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白月のエルフ  作者: 鳥部 本太郎
第三章 境界の潮風

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29.島抜け大作戦_2


「ハロー……元気か? お前ら」


 聞き覚えのある声が響いた瞬間、リグの心臓がドクン!  と大きく跳ねた。


(あの声は……ナリル!?)


 リグは反射的に立ち上がり、積荷の上から後方を確認する。

 荷馬車の後ろには、ナリルが立っていた。


「はーい、お遊びはおしまいだぞ、ガキ共」


 そう言うや否や、ナリルはバンビの肩を掴み、荷台から乱暴に引き摺り落とした。


「トマスおじさん! これはどういう事ですか!?」

 バンビが声を荒らげる。


「いやぁ、バンビ……いくら何でもなぁ。俺も加担はできないんだよ。“厄災“には……」


 トマスは深く項垂(うなだ)れていた。


「さぁて……お前らも降りてこい。もう分かるだろ?」


 ナリルは冷ややかな眼光で荷台の中を睨みつけた。


「ゲームオーバーだ」



 ──リグ達は全員荷馬車から引きずり降ろされ、橋上の石路面に正座させられた。

 周囲には剣を構えた兵士が四人、弓兵が二人。さらにナリルを含め、計七人による完全包囲だ。


「バンビ、大丈夫か?」

 リグは落とされたバンビに、そっと声を掛ける。


「くそっ……! すみません、まさか裏切られるとは……」

 喰い縛った歯から悔しさが滲み出ている。



「トマス、ご苦労だったな。もう出発していいぞー」

 ナリルの合図で、トマスは気まずそうに荷馬車を走らせて去っていく。


「さてと……こいつら縛れ」


「はっ!」


 声が掛かると同時に兵士達が動き、リグ達の腕を後ろ手で荒々しく縛り始めた。


「い、いたた、痛いよう……!」


「泣くな、ディン。今は……耐えるしかない」

 サリーがディンの肩にそっと声を落とす。


 やがて四人全員が正座のまま腕を縛られた。


「エルフ、立て」


 ナリルの命令に、イヴァが震えながら立ち上がる。


「両腕を出せ」


 イヴァの両腕を強く縛り、垂れ下がった紐の先をナリルが片手でぐいと掴む。


「お前らの悪運もここまでだな。まったく……こんな時に面倒掛けやがって……」


 ナリルは気怠(けだる)げに吐き捨てた。


「お前らへの罰はこれから考えるとして……おい、魔動車の到着まであとどれくらいだ?」


「はい、おそらくあと十五分ほどかと!」


「十五分か……待ってらんねぇな。こっちから行くぞ」


 ナリルは島側の方へ向かい歩き出した。

 紐を引かれたイヴァは、つまずき、よろけながらついていく。


 その合間に、イヴァは振り返り、リグ達へ小声で言った。


「リグ、バンビ、サリー、ディン、ありがとう。私、今日のこと──あっ!」


 次の瞬間、ナリルが紐を強く引いたせいで、イヴァは前方へ倒れ込み、石の路面に顔を擦りつけた。


「何してんだお前!」

 リグは堪えきれず怒鳴った。


 ナリルはリグの怒号を無視してイヴァを睨みつける。


「勝手に喋んなエルフ。お前は家畜みたいに黙って着いて来りゃいいんだよ」



 イヴァはふらふらと立ち上がり、再び歩き始めた。

 その小さな背中がどんどん遠ざかっていく。


「イヴァ!!」

 リグは抑えきれず叫んだ。


「黙れ!」

 兵士がリグの頭を押さえつける。


 それでもリグは顔を上げ、声を枯らしながら叫び続けた。


「イヴァ! 行くな、イヴァ!!」


 その声に、イヴァはそっと振り返った。

 乱暴に擦られた頬には、血が滲んでいる。


 こんな絶望の中だというのに──イヴァは笑った。


 無邪気な笑顔を向けながら、言葉を紡ぐ。


「私、今日のこと、みんなのこと、絶対忘れない! ……みんな、大好き!」



 ──「イヴァ……」


 リグの視界が涙でぼやけていく。

 もう、まともに見ることすらできない。


「ふざけんな! ……こんな結末、ありかよ!」


 リグは(うつむ)き、悔し涙を石の路面へ落とす。


「ま、まさか。無いでしょう流石に……こんな終わり方。何かあるはずです……この状況を打破できる策が……」

 バンビも歯を鳴らしそうなほどに強く噛み締めていた。


 ──しかし、もう()(すべ)は無い。


 リグの胸の奥は、悲しみと悔しさで押し潰されそうだった。


 ──その時。


 ナリルが橋の(たもと)の門へ近づいた瞬間、鋭い声が響いた。


「動くな!」


 見張り台の上にアアラが立ち、ナリルへ弓矢を向けていた。


「アアラ!」

 イヴァが驚いて叫ぶ。


「あれは……アアラ」

 バンビも息を呑む。


「おやおや、まだ仲間が居たのか。あぁ……今朝のあれは君の仕業だったんだね?」


 ナリルは愉快そうに笑いながらアアラを見上げた。


 弓兵二人が慌てて駆け寄り、アアラへ弓を構える。


 それでもアアラは無言でナリルへ矢を向け続けた。


「あれは参ったよ。お陰で舟がバラバラになっちゃったじゃないか」


 ナリルは後頭部を掻き、ひょうひょうと呟く。


「ナリルさん、撃ちますか!?」

 弓兵の一人が緊張した声を上げる。


「まぁまぁ……大丈夫だ。彼女も撃つ気なんて無い。お嬢ちゃん、無理するなよ。そんな震えた手で人なんて撃てやしないだろ?」


「だ、黙れ! イヴァを離せ!」

 アアラは歯を食い縛り、弦をさらに引き絞る。


「アアラ! 危ないよ! 逃げて!」

 イヴァが叫ぶ。


「どうせ、人に向けて射ったことなんて無いんだろ? 無茶すんなって」


 ナリルがヘラヘラと笑った、その直後──。


 不気味な軋み音と共に、門がゆっくりと開き始めた。

 

 風が吹き込み、周囲の空気が一変する。


「あ?」


 開いた門の中央で、栗色の髪を風に(なび)かせた若い女性の剣士が立っていた。


 その背後には、屈強な男性剣士と、幼い顔立ちの赤髪の魔導士の少女。


 三人が静かにこちらを見据えている。


「あれは……カラディア騎士団?」

 場の全員が息を呑む中、リグが小さく呟いた。





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