3.白月の塔 潜入調査_2
──しばらく無言で縁石を歩いていたリグは、前を向いたまま後方のバンビに話し掛けた。
「バンビ、エルフってどんな見た目してるのかな?」
「どうでしょうねぇ……恐らく人の形はしていると思いますが」
「妖術とか、使ったりするのかな?」
「それは分かりません。しかし、今も大人しく捕まっていることを考えると、攻撃的な種族ではないでしょうね」
「……そうか。でも、もし見つかったら逃げた方がいいよな?」
「リグ、ここまで来てまさか怖気づいたんですか?」
「ぐっ……!」
図星を突かれ、リグは言葉に詰まる。
「ちょっと気になっただけだ!」と強がってみたが、内心は違う。
奥へ進むほど、塔の静けさが肌にまとわりつき、胸の奥に冷たい不安が広がっていく。
──ふと、昔の授業の記憶が蘇る。
◆
学園の教室。
整った顎髭を指先で撫でながら、ナリル先生が古びた歴史書を読み上げていた。
─────────────────────
同胞へ告ぐ──
我ら竜族の血を脅かす異形が、ある日突然として我が子として生まれることがある。それを“エルフ”と呼ぶ。
エルフが産まれても成長させてはならない。やがて我々を喰らい尽くす恐ろしい脅威となる。
その力に触れてはならない。たちまち我々は土塊と化す。
その無慈悲な虐殺により、我々のおおよそ八割が死滅してしまった。この悲劇を“エルフの厄災”と名付ける。
残された同胞、そして子孫たちよ。エルフの罪を許してはならない。この怒りを風化させてはならない。この願いを、未来永劫語り継いでくれることを祈っている。
─────────────────────
「これが"エルフの厄災"の言い伝えだよ」
まだ八つになったばかりのリグは、あまり意味が分からずにポカーンとしていた。
周りの生徒も、興味なさそうに机に頬をのせている。
「さて、何か質問がある子はいるかな?」
先生の問いかけに、リグが手を挙げた。
「ナリル先生、もし今エルフが産まれたらどうなるの?」
「良い質問だぞリグ。もしこの時代にエルフが産まれたら、その身を龍神様へ捧げることになっている」
「ささげるって……殺すってこと?」
「……まぁ、簡単に言えばそうだな」
ナリルは後頭部を掻きながら、気まずそうに笑った。
「エルフってどんな奴? 化け物?」
「それがな、分からないんだ。言い伝えでも姿までは記されていない。この島でエルフが産まれたという記録も、もう百年以上ないんだ」
「じゃあ、嘘なんじゃないの?」
リグの何気ない一言に、教室の空気が一変した。
ナリル先生の笑顔が消え、目が細く光る。
目尻の皺が消え、仮面が剥がれるように表情が冷たく変わった。
「……いや、これは事実だ。私たち竜族は決してエルフを許してはいけない。そして恐れなければいけない。いいね? みんな。さもないと──」
そこで再び、満面の笑みをつくる。
「エルフに食べられちゃうぞぉ!」
教室中に「うわー!」「やだー!」と楽しげな悲鳴が響いた。
──だが、リグだけは笑えなかった。
あの一瞬、ナリル先生が見せた冷酷な顔が脳裏に焼きついて離れなかった。
◆
リグの思考が現実に戻ったその時、足が止まる。
目の前で傾斜が終わり、大きな広間へと繋がっていた。天井は吹き抜けで、月の光が斜めに差し込み、白い埃が静かに舞っている。
「バンビ、広間に出たぞ!」
後方のバンビが急ぎ足で上がってくる。
「おおー! 広い!」
広間は縁石がぐるりと一周し、中央に深い槽が鎮座していた。
(まるで大浴場みたいだ……)
サリーとディンも合流し、息を弾ませながら辺りを見渡した。
「あれ……何だろ?」
リグが指さした先には、巨大な木の板があった。
水路を挟み、両側の縁石に挟まれるように垂直に立っている。
「あれは……水門?」
バンビが壁の装置に目を留めた。
「つまり……これか。これを回すと──」
「おいバンビ、待て!」
リグが制止するより早く、鎖が「ガラララ……」と鳴り響く。木の板が「ギギギ……」と軋みながらゆっくり上昇を始めた。
「やっぱり、水門だ! ということは……」
バンビが構成図を広げ、目を輝かせる。
「ここは貯水槽だな」
サリーが呟いた。
「ご名答! そしてこの塔全体が貯水塔として造られているようです」
「なるほど。昔の人は、水をここに貯めてたのか」
「ええ、恐らく干魃対策でしょうね。昔は川も今より細かったらしいですし」
バンビとサリーが興奮気味に語る中、リグは上を見上げた。吹き抜けの天井の向こう、月の光がゆらりと瞬く。
「なぁバンビ。……肝心のエルフはどこにいるんだ?」
「実は、もう検討はついています」
バンビは構成図を指でなぞりながら、言った。
「長老は言いました。“エルフは塔の最上階に監禁されている”と」
「最上階!? ……ずいぶん高いな」
「最上階には“管理室”があります。もともとは水量を監視するための見張り部屋……それを牢に造り替えたのでしょう」
「で、どうやって登るんだ?」
リグが言ったその時──
「ねぇ、この扉の奥、階段になってるよ!」
ディンが偶然、壁際に扉を見つけた。
リグが扉を開くと、「ビュオオオ……」と風が吹き抜ける。螺旋階段が、塔の頂へと延びていた。
「バンビ、この階段……上まで続いてる!」
「ええ。でも真正面から登るのは危険です。看守がいたら一発でバレますよ」
「じゃあ、どうする?」
バンビはニヤリと笑い、指を天へ突き上げた。
「僕らが目指すのは──真っ直ぐ屋上です!」
その目は、夜の月よりも明るく輝いていた。




