7.わだかまり_1
──翌朝。
学園の教室でリグは机に頬杖をついたまま、ぼんやりと窓の外を眺めていた。
昨夜のエルフのやわらかな声が、まだ耳に残っている。塔で見たあの光景──あの瞳が、まぶたの裏から離れなかった。
(……あのエルフは今もあの牢獄で一人か)
その時、女性教師の声が響く。
「リグ、答えなさい」
「………………」
「リグ!」
「えっ、あ、はい。なんですか?」
教室に小さな笑いが起こる。
「リグ、今ぼうっとしてましたね? そんなことで異獣に遭遇したら、真っ先に死にますよ」
教室にどっと笑いが広がり、リグは慌てて姿勢を正した。
その後も教師は、世界各地で人々を襲う“異獣”の生態について説明している。
だが、やはり授業の内容は頭に入らない。
(異獣なんて島に出たこともないだろ。それより、あのエルフの事が……何故か気になる!)
離れた席から、サリーが心配そうにリグを見ていた。
◆
放課後。
鐘の音とともに人の波が廊下へ溢れ出す。
サリーがすぐに追いついてきた。
「おいリグ。大丈夫か? お前、ずっと上の空だったぞ。どうした?」
「ああ……異獣の授業のことか。あれは恥かいたな……」
「いや、それだけじゃねぇ、一日中おかしかったぞ」
「え、そうかなぁ? そんなこと」
「昨日の“エルフ”の事気にしてんのか?」
サリーが小声で耳打ちする。
「…………!」
思わずドキリとするリグ。
「忘れろよ。どうせあいつは数日後の龍神祭で処刑されるんだからさ」
「分かってるよ」
それでも、言葉の裏で胸の奥がざわつく。
サリーはしばらくリグを見つめると、溜め息をつき、気を利かせるように言った。
「一度、バンビと話してみるか?」
「そうだな! そうしよう!」
その言葉を聞いた瞬間、リグの顔がぱっと明るくなった。
◆
放課後の学園の門の前。
夕陽が傾き、レンガの道が橙色に染まっていた。
二人で待っていると、分厚い参考書を抱えたバンビが歩いてくる。
「よう!」
「うわぁ! びっくりした! サリー、リグ。なんですか急に?」
「いいから、ちょっとこっち来い」
サリーが肩に手を回す。
(カツアゲかよ……)
とリグは内心で突っ込みつつ、三人は人気のない裏庭へ回り込んだ。
◆
「なぁバンビ、リグの様子がちょっと変なんだ。多分昨日の──」
「エルフの件ですね」
バンビは察していたかの様に淡々と遮った。
「リグ、忘れるのが一番いいですよ」
「……お前までそう言うか」
リグは頭を抱える。
「気持ちは分かります。でも彼女は“厄災”です。関わらないのが身の為です」
納得できない顔で、リグが口を開く。
「……なぁ。あのエルフ、なんで看守に嘘ついたんだろう。俺たちのこと、告げ口しなかっただろ」
バンビは指を唇に当て、少し考える。
「それは僕も気になってました。でも、あの場で僕らが見つかったら、疑われるのはエルフの方です。庇うことで、むしろ自分を守ったのかもしれません」
「まぁ、そうかもしれないけど……」
「あるいは“アアラに伝えて”という伝言が、何かの暗号だったとか?」
「暗号? そんな内容じゃなかったろ」
サリーが割り込む。
「サリー。暗号らしい暗号なんて、暗号とは言えないんですよ」
バンビが理屈屋っぽくさらりと返す。
リグは、まだ胸に何か引っ掛かる。
「……けどさ。あのエルフにとっちゃ、俺らはただの冷やかしだろ? もうすぐ処刑されるってのに、それを興味本位で覗きに来た連中だぞ。そんな奴らを普通、庇うかな?」
「確かに……ちょっと妙ですよね。サリーも結構ひどいこと言ってましたし」
「お、おい! あれは挑発して化けの皮を剥ごうとしただけだ!」
サリーが慌てて言い訳する。
「でも、そこまで言われたのに庇ったんだよ……理由がさっぱり分からないよ」
「うーん……ですねぇ。僕なら看守に言いつけます。ムカつきますし」
バンビが肩をすくめる。
「待て待て、エルフに肩持つのはやめろよリグ。相手は厄災だぞ。お前……まさか、妖術でもかけられたか?」
「かけられてねぇよ!」
サリーと言い合いになりかけたその時、バンビが手を上げて場を収めた。
「分かりました。じゃあ僕がアアラという子に会ってきます。入院している病院を知ってますから。伝言を届けてみますよ」
「おお、それいいじゃねぇか!」
サリーが手を打つ。
「本当か、バンビ?」
リグも思わず顔を上げた。
「ええ。一応、約束は守る主義です。それに、アアラって子がエルフについて何か知っているかもしれません」
「あのエルフ、“私のせいでアアラが”って言ってたよな。まさか、あのエルフに何かされて入院してるとか……」
サリーが不安げに呟く。
「そのあたりも確かめますよ。結果は明日報告します」
「バンビ、ありがとな!」
「気にしないでください。ただ──リグ。サリーの言う通りですよ。あまり肩を持たない方がいい」
「それは……分かってるよ」
そう言いながらも、リグの胸の奥では別の感情が渦を巻いていた。
(あのエルフのことを思い出すたびに、胸が痛くなる──)
それが罪悪感なのか、それとも別の何かなのか。
リグ自身にもまだ解らなかった。




