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白月のエルフ  作者: 鳥部 本太郎
第三章 境界の潮風

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35.白月へ祈る 完結

 

 ──すっかりと暗くなった森の小径(こみち)を馬車が走る。


 四方に取り付けられたランタンの灯りが、ぼんやりと馬車を包んでいる。


 森の中には点々と松明(たいまつ)が立てられており、それを頼りに馬車はカラディア帝国を目指して進んだ。


 座席では、ティオが『カラディア帝国』についてリグ達一同に説明している。


「……カラディア帝国は『商業と工業の中心地』と呼ばれていて、良質な武具や精密機器を他国へ輸出して発展を遂げているの。その一方で昔から土質(どしつ)に難題を抱えているのよ」


「土質か……。土壌侵食(どじょうしんしょく)土壌汚染(どじょうおせん)が見られると言う事でしょうか?」


 この手の難しそうな話の時には、バンビの無駄に蓄えた知識が役に立つ。


「いいえ……自然も豊かだし、環境汚染も無いわ。でもね、カラディアの土地を多く占めている土が『砂質土(さしつど)』なの。砂質土は粒が荒くて乾きやすいからね。農作には不向きなのよ」


「そうか、だからエルピスからの食物の供給が頼りなんですね……」


「エルピス島だけじゃないわ、カラディアは色んな国や村に『結界師』を派遣して、異獣から守る代わりに食物の供給を頂いているのよ」


「あーあ、なんだぁ。カラディアにはおいしい料理無いのかぁ……」

 落胆するディン。


 ティオは即座に反論する。


「あなた、話聞いてた? 他国から色々な食物が供給されるから、むしろカラディアの料理は一級品よ」


「ええ!? 食べたい! 早く食べたい!」

 一気に興奮するディン。


「ごめんな。こいつは、こういう奴なんだよ」

 見兼ねたサリーがフォローを入れる。


「まぁ、いいわ。それより、あなた達の島の事を聞かせて」


「島のこと?」


「そうよ。こう言ったら失礼かもしれないけど、エルピス島はちょっと異様よ。まるで世界から遮断されているみたいだし、恐ろしい風習も残ってる。そもそも、あれ程にエルフを憎む理由が分からないわ」


「うーん……」

 リグは頭を悩ませる。


「それが俺たちにもよく分からないんだ……島には昔から“エルフの厄災“っていう言い伝えがあってさ。『竜族はエルフに八割も滅ぼされた』って云われてるんだよ」


「厄災? その話は聞いたこと無いわ」


 アアラがイヴァを指差しながらティオに問い掛ける。

「嘘か本当かは私達にも分からない。でもなぁ……こいつがそんな事出来ると思うか?」


 イヴァはよく解っていない様で、首を(かし)げながら何故かニコニコしている。


「まぁ、そうは見えないわね。そもそもの話だけど、竜族にとってエルフは貴重な存在だったはずよ」


「え? 貴重な存在?」


「そう、エルフとの間に子を宿せば、魔力を伴う強い子孫を残せるから、竜族にとっては貴重な存在だったと云われているわ。むしろ竜族は、戦乱の時代に身を(てい)してエルフを守った種族だと伝えられているんだけど……」


「なんだそれ、まるで島の対応と真逆じゃないか!」

 リグが驚きの声を上げる。


「うん。だから異様だと言ったのよ。“贄の誓い“の噂を聞いた時は意味不明だって思ったわ」


 バンビは曲げた人差し指を口元に当てて考え込む。


「エルフを守るか……もしかしたら、竜族はエルフを守る過程で衰退していったのかもしれませんね。それが長い年月を経過するに連れて、エルフの悪行としてすり替えられて伝わってしまったのかもしれません」


 ティオは、遠くを見つめるように頬杖を付きながら呟く。


「『悪意に触れた歴史は時に真実を(ゆが)ませる。』──大昔の魔導士の言葉よ……」


 イヴァが目をうるうるさせながら座席を立ち、ティオの手を握った。


「凄いっ! ティオさん頭良い! もっと教えて、エルフのこと!」


「え、も、もう知らないわよ! エルフはあなたでしょ!」

ティオは顔を赤くしている。


(この子、俺と同じで照れ屋なのかも……)

