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白月のエルフ  作者: 鳥部 本太郎
第三章 境界の潮風

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34.島抜け大作戦_7


「うわっ! すっげぇ、広いっ!」


「見て! 座席がふっかふか!」


「すげぇなこれ、何人乗れんだ!?」


 カラディア帝国の馬車の後部座席でリグ、サリー、ディンが無邪気にはしゃいでいる。


 その馬車は二頭の馬が引く構造の物で、エルピス島で見る馬車よりも遥かに大きく立派だった。荷台の後部には『コの字』に座席が設けられ、全員が余裕を持って座れる広さだった。



「リンドウ様、結界の再構築が完了しました」

 

 結界師エルドレッドが報告すると、リンドウは息をつき頷いた。


「ご苦労、エルドレッド。今日は災難だったな」


「いえ、私が油断したばっかりに……申し訳ございません」


 エルドレッドは深く頭を下げた。




 バンビは、橋の上を担架で運ばれていくトマスを見つめる。意識はある様だが腹の傷が深く、苦痛の表情を浮かべている。


「トマスおじさん……」


「……おう、バンビ。参ったよ。大事な馬が殺されちまった。俺も……このざまだ」


 バンビは何も言えずに俯く。


「お前とは仲良くしていたつもりだったがな……まさかお前に騙されるとは……笑えるな」


 そう言うと、トマスは「ゴホッ」と激しく咳き込み、真っ赤な血を吐いた。


 「ト、トマスおじさ──」

 慌てるバンビより先に、イヴァが瞬時にトマスに駆け寄る。


「おい! 何だよ、“厄災“!」


 イヴァはトマスの腹に両手をかざす。


 淡い緑の光がふわりと灯り、裂けた傷口がみるみる塞がっていく。


「な……何を……」


「応急処置にしかなりませんが、傷口を塞ぎます」


「や、やめろ! 近寄るな……」

 トマスは、イヴァを強く警戒した。


 それでもイヴァは処置を続ける。


「トマスさん。ここまで私達を運んでくれて有難う御座いました」


 処置が終わると、イヴァはペコリと頭を下げて馬車へ向かった。


 バンビもその背を追うように歩き始める。


 その時、後方からすすり泣く声が聞こえた。


「バンビ……すまねぇ……俺、裏切っちまって……悪かった……」


 振り返ると、トマスは担架の上で泣いていた。


 バンビは静かに微笑む。


「トマスおじさん、お元気で。お酒の飲み過ぎにはご注意を」




 ──馬車の下でイヴァがアアラに問いかける。


「アアラ、本当に島を出て大丈夫なの? お父さんの脚が悪いんでしょ?」


「大丈夫だ。……実はな、父様に話してしまったんだよ。イヴァに救われた事、みんなでイヴァを脱獄させた事。それと、みんなが島を出ようとしている事も」


「ええっ! ……怒られた?」


「ああ、怒られたよ。今すぐお前も行けってな」


「……え?」


「その子は、きっとお前にとって生涯の友となる。()を貫け、その子を守ってやれ! だってさ」


「……ふふっ。まさにアアラのお父さん」

 イヴァは吹き出した。


 その時、「イヴァ!」と叫ぶ声がした。


 一組の夫婦が馬車へ近づいてくる。


「……母さん」


 そう言うと、イヴァはアアラにそっと囁く。


「離れて……」


「え?」


 次の瞬間──


 バシッ!


 乾いた音が橋に響き、イヴァの身体が後ろへ弾かれた。


「イヴァ! 大丈夫か!?」

 アアラが抱き起こし、必死に支える。


「今まで……どれだけ苦労してあんたを隠してきたと思ってるの!? 結局“生き延びる”って何よ!? 私たちが馬鹿みたいじゃない!」

 イヴァの母親は大きく肩を揺らして憤慨している。


「……は?」

 アアラは言葉の意味が理解できず、ただ呆然とした。


「しぶとく生き残るなら島に残りなさいよ! 働いて稼ぎな! この恩知らず!」


 イヴァの父親が静止する。


「落ち着いて。もういいじゃないか。もう、行かせよう」


 父親に運ばれる様に後退しながらイヴァの母親が叫ぶ。


「泥棒のくせに……お前みたいな者が、平然と生きてて良いと思うな!」


 アアラは、遠ざかるイヴァの両親を唖然とした表情で見つめる。


「イヴァ……あんたの両親とは初対面だが、ぶん殴ってきていいか?」


 イヴァは何も言わず小さく笑うと、両親へ向けて深く頭を下げた。



 「大丈夫か? もう出るぞ。帰りが深夜になってしまうのは避けたい」

 リンドウが一同に声を掛けながら馬に跨る。


「あっ、大丈夫です! すみません」

 イヴァとアアラは慌てて馬車へ乗り込んだ。


「よし……ではカラディアへ出発する!」


 リンドウが隣のアランと目を合わせたと同時に馬車が大きく揺れ、二頭の馬が走り出す。



 ──馬車は『エルピス大橋』を渡り、門を抜けた。


 ついに、生まれて初めて島の外へ。


 リグは後部座席から振り返り、ゆっくりと遠ざかる島を見つめた。


 沈む夕日が、門を橙色に染めている。

 小さく、さらに小さくなっていく島の影。


(さよなら、爺ちゃん。さよなら──エルピス島)

 

 島の潮風に背中を押されながら、リグは心の中でそっと別れを告げた。


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