29.島抜け大作戦_2
「ハロー……元気か? お前ら」
聞き覚えのある声が響いた瞬間、リグの心臓がドクン! と大きく跳ねた。
(あの声は……ナリル!?)
リグは反射的に立ち上がり、積荷の上から後方を確認する。
荷馬車の後ろには、ナリルが立っていた。
「はーい、お遊びはおしまいだぞ、ガキ共」
そう言うや否や、ナリルはバンビの肩を掴み、荷台から乱暴に引き摺り落とした。
「トマスおじさん! これはどういう事ですか!?」
バンビが声を荒らげる。
「いやぁ、バンビ……いくら何でもなぁ。俺も加担はできないんだよ。“厄災“には……」
トマスは深く項垂れていた。
「さぁて……お前らも降りてこい。もう分かるだろ?」
ナリルは冷ややかな眼光で荷台の中を睨みつけた。
「ゲームオーバーだ」
◆
──リグ達は全員荷馬車から引きずり降ろされ、橋上の石路面に正座させられた。
周囲には剣を構えた兵士が四人、弓兵が二人。さらにナリルを含め、計七人による完全包囲だ。
「バンビ、大丈夫か?」
リグは落とされたバンビに、そっと声を掛ける。
「くそっ……! すみません、まさか裏切られるとは……」
喰い縛った歯から悔しさが滲み出ている。
「トマス、ご苦労だったな。もう出発していいぞー」
ナリルの合図で、トマスは気まずそうに荷馬車を走らせて去っていく。
「さてと……こいつら縛れ」
「はっ!」
声が掛かると同時に兵士達が動き、リグ達の腕を後ろ手で荒々しく縛り始めた。
「い、いたた、痛いよう……!」
「泣くな、ディン。今は……耐えるしかない」
サリーがディンの肩にそっと声を落とす。
やがて四人全員が正座のまま腕を縛られた。
「エルフ、立て」
ナリルの命令に、イヴァが震えながら立ち上がる。
「両腕を出せ」
イヴァの両腕を強く縛り、垂れ下がった紐の先をナリルが片手でぐいと掴む。
「お前らの悪運もここまでだな。まったく……こんな時に面倒掛けやがって……」
ナリルは気怠げに吐き捨てた。
「お前らへの罰はこれから考えるとして……おい、魔動車の到着まであとどれくらいだ?」
「はい、おそらくあと十五分ほどかと!」
「十五分か……待ってらんねぇな。こっちから行くぞ」
ナリルは島側の方へ向かい歩き出した。
紐を引かれたイヴァは、つまずき、よろけながらついていく。
その合間に、イヴァは振り返り、リグ達へ小声で言った。
「リグ、バンビ、サリー、ディン、ありがとう。私、今日のこと──あっ!」
次の瞬間、ナリルが紐を強く引いたせいで、イヴァは前方へ倒れ込み、石の路面に顔を擦りつけた。
「何してんだお前!」
リグは堪えきれず怒鳴った。
ナリルはリグの怒号を無視してイヴァを睨みつける。
「勝手に喋んなエルフ。お前は家畜みたいに黙って着いて来りゃいいんだよ」
イヴァはふらふらと立ち上がり、再び歩き始めた。
その小さな背中がどんどん遠ざかっていく。
「イヴァ!!」
リグは抑えきれず叫んだ。
「黙れ!」
兵士がリグの頭を押さえつける。
それでもリグは顔を上げ、声を枯らしながら叫び続けた。
「イヴァ! 行くな、イヴァ!!」
その声に、イヴァはそっと振り返った。
乱暴に擦られた頬には、血が滲んでいる。
こんな絶望の中だというのに──イヴァは笑った。
無邪気な笑顔を向けながら、言葉を紡ぐ。
「私、今日のこと、みんなのこと、絶対忘れない! ……みんな、大好き!」
──「イヴァ……」
リグの視界が涙でぼやけていく。
もう、まともに見ることすらできない。
「ふざけんな! ……こんな結末、ありかよ!」
リグは俯き、悔し涙を石の路面へ落とす。
「ま、まさか。無いでしょう流石に……こんな終わり方。何かあるはずです……この状況を打破できる策が……」
バンビも歯を鳴らしそうなほどに強く噛み締めていた。
──しかし、もう成す術は無い。
リグの胸の奥は、悲しみと悔しさで押し潰されそうだった。
──その時。
ナリルが橋の袂の門へ近づいた瞬間、鋭い声が響いた。
「動くな!」
見張り台の上にアアラが立ち、ナリルへ弓矢を向けていた。
「アアラ!」
イヴァが驚いて叫ぶ。
「あれは……アアラ」
バンビも息を呑む。
「おやおや、まだ仲間が居たのか。あぁ……今朝のあれは君の仕業だったんだね?」
ナリルは愉快そうに笑いながらアアラを見上げた。
弓兵二人が慌てて駆け寄り、アアラへ弓を構える。
それでもアアラは無言でナリルへ矢を向け続けた。
「あれは参ったよ。お陰で舟がバラバラになっちゃったじゃないか」
ナリルは後頭部を掻き、ひょうひょうと呟く。
「ナリルさん、撃ちますか!?」
弓兵の一人が緊張した声を上げる。
「まぁまぁ……大丈夫だ。彼女も撃つ気なんて無い。お嬢ちゃん、無理するなよ。そんな震えた手で人なんて撃てやしないだろ?」
「だ、黙れ! イヴァを離せ!」
アアラは歯を食い縛り、弦をさらに引き絞る。
「アアラ! 危ないよ! 逃げて!」
イヴァが叫ぶ。
「どうせ、人に向けて射ったことなんて無いんだろ? 無茶すんなって」
ナリルがヘラヘラと笑った、その直後──。
不気味な軋み音と共に、門がゆっくりと開き始めた。
風が吹き込み、周囲の空気が一変する。
「あ?」
開いた門の中央で、栗色の髪を風に靡かせた若い女性の剣士が立っていた。
その背後には、屈強な男性剣士と、幼い顔立ちの赤髪の魔導士の少女。
三人が静かにこちらを見据えている。
「あれは……カラディア騎士団?」
場の全員が息を呑む中、リグが小さく呟いた。




