8.わだかまり_2
──二日後の朝。
体術の授業を受けるリグの体に、どこか力が入らない。
訓練場に響く掛け声の中で、リグだけがどこか遠くを見ていた。
「リグ、集中しよう!」
隣のディンが声をかける。
リグは慌てて構えを取り直した。
講師の号令が飛ぶ。
「よーし、二人組になったな! 受けの訓練──始めっ!」
「行くよ、リグ!」
ディンの正拳突きが一直線に伸びる。
だがリグの身体は、反応しなかった。
拳が頬にめり込み、視界が揺れる。
──気づけば尻餅をついていた。
「リグ!? 大丈夫!?」
ディンが青ざめて駆け寄る。
「……いててて……」
リグは頬を押さえながら苦笑した。
講師が眉をひそめる。
「どうしたリグ。お前がそんな単純な突きを喰らうとはな」
「……なんでもありません、大丈夫です」
リグは立ち上がりながら答えた。
だが、頭の中では別の光景が何度もよみがえっていた。
──塔の月明かり。あの銀髪。あの瞳。
受けた拳よりも、あの夜の出来事の方がずっと重かった。
◆
──放課後。
学園の帰り道、リグ・バンビ・サリー・ディンの四人は、いつもの“秘密基地”に集まっていた。
昨日、バンビが“アアラ”という少女に会いに行った──その報告を聞くためだ。
「みなさん、全員揃いましたね」
バンビがノートを閉じ、口を開く。
「リグとサリーには話しましたが、アアラという子を訪ねて、エルフの伝言を伝えてきました」
「おお、ついに来たか! で、どうだった!?」
サリーが身を乗り出す。
バンビは少し言いにくそうに頭をかいた。
「えーと、結論から言うと……ブチギレられました」
「…………え?」
その場の空気が固まる。
「気性の、ちょっと……荒い子でしてね……」
バンビが言葉を濁したその瞬間──
バンッ!
秘密基地の扉が勢いよく開かれた。
「誰の気性が荒いって!?」
「うわああああっ!? 出たぁぁぁぁ!!」
バンビがまるで怪物でも見たかのように叫ぶ。
扉の向こうに立っていたのは、腰までの黒髪を後ろで束ねた少女。
鋭い眼差しと、強い気迫。
「……バンビ、この子がアアラなのか?」
リグが目を丸くする。
「そ、そうです。でもなぜここが分かったんですか!?」
「私は狩人よ。尾行なんて朝飯前よ」
「尾けられてた!? 全然気づかなかった……」
バンビは青ざめる。
「え、えっと……誰? この子」
状況が飲み込めず、ディンが小声で尋ねる。
「エルフと交流のあった──アアラです。僕らが塔の件を説明したら……その、こうなりました」
「入院中じゃなかったのか?」
サリーが眉を上げると、アアラは堂々と胸を張った。
「入院中でも、抜け出すくらい簡単なの! 怪我ももう治ってる。──それより!」
アアラの視線が全員を射抜く。
「あんたたちね! イヴァを冷やかしに行った連中は!」
机に両手をドンとついた。
「許さない!!」
「イ、イヴァって……?」
リグが小さく尋ねる。
「イヴァとは、あのエルフの名前らしいです」
バンビが答えた。
「非道よ! あんた達のしたことは卑怯、卑劣、外道でクズ!」
「ひぃぃ……ひどい言われようだ……」
バンビが項垂れる。
アアラは息を荒げたまま、なおも言葉を重ねた。
「異形だとか、厄災だとか……みんなそればっかり! 自分の目であの子を見ようともしない! イヴァは、化け物なんかじゃない!」
「落ち着け。お前とエルフの関係は知らねぇが、あいつは“厄災”だ。おかしいのはお前の方だろ」
サリーが鋭く返した。
アアラは冷たく笑った。
「……出た。また“厄災”ね。御伽話に囚われる哀れな人たち」
「なんだとっ!」
サリーの声が荒くなる。
しかしアアラは怯まなかった。
「あんた達にイヴァの何が分かるの? “エルフだから”“厄災だから”って一括りにして、本質には目も合わせようともしないくせに!」
「……いや、あんな短時間で本質を見ろなんて無理だよ」
リグが思わず返す。
アアラは小さく溜め息をついた。
「分かったわ。話してあげる……イヴァのことを」
その声は先ほどまでの怒りとは違い、どこか遠い記憶を探るように静かだった。
──まるで、心の奥に閉じ込めていた扉をそっと開けるように語り始めた。
「私とイヴァが出会ったのは──五年前。九歳の頃よ」