 リグはティオに親近感を抱いた。



「なんだか、後ろが楽しそうだな……」

 馬に跨るリンドウが後方を振り向いて呟く。


「そうだな、ティオがあんなに喋るのは珍しいぜ」


「アラン、今回は私の独断で勝手な判断をして申し訳なかった」


「はっはっはっ! 今に始まった事かよ! 良いんじゃねぇの、それでこそ王女ってもんだ。ティオも歳が近い仲間が出来て、内心は嬉しいと思うぜ」


「でも、島との関係が悪化しただろう。今後はエルピスからの供給が無くなってしまうかもしれないな」


「気にするな、リン。それ以上の棚からぼた餅を拾ってきたじゃねぇか! あのガキども、荒削りだが素質があるぜ」


「……確かに。竜族の末裔にまだあんなに骨のある子供達が残っていたとはな。私も驚いたよ」


「グフフフフ! 鍛えるぜぇ! 徹底的にな」


 狂気じみたアランの笑顔を見てリンドウはリグ達に同情した。


「……お気の毒に」



 ──夜が深まるなか、馬車は森の中を進み続ける。


 夜道を警戒してか、いつの間にか速度は緩やかになっていた。


 座席では、サリー、バンビ、ディンが不格好に寝っ転がって熟睡している。


 リグは座席に腰を委ね、イヴァの様子を見守っていた。


「ねぇ……アアラ」

 イヴァがアアラの隣りで語りかける。


「ん? どうした?」


「まだ、ちゃんとアアラにお礼言ってないなって思って。あの……本当にありがとう」


「なんだ、そんな事か」

 アアラは微笑を浮かべる。


「そんな事じゃないよ、本当に今日のアアラ凄かったよ! もうダメだって思った時に現れてピンチを救っちゃうんだもん。本当に凄いよアアラは……」


 そう言ったあと、イヴァは何故か気落ちする。

「それに比べて、私は何も出来なくて……」


「イヴァ、ひとつ聞いてもいいか?」


「え? なに?」


「さっき、母親があんたに“泥棒“と言ったけど、あれはどういう意味?」


「あ、あれはね……えーとね。母さんは、私が本当の娘の魂を奪って……その代わりに私が産まれてきたと思ってるの」


「はぁ!? なんだよそれ……」


「だからね、母さんはお酒を飲むといつも言うの。『私の娘を返せ! この泥棒っ──


 ──突然、アアラがギュッとイヴァを抱きしめた。


「え? アアラ!? どうしたの!?」

 イヴァは狼狽(うろた)える。


「イヴァ……あんた強いよ。そんな境遇で、私に愚痴も溢さないでさ」


「…………アアラ」


「イヴァ。もう自分を卑下(ひげ)しないで、責めないで。あんたは強くて優しい子だよ。……これだけは言っておく。あんたは、生きてて良いんだよ」


 イヴァの瞳に涙が溜まる。


「ほんと……? 私、嫌われ者じゃない? 生きてて良いの?」



「当たり前だ」



「ふええええええぇぇぇーー………!」


 まるで幼児の雄叫びの様なイヴァの泣き声に、魔道書を読んでいたティオがギョッとする。


 イヴァはそのまま、暫くアアラの胸の中で泣いた。


(姉に介抱される妹みたいだな……)

 リグは静かに笑う。


 イヴァにとって、アアラの存在がどれほどの救いになっているんだろう。イヴァが甘えられるのはアアラだけなんだ。


 リグの心の中に、ある思いが生まれる。


(オレもイヴァの『救い』になりたい)


 ──やがてイヴァの泣き声が止み、馬車の中はすっかり静かになった。


「ねぇ、イヴァちゃん大丈夫なの? 落ち着いた?」

 ティオが心配そうに覗き込む。


「ああ、寝てる」


「寝てるの!?」


 アアラの胸の中でイヴァは泣き疲れたようにすやすやと眠っていた。


「まったく……騒いだり泣いたり……かと思ったら急に眠ったり……忙しい人達ね」


 

 アアラは優しく微笑みながらイヴァの頭を撫でる。


「イヴァは、今日処刑されるはずだったんだ。それが急に連れ出されて……訳も分からないうちに島から出てきた。この子にとっては想像も出来ない様な壮絶な一日だっただろう」


「そうなんだ。たしかにね……無理もないか」

 ティオは座席の下にある引き出しから毛布の束を引っ張り出すと、その内の一枚をアアラとイヴァにそっと掛けた。


「まだカラディアまで時間がかかるわ。あなたも疲れたでしょう? ゆっくり休みな」


「ああ、すまない。有難う」


 ティオは熟睡しているディン、サリー、バンビにも毛布を掛けてやる。


 最後に、リグに毛布を手渡す。

「ほら、あなたも」


「ありがとうティオ! 優しいね」


 リグに礼を言われたティオは慌てたように着席する。


「い、いや、風邪でもひかれたら面倒だからね!」

 そう言って再び魔道書を開いたが、見ると耳が真っ赤になっていた。


 

 ──穏やかな夜風がリグの頬を撫でる。

小気味よい(ひずめ)の音と小さな振動を感じながら、リグは目を閉じた。


 ──長い長い一日が終わろうとしていた。



第一部 エルピス島編 


─完─


ここまでお読みいただき有難う御座いました!

いつか第二部の投稿もさせて頂きたいです!

(それは、反響次第となります……。)

またお会いしましょう!

(*´꒳`*)

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