと目を細め、グラスを置いた。

 

「済まない、脇にそれてしまったな。

 報告の前に、ヘルガ。

 お前の献策は見事であったぞ。今日、私はあえて帯刀覚悟と同じ位相に立って戦ってみた。

 おかげで、あやつの『為人ひととなり』をより深く知ることができた。褒めて使わす」


「はっ。感謝の極みでございます、殿下」


 ヘルガはヒュパッと音が出るような鮮やかな動作で胸に手を当て、深く一礼した。

 

「これからも頼りにしているぞ。

 さて、定時報告を頼む」

「承知いたしました。……こちらを」

 

 ヘルガが空間に指先を滑らせると、複雑な幾何学的データと多色刷りのグラフがホログラムとなって展開された。

 地球全土のあらゆる情報通信網から抽出された、人類の深層心理の解析結果だ。

 

「最新の心理指標です。

 地球人類の『絶望感』および『諦観』は八十二パーセントまで上昇。

 対して、『抗戦の意思』は七パーセントまで低下しました。

 代表戦における我が軍の三連勝。殿下の圧倒的な力の前に、人類は概ね状況を理解したようです」


「ほう、ほぼ征服レベルだな」


「はい。順調かと。……ただ、殿下。帯刀覚悟に関しまして、特筆すべき報告が幾つか、ございます」

 

 ヘルガのトーンがわずかに変わった。

 リナリアは片眉を上げ、少しだけ身を乗り出した。

 バスローブの裾がはだけ、太腿が根本近くまで露わになるが、本人は気付いていない。

 

「……何だ? 申してみよ」


「地球人代表者・帯刀覚悟への『ヘイト(憎悪)』ですが……こちらはほぼ消滅。現在、二パーセントまで低下しております」


 リナリアの表情が、パッと輝いた。

 それは高貴な皇女というよりは、一人の少女が想い人を褒められた時の様な、微笑みだった。

 

「そうか、そうか! やはりな。

 地球人も、ようやくあやつの価値に気がついたと見える」

「左様でございます。……しかしながら、殿下。現在、帯刀覚悟に対して『熱狂的な信奉者』が急増しております」

 

 リナリアは更に鼻を高くした。

 

「当然であろう! 帯刀覚悟は、この私が見込んだ男なのだからな」

「おっしゃる通りです、殿下。……ちなみに、こちらが収集された地球人の反応の概要です」


 ヘルガが別のホログラムを展開する。そこに羅列されていたのは、リナリアの想像とは少し異なる「言葉」の群れだった。

 

『カッくん、好き!』

『尊い……守ってあげたい……』

『帯刀覚悟、抱いて!』

『結婚して!地球を救うヒーローと添い遂げたい!』


 赤裸々な好意。求愛。中には目を疑うような性的な誘惑までが含まれている。


 画面を見つめていたリナリアの身体が、プルプルと震え始めた。

 

「な、……何だこれは!? 賛辞や敬意ではなく、愛の告白や求婚……それも、破廉恥な誘いばかりではないか!」


 無意識のうちに、リナリアの手がグラスを強く握りしめる。

 

 胸の奥が、焼けるように熱い。

 

 三日間、自分の目の前でボロボロになりながら戦っていたあの少年を、どこからともなく湧いてきた連中が勝手が「自分たちのもの」のように扱っている。

 

(帯刀覚悟は、私が先に見つけたのだ! 三日間、ずっと側にいたのは私だぞ!

 その私を差し置いて、何だこの泥棒猫どもは……!)

 

「なるほど、殿下は相当、帯刀覚悟を気に入っておられるのですね」


 ヘルガの冷静なツッコミに、リナリアは顔を真っ赤にして跳ね起きた。

 バスローブの前が全開になる。

 

「き、気に入ってなどおらん!

