9.アアラとイヴァ_1
──五年前。
木々のざわめきと、蝉の声。
まだ幼いアアラは、森の中を駆け抜けていた。
「くそ、どこ行ったあの鳥! 逃がすかぁ!」
手にした小弓を片手に、彼女は生い茂る草をかき分ける。
追っているのは、見たこともない羽色の鳥──
陽光を受けて七色にきらめく、奇妙な鳥だった。
気づけば、足は島の外れの深い森まで踏み込んでいた。息を整えたその時、木々の隙間に何かが見えた。
「……ん? こんな森の奥に家が?」
苔むした屋根の小さな家。
煙突からは細い煙が上がっている。
そして、その前には一人の少女がしゃがみこんでいた。
何かを拾い集めている。
何故か季節外れの耳当てをして、うつむいたまま。
(こんな暑いのに耳当て? 変なやつ。それに……あんな子、島で見たことない)
アアラは木陰からそっと近づく。
「ねぇっ!」
「きゃあああっ!」
少女はびくりと跳ねて、いきなり家の中へ駆け込んだ。ドアがバタンと閉まり、階段を駆け上がる音が響く。
「なんだアイツ、熊でも見たみたいに!」
アアラは呆れながら見上げた。
二階の大きな窓。──そして、そのすぐ近くに登れそうな木。
「よしっ……!」
アアラはにやりと笑い、枝に飛びついた。
狩人の家に生まれた彼女にとって、木登りは日常。
軽やかに枝を渡り、窓の高さまで登っていく。
窓は開いていた。
部屋の中を覗くが、少女の姿は見えない。
「おい!」
「きゃあっ!」
部屋の隅から小さな悲鳴。
目を凝らすと──枕を盾のように構えた少女が、震えながらこちらを見ている。
「な、なんの用ですかっ!」
「なんの用って、別に……あんた誰なの?」
「イ、イヴァです」
「ふーん。いくつ?」
「……九歳」
「へぇ、私と同じじゃん」
アアラは靴を脱ぎ、ためらいもなく窓枠を跨いで中に入った。
「あっ、ちょっ、入っちゃダメだよ!」
「そんな怖がるなって。そんなに怖がられる覚えはないぞ」
アアラはイヴァの前に立つと、彼女の耳当てをじっと見つめた。
「ねぇ、なんでそんなの付けてんの? 暑いのに」
「え、あ、これは──」
有無を言わさず、アアラは勢いよく耳当てを取る。
「あっ!」
イヴァは慌てて両手で耳を隠したが、もう遅かった。
アアラの目が丸くなる。
「……なにその耳、尖ってる?」
「見ないでえええっ!」
イヴァは叫ぶと、部屋の隅へ駆け込み、タンスを漁る。
引き出しから何かを取り出し、両手で包んで持ってくる。
「だ、誰にも言わないで! これあげるから!」
差し出した手のひらの上には──山盛りのどんぐり。
「…………」
一瞬の沈黙のあと、アアラは吹き出した。
「アハハハ! どんぐりで口止め? あんた、変わってるね!」
「え、だ、ダメ……?」
「面白いよ、あんた!」
アアラは笑いながら、近くの棚に目をやる。
そこには“絵描き帳”が置かれていた。
「ねぇ、この紙、借りていい?」
「え? お絵かきするの?」
「違う違う──あんた、こんな鳥見なかった?」
アアラは素早く鉛筆を走らせた。
ざっくり描かれた線の中に、特徴的な尾の長い鳥の姿。
「わぁ……」
イヴァの瞳がきらりと光る。
「上手だねぇ……その鳥、どこで見たの?」
「森の入口だよ。一回見失ったけど、絶対逃さないって思って追ってたら──気づいたら、あんたの家の前にいたってわけ」
アアラは身振り手振りで熱を込めて語る。
イヴァはその様子を、まるで冒険の物語を聞くように見つめていた。
「すごい……鳥を追いかけて、森を駆け回って……なんだか冒険みたい!」
「へへっ、だろ?」
アアラは得意げに笑った。
◆
「──それが、イヴァとの出会いだった」
アアラは秘密基地で語り終えるように、ゆっくりと言葉を続けた。
周囲の空気が自然と静まり返る。
「それから、私は何度もイヴァの家に忍び込んで……いろんな話をした。イヴァも少しずつ打ち解けて、いつも私の話に目を輝かせてた。そして、あの子は“自分がエルフであること”“島で隠れて生きている理由”──その全部を私にだけ、打ち明けてくれたんだ」
アアラの視線が床へ落ちる。
「……それなのに。私はあの子を、外の世界に連れ出してしまったんだ。強引に、喜ばせてやりたいって思って」
──言葉が途切れる。
アアラの握った拳が、後悔を浮かばせるように小さく震えていた。
「ほんの少しでも、外の空気を見せてやりたかった。あんな小さな部屋だけじゃなくて、もっと広い世界を──。でも、それが、あんなことになるなんて……」
その声はかすかに震える。
秘密基地のランプの灯が、アアラの頬を淡く照らしていた。




