33.島抜け大作戦_6
異獣の群れが押し寄せる戦場から、ナリルは踵を返して静かに離れていく。
「おい、ナリル!」
長老が慌てて呼び止めた。
「あぁ……長老。どうも」
「どうもじゃない! どこへ行くつもりだ!? まだ取り引きは終わっておらんだろう!」
「ふ……ふふふ……」
「な、何を笑っておる!」
ナリルは振り向かず、肩を小さく揺らした。
「長老。もう終わったんですよ。我々の野望は、いま──水泡のごとく弾けて消えました」
「な、何故だ……? 所詮、我々ではカラディア騎士団に敵わぬという事か?」
「まぁ、それもありますが……それより致命的なことが二つ起きたんです」
ナリルは指を二本立てる。
「まず一つ。最も貴重な人材を失ったこと。これで未来永劫、反乱なんて不可能になりました」
「貴重な人材……?」
「長老。あの子供達、ご存知でした?」
ナリルは戦場を振り返り、互角以上に異獣を捌くリグ達を指した。
「エルフを連れ出した奴らか? ただの悪餓鬼だろうが」
「ええ、悪餓鬼ですよ。ただし──"ただの悪餓鬼"ではないんですよ」
ナリルは満足そうに笑った。
「リグ、バンビ、サリー、ディン。彼らは特選クラスの出身なんです。それも、六歳から十二歳まで一度も落ちることなく特選クラスに在籍し続けた超エリートたちだ。あれほどの逸材は、今後二度と現れないでしょう」
「な、なんだと……! そんな優秀には見えんかったが」
「例えばディン。一見臆病者ですが、ああ見えて体幹がバケモノです。大の大人が本気で組み伏せても倒れませんよ。育てれば鉄壁の重装兵になっていた」
「バンビ。特殊能力のサイコキネシスだけでなく、任務遂行能力と考察力がずば抜けています。軍師にしたかったんですけどねぇ」
「サリー。身体能力は圧倒的でした。模擬戦では攻守ともに無双状態。武器の扱いも光るものがありました。彼も上手く育てれば、軍団長候補だったでしょう」
「そして──」
ナリルはふっと息をついた。
「一番の原石はリグです。身体能力はサリーに劣りますが、“破壊力”だけは群を抜いている。体術だけなら……正直、私でも勝てるかどうか分かりません」
「かつて、脅威の破壊力を武器に戦場を駆けた竜族……彼こそが最もその名に相応しかったのかもしれません」
「……そこまで将来有望な子供達だったのか」
長老は肩を落とす。
「はい。しかし、もう『島に残る』なんて選択肢は無いでしょうね。しくじりましたね。まさか、あいつらに牙を剥かれるとは」
「ナリル……二つと言ったが、もう一つは?」
「決まってるじゃないですか。エルフが世に放たれることですよ。──世界はこれから大きく歪み始めます。あの力は、それほど強力です」
ナリルは肩をすくめると、島の方へ向き直って歩き出した。
「おい、待たんか!」
「長老も変な野望は捨てて余生を楽しんで下さいね。それじゃ……」
ナリルは一度も振り返らないまま、手だけをひらりと振った。
その背中は、はっきりと敗北を語っていた。
◆
「はぁ……はぁ……どうした? もう終わりか? かかって来い!」
リグはぐったりした狼の異獣の首根っこを掴んだまま、残った異獣達を睨みつけた。
異獣達はじりじりと後退すると、一斉に島の外へ逃げ出していった。
「よっしゃ……逃げてったぞ……」
リグは安堵と共にバタンと倒れ、大の字になる。
掴まれていた異獣も「今だ!」と言わんばかりに尻尾を巻いて走り去った。
「ふぅ……流石にあの数はしんどいな……」
サリーは座り込み、肩で息をする。
「ですね。島の動物とは身体能力が違いました。あれは厄介ですね」
バンビも疲弊した様子で額の汗を拭った。
リンドウが倒れているリグの元へ近づき、手を差し出す。
「怪我は無いか?」
「わっ! お、王女様! イヴァを助けてくれて有難うございます!」
リグはすぐに立ち上がってリンドウに頭を下げた。
「イヴァ? あぁ、あの少女のことか。気にするな。あの状況なら当然だ」
「オレたち……カラディア騎士団ってもっと非道かと思ってました。良い人達だったんですね!」
「ひ、非道……?」
リンドウの目が大きく見開かれた。
「がっはっは! おもしれぇガキだ!」
アランが腹を抱えて笑う。
「まぁ、誤解が解けたようで何よりだ。こちらこそ、異獣の撃退に協力してくれた事に感謝する。さて──」
リンドウは空を見上げ、深く息を吐いた。
「我々は間もなく出発する。もし君たちが島を出てカラディアへ行きたいなら、馬車に乗せてやる。ただし来るからには、今後も異獣と戦う覚悟を持て。日々鍛錬を積んでもらう。それでも来るか?」
「はい! お願いします!」
リグは迷いなく答えた。
バンビ、サリー、ディンも同時に頷く。
「よろしい。では歓迎しよう」
──「お、王女様!」
橋の袂からアアラが必死の形相で走ってくる。
「狩人の少女か……どうした?」
「はぁ……はぁ……、あ、あの! わ、私も行きたい! 彼らと……イヴァと一緒に! お願いします!」
リンドウは少しの間、アアラを観察するように黙って見つめた。
「……君は元から島を出るつもりだったのか?」
「あ……その、それは……」
アアラは言葉に詰まる。
「一時の感情ならやめておくんだな。帰れる保証は無いぞ」
イヴァが駆け寄る。
「アアラ、いいの? だってお父さんが──」
「大丈夫!」
アアラはイヴァの言葉を左手で遮った。
「私はイヴァに命を救われた。だから今度は私が守る! ずっとそばで見守りたい!」
リンドウはしばらくアアラの目を見つめ──静かに頷いた。
「意思は固いようだな。いいだろう、歓迎するよ」
リンドウはアアラの頭にポンと手を置き、馬車へ向かって歩き出す。
「ありがとうございます!」
アアラが頭を下げると、イヴァが勢いよく抱きつく。
「やった! アアラも一緒なんて! 嬉しい!」
「おい、くっ付くな!」
その時、リンドウが足を止め、振り返った。
「それから君たち──“王女様”なんて堅苦しい呼び方はやめろ。リンドウと呼べ。いいな?」
風に揺れる前髪を指で払うと、リンドウは柔らかく微笑んだ。