 私はただ、帯刀覚悟は帝国にとって有益な資産ゆえ、後から割り込もうとする泥棒猫どもに憤慨しているだけだ! 秩序の問題だ!」


「……殿下の帝国への慈愛、感服いたしました」


 若干の苦笑いを浮かべながらも、ヘルガは恭しく頭を下げる。

 リナリアは「わ、分かればよいのだ……。私も少し、声を荒らげすぎたな」と、落ち着かない様子でバスローブの襟を整えた。


 しかし、ヘルガはすぐに顔を引き締め、真剣な眼差しを主君に向けた。

 

「実は殿下、その帯刀覚悟のことで……今一つ、気がかりな情報がございます。

 ……地球人が何か企んでいると思われます」


「……何だ? ヘルガ、申してみよ」


 リナリアの瞳から甘さが消え、冷徹な皇女の顔が戻った。




 

 夜の静寂に沈む、日本首相官邸。

 重苦しい空気の漂う執務室に、帯刀覚悟は一人、立たされていた。


 目の前には、中松総理大臣を筆頭とした、この国の最高権力者たちが並んでいる。


 だが、その光景は異様だった。


 総理も、閣僚たちも――全員が床に膝をつき、額を畳に擦り付けるように「土下座」をしていた。


 さらに、壁一面の大型モニターには各国の首脳陣が映し出されている。

 大統領も、首相も、首席も、全員が、画面の向こうで一人の少年に向けて、恥も外聞もなく頭を下げているのだ。

 

「……っ」

 

 覚悟は顔面蒼白になり、ガタガタと膝を震わせた。

 全身が過度の緊張によって悲鳴を上げている。


 喉の奥から、掠れた声がどうにか漏れ出した。

 息が上手く吸えない。胸の奥が、ひどく冷たい。


「つまり、……明日。

 僕に……『自爆テロ』をしろ、とおっしゃるんですね?」


 言い終えた瞬間、自分の声がやけに遠く聞こえた。

 中松総理が、床に伏せたまま、かすかに肩を震わせる。


「……済まない」


 絞り出すような声だった。

 総理は顔を上げられないまま、言葉を継ぐ。


「極めて遺憾ながら……いくつかの核保有国が、明日、君が敗北した瞬間に、東京湾のゼノス星間帝国母艦に対し、弾道ミサイルによる核攻撃を加えると通告してきたのだ」


 空気が、重く沈む。

 耳鳴りがして、言葉の意味がすぐには頭に入ってこない。


「でも、核兵器は効かなかったって、ニュースで……」


 どうにか言い返す。喉が乾いて、うまく声が出ない。


「その通りだ」


 総理はわずかに頷く。拳を強く握り締めていた。


「だがリナリア皇女は、我々の調査では、我々と同じ生命体と推測される。

 無人機やロボット端末とは違い、生身であれば効果があるはずだ……というのが、彼らの……主張だ」


 言葉の最後が、わずかに揺れた。

 その理屈に、本人も納得していないのが分かる。


「そんな……。そんな理屈、無茶苦茶だと思わないんですか?」


 思わず声が強くなる。指先が震えているのが、自分でも分かった。


「我々も、君と同意見だ」


 総理はすぐに答えた。だが、その目はどこか遠くを見ている。


「だが、もう……彼らにとっては理屈ではないのだよ」

 

 総理がこちらを見た。

 

「分かるか、帯刀君。

 人間は、本当に追い詰められた時、正しい答えではなく、何でもいいから『答え』を求めてしまう生き物なのだ。

 核も通じない。軍隊も無意味だった。外交も交渉も、全部、無駄だった。

 ……それでも何かしなければ、という恐怖が、人間の理性を食い潰してしまうのだよ」

 

 総理の声は、静かだった。

 怒りでも開き直りでもなく、ただ疲れ果てた人間の声だった。

 

「彼らは今、溺れながら藁を掴もうとしている。……その藁が、君なのだ」


 言葉が途切れる。

 その沈黙が、何よりも重かった。


「このままでは、母艦を狙った核兵器の雨が、この日本に降り注ぐことになる……!」


 最後の言葉は、ほとんど悲鳴に近かった。

 覚悟の視界が、大きく歪む。


 何かが、決定的に壊れていく音がした。

 

 世界の頂点に立つ大人たちが、一介の中学生に縋っている。

 その背負わされた選択肢の重さに、胃の奥がせり上がってくる。

 

