27.料亭海猫_4
「まず……島を出ると言ってもですね。皆さんもご存じの通り、この島は簡単に外へ出ることを許していません」
「だな。周りは海だし……出るとなったら、あの峡谷に架かる橋を渡るしかねぇよな」
サリーが腕を組む。
「そうです。その『エルピス大橋』ですが、入口と出口、それぞれ二つの門で厳重に封鎖されていますよね」
「今まで特に疑問に思わなかったけど……なんか、オレたちって島に閉じ込められてるみたいじゃね?」
リグがぼそりと呟く。
「まぁ、島の外は異獣が出ますから、ある意味“守られている”とも言えます。しかし――」
バンビは一度区切り、声を落として続けた。
「ここからが本題です。実は今日こそが、その橋を渡れる絶好のチャンスなんです。逆に言えば……今日しか無いかもしれません」
「今日? そんな都合のいいことある?」
ディンはまったくピンと来ていない顔だ。
「龍神祭だからか?」
サリーが気づく。
「ご名答。龍神祭の本番は大広場での宴ですが、もう一つ大きなイベントがありますよね?」
「カラディア騎士団の来訪か」
「正解です。年に一度、カラディア帝国から騎士団が馬車で視察に来ます」
「わかった! その人達に頼んで馬車に乗せてもらって島を出る!」
ディンが胸を張って言う。
「不正解です」
「えぇー!?」
「そもそもカラディア騎士団は“視察”とは名ばかりで、本来の目的は年貢の回収です。大量の島の作物を取り立てに来るわけですからね。そんな連中が、僕らの頼みを聞くはずがありません」
「まぁ、そうかもね。あいつら、妙に偉そうだし」
ディンはすっかりしょげた。
「では皆さん。この大量の年貢の運搬方法をご存じですか?」
「知ってる。島の大人たちが、荷馬車でカラディアまで運ぶんだよな」
リグが答える。
「その通りです。帝国の馬車だけでは量が多すぎるので、島側の荷馬車でも運搬します。つまり今日だけは、“御者だけが島の外へ出ることを許されている”というわけです」
「なるほど……見えてきた……」
サリーがほくそ笑む。
「その荷馬車にこっそり潜り込むんだな!」
「半分正解ですね。完全な正解ではありませんが」
「な、なんだよその言い方!」
「実はですね──既にその御者を、一名買収済みです」
「「「「ええぇーっ!!」」」」
全員が椅子ごとひっくり返りそうな勢いで驚いた。
「そんなに驚くことではありませんよ。昔から父とよく酒を交わしていた知り合いのおじさんでして。『一度カラディアの街を見てみたい』と適当に理由をつけてお願いしました。まぁ、それなりの対価は払いますが」
「もうそこまで根回ししてるのかよ。バンビ、お前マジでヤバい奴だな」
サリーが引き気味に呟く。
「今更ですか?」
バンビは涼しい顔で返した。
「待ち合わせは今日の夕方五時です。年貢を積んだ後でも、僕らが乗れるだけのスペースはありました。荷台は白い布で覆われていますので、外から見られる心配もありません。ただ乗り込めば、そのまま自動的に島の外へ出れるという寸法です」
一気に空気が沸き立つ。
「すげぇ! すげぇよバンビ!」
リグが身を乗り出す。
「ほんとに……私、すっかり感心しちゃった」
イヴァは胸を押さえてため息をつく。
「さて。出発は夕方ですから、まだ時間があります。イヴァ、龍神祭に行ったことは……もちろん無いですよね?」
バンビが穏やかに尋ねる。
「え? ……うん、ないよ」
「それなら皆で行きましょう。出店も多くてきっと楽しいですよ」
イヴァの瞳がぱっと輝いた。
「行きたいっ! すっごく楽しそう! 本当に夢みたい! ──あ……でも、危険じゃないの? そんな人が大勢いるところに行くなんて……」
その不安を予想していたかのように、バンビが説明を続ける。
「イヴァの話を聞いて分かったことが二つあります。一つ、ナリルたちは“人前”では迂闊に僕らに手を出せない」
「え……そうなの?」
「はい。イヴァを捕まえた時、ナリルは周囲に誰もいなくなるのを待ってから襲ったでしょう?」
「……あ! そうだ! アアラの馬車が遠くに行って、完全に見えなくなってからだった!」
「つまり、人の目を避けていたんです。島の“エルフの伝承”は今や御伽話と疑う島民も多い。そんな中で大人が少女を痛めつける姿を見せれば、島の人々の反感を買うでしょう」
イヴァは目を丸くした。
「もう一つ。連中は“エルフの存在そのもの”を島の人々に隠しています。イヴァを運ぶ際に布を被せたのは、誰かに見られてもエルフだと悟らせないための最後の保険です」
「あ……この耳……」
イヴァは両手で耳を押さえる。
「そうです。その耳を見たら知る人が見れば一発でバレます。だから隠した」
バンビは続ける。
「この島では百年以上エルフが生まれていない──と僕らは思っていました。恐らく嘘です。奴らは白月の塔にエルフを投獄し、裏では『贄の儀式』を繰り返していた。逆に言えば、徹底した隠蔽が行われていたからこそ、僕らは何も知らなかった」
場が静まり返る。
「すみません、空気が重くなってしまいましたね。つまり──大勢の中に紛れている方がかえって安全という話です」
「うん、バンビの言う通りだ。だからアイツら、塔の近くで俺らを捕まえようと必死だったんだ。人目につくのが嫌で」
リグが納得したように頷く。
「えーと、つまり……お祭りに行けるってことだよね」
ディンがワクワクした声で聞く。
「美味しい食べ物いっぱいあるの!?」
イヴァも一気に身を乗り出した。
「いっぱいあるぞ! えーと、串焼き、揚げ物、骨付き肉、わたあめ……それに装飾品や服、雑貨まで」
リグも楽しそうに説明する。
「見たい! 全部見たい!」
イヴァは興奮し、思わず飛び跳ねた。
「イヴァ、顔がとろけてるぞ」
サリーが笑う。
「一応、耳を隠せるようなケープを着て行きましょうね」
バンビが軽く注意すると、イヴァは右手をピンと挙げて「はいっ!!」と返事をした。




