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白月のエルフ  作者: 鳥部 本太郎
第三章 境界の潮風

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26.料亭海猫_3


「なんと、(むご)い仕打ちを……」

 バンビはイヴァに深く同情した。


「俺、ナリル先生をぶん殴ってやりたい」

 リグは怒りを(あら)わにする。


「あ、でもね。牢獄の中では本もたくさん読めたし、たまに鷹さんとうさぎさんが遊びに来てくれたから、そんなに辛くなかったよ」

 イヴァが重くなった雰囲気をなんとか取り(つくろ)う。


「兎、そうだ! 俺も見たよ! 真っ白な兎」

リグは今朝、屋上で兎に顔を舐められた事を思い出した。


「会ったの? あの兎、可愛いんだよー。膝の上に乗って撫でさせてくれたり、たまにベッドに入ってきて一緒に寝たり」

 イヴァは思い出しながらニヤニヤする。


「イヴァ、そう言えば船の上で不可解なこと言っていましたよね? 鷹が近くで鳴いた時に、『まだ来る』って」


「え、うん。鷹さんがそう言ったから」


「そう言った? え? エルフって動物と会話できるんすか?」


「ううん、あの鷹だけ何故か言葉がわかるの。頭の中で声が響くって言うのかな……そんな感じ」


「うーん、あの鷹……妙ですよね。まるで明確な意思がある様でした。屋上でリグとイヴァを助けたとも言っていましたよね?」


「ああ、あの鷹がナリル先生に襲いかかって、その隙に俺とイヴァは広間に降りられたんだ」


「あのね、牢獄に入って何日か経って私、高熱を出して寝込んでたんだけど。その時ね、あの鷹が"エルピスベリーの実"を窓から差し入れて『これ食べな』って言ったの」


「解熱効果がある実ですね。生で食べてもある程度の効果が見込める実ですよ」

 バンビが知識をひけらかす。


「賢い鳥だなぁ……」

 サリーがおじさんの様な口調で感心した。


「はいよ、お待ちぃー」


 リグの祖父がお盆に海鮮丼を沢山乗せてテーブルへ運んできた。


「うっひょー! きたきたぁ!」

 ディンのテンションが一気に跳ね上がった。


「あの……すいません、頂きます」

 イヴァが申し訳なさそうにリグの祖父に頭を下げる。


「ははっ、エルフの口に合うかはわからんがの。食べてみなさい」


 そう言われ、イヴァは海鮮丼を一口食べる。


「ん、んんー! すっごいおいしいです!」

 口元を押さえて瞳をうるうるさせる。


「おっ、そうか? はっはっはっ! まだあるから足りなかったら言いなさい!」

 祖父は満更でも無さそうに厨房へ帰る。


「おじいさん、鼻の下が伸びてますよ」

 バンビの余計な一言に、祖父は「うるさいわい!」と返した。


 一同は、がっつく様に一気に料理を平らげた。


「ああー、うまかったぁ!」

 リグは満足そうに椅子にもたれ掛かった。


「さて、みなさん。そろそろ、これからの話をしましょうか」

 場を仕切る様にバンビが切り出す。


「だな。まだその辺の詳しい話はしてねぇもんな」

 サリーが同意する。


「イヴァ、まずはイヴァの意思を聞きたいです。これからも、僕らに付いてきてくれますか?」


「えーと……」


 イヴァはしばらく考えてから大事に語る。


「まずは皆さん。私を救い出してくれて、本当に有難う御座います」

 立ち上がり、頭を下げた。


「でも、これ以上みんなに迷惑は掛けられない。私と居たら、また追っ手に狙われるでしょ?」


「まぁ、そうなるでしょうね」

 バンビは現実的な返答をする。


「本当は、まだみんなと一緒に居たいよ……でも巻き込みたくないの。凄く残念だけど、やっぱり一緒には居られない。私ね、みんなから貰ったこの思い出だけで充分満足だから。私の事は、忘れて……」


