34.島抜け大作戦_7
「うわっ! すっげぇ、広いっ!」
「見て! 座席がふっかふか!」
「すげぇなこれ、何人乗れんだ!?」
カラディア帝国の馬車の後部座席でリグ、サリー、ディンが無邪気にはしゃいでいる。
その馬車は二頭の馬が引く構造の物で、エルピス島で見る馬車よりも遥かに大きく立派だった。荷台の後部には『コの字』に座席が設けられ、全員が余裕を持って座れる広さだった。
「リンドウ様、結界の再構築が完了しました」
結界師エルドレッドが報告すると、リンドウは息をつき頷いた。
「ご苦労、エルドレッド。今日は災難だったな」
「いえ、私が油断したばっかりに……申し訳ございません」
エルドレッドは深く頭を下げた。
◆
バンビは、橋の上を担架で運ばれていくトマスを見つめる。意識はある様だが腹の傷が深く、苦痛の表情を浮かべている。
「トマスおじさん……」
「……おう、バンビ。参ったよ。大事な馬が殺されちまった。俺も……このざまだ」
バンビは何も言えずに俯く。
「お前とは仲良くしていたつもりだったがな……まさかお前に騙されるとは……笑えるな」
そう言うと、トマスは「ゴホッ」と激しく咳き込み、真っ赤な血を吐いた。
「ト、トマスおじさ──」
慌てるバンビより先に、イヴァが瞬時にトマスに駆け寄る。
「おい! 何だよ、“厄災“!」
イヴァはトマスの腹に両手をかざす。
淡い緑の光がふわりと灯り、裂けた傷口がみるみる塞がっていく。
「な……何を……」
「応急処置にしかなりませんが、傷口を塞ぎます」
「や、やめろ! 近寄るな……」
トマスは、イヴァを強く警戒した。
それでもイヴァは処置を続ける。
「トマスさん。ここまで私達を運んでくれて有難う御座いました」
処置が終わると、イヴァはペコリと頭を下げて馬車へ向かった。
バンビもその背を追うように歩き始める。
その時、後方からすすり泣く声が聞こえた。
「バンビ……すまねぇ……俺、裏切っちまって……悪かった……」
振り返ると、トマスは担架の上で泣いていた。
バンビは静かに微笑む。
「トマスおじさん、お元気で。お酒の飲み過ぎにはご注意を」
◆
──馬車の下でイヴァがアアラに問いかける。
「アアラ、本当に島を出て大丈夫なの? お父さんの脚が悪いんでしょ?」
「大丈夫だ。……実はな、父様に話してしまったんだよ。イヴァに救われた事、みんなでイヴァを脱獄させた事。それと、みんなが島を出ようとしている事も」
「ええっ! ……怒られた?」
「ああ、怒られたよ。今すぐお前も行けってな」
「……え?」
「その子は、きっとお前にとって生涯の友となる。義を貫け、その子を守ってやれ! だってさ」
「……ふふっ。まさにアアラのお父さん」
イヴァは吹き出した。
その時、「イヴァ!」と叫ぶ声がした。
一組の夫婦が馬車へ近づいてくる。
「……母さん」
そう言うと、イヴァはアアラにそっと囁く。
「離れて……」
「え?」
次の瞬間──
バシッ!
乾いた音が橋に響き、イヴァの身体が後ろへ弾かれた。
「イヴァ! 大丈夫か!?」
アアラが抱き起こし、必死に支える。
「今まで……どれだけ苦労してあんたを隠してきたと思ってるの!? 結局“生き延びる”って何よ!? 私たちが馬鹿みたいじゃない!」
イヴァの母親は大きく肩を揺らして憤慨している。
「……は?」
アアラは言葉の意味が理解できず、ただ呆然とした。
「しぶとく生き残るなら島に残りなさいよ! 働いて稼ぎな! この恩知らず!」
イヴァの父親が静止する。
「落ち着いて。もういいじゃないか。もう、行かせよう」
父親に運ばれる様に後退しながらイヴァの母親が叫ぶ。
「泥棒のくせに……お前みたいな者が、平然と生きてて良いと思うな!」
アアラは、遠ざかるイヴァの両親を唖然とした表情で見つめる。
「イヴァ……あんたの両親とは初対面だが、ぶん殴ってきていいか?」
イヴァは何も言わず小さく笑うと、両親へ向けて深く頭を下げた。
◆
「大丈夫か? もう出るぞ。帰りが深夜になってしまうのは避けたい」
リンドウが一同に声を掛けながら馬に跨る。
「あっ、大丈夫です! すみません」
イヴァとアアラは慌てて馬車へ乗り込んだ。
「よし……ではカラディアへ出発する!」
リンドウが隣のアランと目を合わせたと同時に馬車が大きく揺れ、二頭の馬が走り出す。
──馬車は『エルピス大橋』を渡り、門を抜けた。
ついに、生まれて初めて島の外へ。
リグは後部座席から振り返り、ゆっくりと遠ざかる島を見つめた。
沈む夕日が、門を橙色に染めている。
小さく、さらに小さくなっていく島の影。
(さよなら、爺ちゃん。さよなら──エルピス島)
島の潮風に背中を押されながら、リグは心の中でそっと別れを告げた。