「……それで。僕が核爆弾を装着なりして、リナリアの近くで自爆すれば、……その国々は、攻撃を止めるんですね?」


 言いながら、喉がひりつく。

 自分の口から出た言葉なのに、現実味がなかった。


「彼らの主張では、そうだ」


 中松総理はわずかに目を伏せる。言葉を選ぶように、息を整えた。


「……帯刀君。

 大量の核ミサイル攻撃を受ければ、日本は……この国に生きる何千万という国民が、明日を迎えられない」


 その一言が、重く落ちる。

 部屋の空気が、凍りついたように動かない。


 中松総理が、さらに深く頭を下げた。

 床に額が触れそうなほどだった。


「本当に、……済まない」


 震える声だった。

 肩が、小さく上下している。


「我々も、後から必ず、法の裁きを受ける。

 どうか……日本を救ってくれ」


 一度、言葉が途切れる。

 それでも、無理やり続けた。


「君しか、あそこまで彼女に近づける人間はいないのだ……!」


 その言葉に、胸の奥が強く軋んだ。

 息が、うまくできない。


「そんな、勝手すぎますよ……!」


 気づけば、叫んでいた。声が、壁に反響して跳ね返る。


「勝手に指名されて、勝手に身体を作り変えられて!」


 拳を握りしめる。

 爪が食い込んでも、痛みを感じない。


「痛い思いも、怖い思いも、たくさんして……!あんなに頑張ったのに!」


 言葉が震える。

 喉の奥が、焼けるように熱い。


「なのに、最後に死んでくれなんて!

 酷すぎますよ……!!」


 叫びが、空気を裂いた。

 そのあとに残った静寂が、やけに長く感じられた。

 

 だが、土下座する大人たちは、石像のように動かない。

 ただ沈黙という名の圧力が、覚悟の細い肩にのしかかる。


 覚悟は膝から崩れ落ち、子供のように泣き崩れた。


 誰もいない、味方のいない戦場。


 しばらくの間、嗚咽だけが流れた後。


 覚悟は、充血した目で、掠れた問いを投げた。

 

「……僕の、……家族は。どうなりますか?」

「……君のご家族は、我々の力の及ぶ限り、必ず、一生を保障し、守り抜くと約束しよう」


 中松総理の言葉に、覚悟は震える手で顔を覆った。


 ……姉ちゃん。父さん。母さん。


 色々と思い出す。

 

 ——走馬灯ってホントにあるんだな…

 

 夕飯の味。テレビの音。くだらないことで笑った夜。

 ――ああいう時間が、ずっと続くものだと思っていた。


 喉の奥が、ぐっと詰まる。


(嫌だ)


 心の奥底から、ポタポタと声が漏れる。


(死にたくない)


 あまりにも当たり前な願い。


 本音だった。

 

 ヒーローでも、代表でもない。

 僕はただのオタクな子供なんだ。

 

 膝が震える。逃げ出したくてたまらない。

 ここから走って、全部投げ出してしまえたら、どれだけ楽か。


 けれど――


「……このままでは、母艦を狙った核ミサイルの雨が、この日本に降り注ぐことになる……!」


 先ほどの総理の言葉が、頭の中で何度も反響する。


 日本に、核。

 

 あの街に?

 

 家があって、学校があって、いつもの帰り道があって。


 自分が逃げれば。

 自分が選ばなければ。


 僕らの街に、全部、落ちる?


 その光景を想像した瞬間、胃の奥がひっくり返るような吐き気がこみ上げた。


 さらに――もう一つ。

 不意に、脳裏に浮かんだ顔があった。


 リナリア•テトラ•ゼノス。


 戦いの最中、何度も自分を見下ろしていた、あの瞳。

 強くて、傲慢で、綺麗で、——どこか楽しそうに笑っていた顔。


(……彼女も、死ぬの?)


 核が効くかどうかなんて、誰にも分からない。

 

 ただ、もし“効いた”としたら。

 彼女は、何も知らないまま、爆炎に飲まれる。


 ――それで、本当にいいの?

 胸の奥が、きしむ。


 分からない。


 何が正しいのか、もう何一つ分からない。

 ただ一つだけ、はっきりしていることがあった。


 自分が選ばなければ、

 自分が逃げれば、


 全部、終わる。


 逃げても、地獄。

 選んでも、地獄。


 だったら――


 覚悟は、ゆっくりと顔を上げた。


 涙で滲んだ視界の向こうに、大人たちの顔が見える。


 誰も、自分の代わりにはなれない。

 誰も、この役目を引き受けない。


 だから――


「……分かりました」


 声は、ひどく掠れていた。

 それでも、確かに言い切った。

 覚悟は、ふらつく足で立ち上がる。

 その瞳には、光はなかった。


 ただ、逃げ場を失った人間だけが持つ、静かな諦めが宿っていた。


「明日、……特攻します。家族のこと、よろしくお願いします」

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