1.竜族とエルフ
──その罪は、生まれながらにして定められている。
海と渓谷に囲まれた孤島、エルピス島。
かつて栄えた“竜族”の末裔たちは、今では農と漁に勤しむ静かな民として暮らしていた。
だが──その平穏は、“贄の誓い”という掟によってかろうじて保たれているに過ぎない。
“もしエルフが生まれたならば、龍神様へ捧げよ”
それが、この島に古くから伝わる伝承であった。
◆
「やあ、リグ。ようこそ我が秘密基地へ!」
リグが扉を開けると、満面の笑みを浮かべたバンビが両手を広げて出迎えた。金髪くせ毛に丸眼鏡。テンションは妙に高い。
リグはため息混じりに肩をすくめて小屋の中へ入る。
リグとバンビは小さい頃からの幼馴染で、歳はリグが一つ上である。だからバンビが敬語を使っているという訳ではなく、バンビは普段から誰にでもこの話し方をする変わった奴だ。
「お前がここに呼び出す時は、大体ろくでもない話だって分かるよ、バンビ」
ここはバンビの家の離れにある納屋。簡素に並べられた椅子と古いテーブル。埃っぽく、天井の梁には蜘蛛の巣も見えるが、バンビにとっては大切な“秘密基地”だった。
リグは、入り口近くの椅子に腰を下ろす。
束ねた淡い水色の綺麗な髪が背で揺れた。
「ふふふ……今回はいつもと違いますよ。これはもう歴史的な大発見ですから!」
「はいはい、もうその時点で信用出来ないんだけど」
「いえいえ、今回は本当に本当なんです!」
バンビはテーブルをバンと叩き、興奮気味に語り出した。
「リグ、エルフが……ついに現れました!」
「……は?」
「昨夜、父のもとへ長老が訪ねて来たんです。“贄の儀式を執り行う”と。だから、父に司祭役を担って欲しいと。僕はたまたま書斎の扉の隙間から、その話を全部──聞いてしまいまして」
「たまたま? よく言うよ。盗み聞きしたくせに」
バンビは呆れるリグを無視して話を続ける。
「島に現れた“厄災”エルフを龍神様に捧げる。すなわち、十日後の龍神祭の日にエルフが処刑されるんです」
「ふぅん……それ、本当の話なのか?」
「嘘でこんな事を言う筈が無いでしょう!」
話に熱が入るバンビとは対照に、リグは“しかめっツラ”を隠そうともしない。
過去にバンビの口車に乗せられて何度痛い目に遭ったことか。
黄金の鳥を探してひたすら山を探索。水龍を探して小舟で川下りなど。リグの脳裏に過去の壮絶な光景が蘇える。
「で? そのエルフとやらは何処に居るんだ?」
「はい。今、そのエルフは──白月の塔に監禁されています」
「白月の塔……」
その名を聞いた途端、リグは背筋に冷たいものを感じた。
島の外れ、川沿いにぽつりと建つ灰白の塔。
今では大人ですら近づかない不気味な場所だ。
「しかも、驚くべきことにそのエルフは、僕たちと同じくらいの年齢だそうです」
「えええっ!? 赤ん坊の話じゃなかったのかよ!」
リグは驚愕した。
「ふふふ、父も同じ様に仰天していましたよ」
「成長したエルフ……って待て待て。何で今まで見つからなかったんだ?」
「それがどうやら、ずっと島の外れで密かに育てられていたらしいです」
「そんなに……隠し通せるもんなのか?」
「どんな方法かは詳しく知りませんが、事実として今まで隠し通していたんですよ。しかし、ついに捕まってしまった」
「なるほど……でも、捕まったなら放っておけば処刑されるんだろ? 心配する事は無いんじゃないか」
「はい。“エルフの厄災”が起きる心配は無いでしょうね。──さてさて、ここからが本題なんですよ」
(まだ本題じゃなかったのか……)
「──見に行きましょうよ」
「はぁ!?」
「見たくありませんか!? かつて竜族の八割を滅ぼした、“厄災”とやらを!」
バンビは勢いよく一枚の紙を広げる。
それは古びた設計図だった。塔の構造が詳細に記されている。
「これは学園の資料庫で見つけた塔の構成図です。塔の裏手にある水路を経由すれば、地下から塔に侵入できます。しかも、夜間なら人目もないはずです」
「お前……それ本気で言ってるのかよ」
「ええ、もちろん本気です。伝説の“厄災”の姿を拝めるのは、今この機会しか無いでしょう」
「…………」
リグはしばらく黙って考える。
正直、馬鹿げた話だと思っている。だが、バンビの目はいたって真剣だ。
そして──自分の中にも、確かに興味があった。エルフという悪魔がどんな見た目をしているのか。
(たしかに……見てみたい)
「……分かったよ。どうせお前は止めたって行くだろ。だったら、俺も付き合うよ」
「やった! リグならそう言うと思ったんです!」
「ただし、死なない程度にな」
「大丈夫! チラッと拝見して終わりですから! では早速、サリーとディンにも召集をかけますか」
サリーとディンは、幼馴染四人組の残り二人である。
「おい、アイツらまで巻き込むなって!」
「巻き込むとは人聞きが悪いですね。仲間と共に挑む、それが冒険でしょう!?」
(ダメだ……ここまで火が着いたバンビは誰にも止められない……)
こうして、少年達は“厄災”の真実を確かめるために、一歩を踏み出したのだった。
それが、島の運命を大きく狂わせる大事件になるとも知らずに。