 イヴァの声は震えていた。

握りしめた手が、胸の前で小刻みに揺れる。

大きな瞳から今にも涙が溢れ出しそうだ。


「イヴァ、お前さ。泣き虫だな?」

 サリーがニヤニヤしながら茶々を入れた。


「あ、ごめんなさい……」

 イヴァは着席して指で涙を拭う。


「イヴァ、それ以上泣いたらリグが惚れてしまいます」


「はぁ!? 何言ってんだ!」

 突然のバンビの発言にリグは慌てる。


「そうそう、リグはな。昔っからこーいう、か弱いお嬢様に弱いんだ」


「やめろよ! サリーまで」

 リグが怒りの声を上げる中、イヴァは下を向いて赤面していた。


 ──バンビは一つ咳払いで空気を整えたのち、再び語り始めた。


「あのですね、イヴァ。お言葉ですが、あまり僕らを侮って貰っては困ります」


「……え?」


「あなたを脱獄させて『はい、さようなら!』なんて──そんな中途半端な真似、僕らはしませんよ」


「………………」


 イヴァは固唾(かたず)を飲んでバンビの話に聞き入る。


「これまでの脱出劇は、言うなれば第一章と言ったところです。で、この先は第二章に突入します。第二章は──ずばり……! 『みんなで島抜け大作戦』です!」


「え、ええー!」

 イヴァが驚きの声を上げる。


 リグの祖父が「ブーッ!」と厨房でお茶を吹き出した。


「あ、やべ。まだ爺ちゃんに言ってなかった。爺ちゃん、俺、島出るから!」

 リグは人差し指で鼻を掻きながら祖父へ伝えた。


「出るってお前、何を言うとるんじゃ!」


 バンビは説明を続ける。


「僕らは本気ですよ。全員、学園の机に手紙を忍ばせています。流石に行方不明では申し訳ないので、島を出る事は伝わる様にと手紙を残しました」


「な、なんと……」

 リグの祖父は肩を落とす。


「僕らの探究心は、この退屈な島では満ち足りません。この島で一生を終えるなんて性格からして無理なんですよ。どのみち、こんな日が来るのは時間の問題でした。イヴァ、だから遠慮せず、僕らと一緒に島を出ましょう」


「本当に? ……みんなは本当にそれで良いの!?」

 イヴァがみんなの顔色を伺う。


「当然」

 サリーが答える。


「僕も良いよ! 違う国のおいしいものとか食べてみたいし」

 ディンはどこか呑気だ。


「オレも迷いは無いよ」

 リグはイヴァを真っ直ぐに見つめて答えた。


「あの、アアラは?」

 イヴァが尋ねる。


「アアラの父親の事はご存知ですか?」

 バンビにそう言われてイヴァは思い出す。


「そうだ、アアラのお父さんは脚を悪くして歩けないんだったね。だからアアラが代わりに狩りをしてるって……」


「そうです、その状況から察するに、島を出る事は難しいでしょうね」


「さぁ、イヴァ。どーする? アアラが居なくて心細いかもしれないが、俺たちと島を出れるか?」

 サリーが改めて問う。


 イヴァは一度、視線を落としてから顔を上げた。

「うん……出られます!」

 胸の前で握った手をぎゅっと結び直す。

「私もまだやってみたい事いっぱいある。私も島を出たい!」


「決まりですね」

 バンビが丸眼鏡を人差し指でクイっと上げながら呟いた。


 黙って聞いていた祖父は、しばし無言でリグを見つめた。

包丁を布で拭き、静かに頷く。


「まったく、もう何を言っても聞かんのじゃろう。血は争えんか……リグ。決めたからには最後までやり遂げなさい」


「おう! ありがと、爺ちゃん!」


「では早速、『みんなで島抜け大作戦』の概要を説明します」

 バンビが仕切り直す。


「よっ! 待ってました!」

 サリーが嬉しそうに合いの手を入れた。


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