5.白月の塔 潜入調査_4
──ロープを伝い降りるリグに、強い風が吹きつけた。
(うわ、揺れるっ……! 落ち着け、下を見るな……ただ降りるだけ……降りるだけ……)
喉の奥で小さく唾を飲む。
心臓が耳のすぐ下でドクドク鳴っている気がした。
(なんでオレはこんなことしてんだ? エルフを見るだけの為に、こんな命懸け……。冷静に考えたら馬鹿だろっ!)
頭の中でずっと文句を並べているのに、手は勝手にロープを握り、下へ下へと進んでいた。
バンビには、不思議な説得力がある。
押し付けるでもなく、頼み込むでもなく、淡々と「そうしたい」を語るだけなのに、気づけば誰も逆らえなくなる。
まるで「それ以外の選択肢は存在しない」と信じ込まされるような感覚。
いつも、後悔した頃には遅いのだ。
ようやく足場へ降り立つと、先に着いていたバンビが真っ先に鉄格子の隙間から中を覗いていた。
「バンビ、後ろ通るぞ」
リグはバンビの左側に回り、暗い牢の中を覗いた。
「エルフ、居るのか?」
「いや、探していますが……部屋全体が思ったより暗くて見づらいですね」
すぐ後ろでサリーがロープを下りきり、足場に着地する。
「どうだ! エルフ居たか?」
「サリー、声が大きいです! 聞こえちゃいますよ!」
バンビがすぐに注意する。
牢の中は、意外にも普通の部屋のようだった。
テーブルに椅子、ベッド。バンビの予想の通り、元は管理室の一部らしい。
その時、リグは気付いた。
ベッドの脇、壁にもたれかかるようにして座る人影がある。
「なぁ……右の壁際に、誰かいるよな?」
「え? ……うわっ! いたぁ!」
バンビが思わず声を上げた。
「馬鹿っ! バンビ!」
リグは慌てて指を立てて(静かに!)の合図を送るが、もう遅かった。
中の人影がゆっくりと立ち上がり、こちらへ歩み寄ってくる。
(やばい、気づかれた……!)
「す、すみません……つい興奮して」
バンビが小声で謝る。
「おい、こっち来るぞ! どうすんだよ!」
普段は冷静なサリーの声にも焦りが滲んでいた。
足元の砂利が、石段から滑り落ちる。
砂利はサラサラと闇に吸い込まれていった。
──逃げ場など、どこにも無い。
リグの喉がゴクリと鳴る。
空気が喉に引っかかったまま、誰も息を吐けない。
やがて──牢の中から、少女の声が聞こえた。
「……誰かいるの?」
静かに問いかける声。
その落ち着いた声色が逆に恐怖心を増幅させた。
(やばい、やばい、やばい!)
──月明かりの差す範囲まで少女が近づき、エルフの姿が露わになる。
リグは思わず息を呑んだ。
白銀に薄く緑を混ぜた髪が風に揺れ、月光を反射してきらめく。
透き通るような肌、まっすぐな瞳。
それは、言い伝えで語られる化け物──“厄災”とはまるでかけ離れていた。
──なんて……綺麗なんだ。
「リグ! リグ! 大丈夫ですか!?」
バンビの声で一瞬で現実に戻される。
「あっ、ご、ごめん……つい見惚れて」
「はぁ!? 何言ってるんですか。相手は“厄災”ですよ!? しっかりしてください!」
叱られて、リグは赤面する。
(バンビの言う通りだ。何考えてんだオレは……)
リグは慌てて視線を戻し、改めてエルフを観察した。
年齢は同じ、あるいは少し下くらいだろうか。
外見は普通の少女に見える。
強いて言うなら、耳が少し尖っているくらい。
攻撃をしてくる様子は無い──ただ、真っ直ぐにこちらを見つめている。
「あなたたちは、誰?」
エルフが口を開く。
その声は柔らかく、鈴の音のように澄んでいた。
「そんな高いところ、どうやって登ったの?」
「お、オレたちは……屋上からロープを使って降りてきたんだ」
「えぇー! すごいね。忍者みたい」
ふわりと柔らかい表情で微笑みかけるエルフ。
(か、可愛い……! いやいや、違う! 油断しちゃいけない! 何か企んでるのかも)
リグの頭の中では様々な感情がぶつかり合っていた。




