2.白月の塔 潜入調査_1
「やっぱり、不気味だよなぁ……」
リグは夜空を仰いだ。
白月の塔は、月光を浴びて静かに光っている。
昼間よりも大きく見え、威圧感を放っていた。
荒々しく削られた石壁には、黒い苔がへばりついている。
見上げると、塔の上空を一羽の鷹が円を描くように飛んでいる。
「あれは“塔の守り神”ですよ」
後ろからバンビが得意げに語る。
「襲ってきたりしないよな?」
「まさかぁ、平気ですって。ほら、裏口へ行きましょう!」
バンビは大きなリュックを背負い、すたすたと川沿いを進む。
(ハイキング気分かよ……)
リグは呆れながらため息をついた。
サリーは塔の壁を見つめ、何やらブツブツ言っている。
「この石の積み方……すげぇな。どうやって……」
サリーは建造学クラスのホープで、将来の夢は“島一番の建築家”。
たぶん、塔の構造が見たくて来たんだろう。
「ねぇリグ……本気でここに入るの? マジでやめようよ……」
おどおどと声を上げたのはディンだ。
小太りで汗っかき、そして自他ともに認める臆病者。
「ああ、お前の感覚は正常だよディン。おかしいのはアイツらだ」
リグはディンの肩をぽんと叩いた。
しかし、間髪入れずにサリーが背後からディンの首に腕を回す。
「はっはっは、ビビってんのかディン!」
「ビビってない! 放せーっ!」
結局、ディンは引きずられるようにバンビの後へ続く。
──いつもと変わらぬ光景。
そう、これはもうお約束だ。
バンビが無茶を言い、サリーが乗っかり、オレとディンは巻き込まれる。
小さい頃からこの一連の流れは全く進歩していない。15の歳になった今でもだ。
◆
「みなさん、ありました! ここが裏口です!」
バンビが嬉しそうに手を振る。
塔の裏手、石造りの坂が塔の内部から始まり、後方の川へと延びていた。
まるで巨大な滑り台だ。
「でっけぇ……」
リグが思わずつぶやく。
バンビはリュックから『白月の塔 構成図』を取り出し、地面に広げた。ランタンの灯りが紙の上でゆらめく。
「サリー。ここ、見てください。塔の中から直接川に繋がってるんですよ」
サリーがしゃがみ込み、バンビの広げた図を覗き込む。
「ふむ。確かに排水路なんだろうけど、それにしちゃ“でか過ぎる”よな」
「でしょ? 雨水用ならもっと細いはずなのに。溝の深さもかなりありますよね? まるで堰の様に大量の水を流す為に造られている。そう見えませんか?」
バンビは目を輝かせて図面を指した。
「そうだな。単なる排水設備じゃ無さそうだ」
「でしょでしょ! ワクワクしますよね!?」
バンビはかなり興奮している様子。
(どこにワクワクする要素があるんだ?)
リグは改めて後悔する。
バンビは歴史的建造物の観点で、サリーは建築学の観点で、それぞれがこの不気味な塔に強い関心を抱いているみたいだ。
今更、「引き返そうか」なんて言えない空気が既に出来上がっている。
「ほら、行きましょうよ!」
バンビが勢いよく立ち上がる。
「ちょ、ちょっと待て!」
ディンが声を上げた。
「ほんとに入る気なの? こんな真っ暗なところに?」
「もちろんです!」
バンビの目は爛々と輝いていた。
◆
塔の入口は冷たい風を吐き出していた。
錆びた鉄と、湿気を帯びた石が混じったような嫌な匂いが鼻をつく。
リグはバンビのランタンを借りて塔の中を照らし見る。
中は薄暗く、ランタンの灯りだけは、登り坂の終わりまでは見えない。
足場となるのは細い石の縁。幅はわずか五十センチほど。その縁を踏み外したら深い水路の底まで落下する危険性もある。
「先頭は誰が行くんだ?」
リグが皆に問いかけると、バンビが慌てて手を振った。
「僕は構成図を見ながら進むので無理です!」
「僕も無理! 暗いの苦手だし!」
ディンは一歩下がった。
「……なるほど、じゃあサリーか」
「いや、お前がランタン持ってるんだからお前だろ、リグ」
サリーはにっこりと笑う。
(しまった。ランタンを何気なく持ったのが間違いだった……)
リグは、しばらく三人をじっと見た。
沈黙。
「はぁ、分かったよ。俺が行けばいいんだろ」
バンビがニヤリと笑う。
「頼りにしてます、リグ隊長!」
(誰が隊長だ……このやろう)
「くっそ、行くぞ!」
リグはランタンを掲げ、塔の内部へ一歩を踏み出した。
風が唸り、塔の奥から低く響く。
冷たい空気が頬を撫で、背筋に震えが走る。
その後ろを、バンビ、ディン、サリーが一列になって続いた。
小さな灯りが揺れながら、ゆっくりと闇に溶けていく。




