25.料亭海猫_2 (イヴァ回想)
──十六日前 海の見える丘
アアラは意識が戻らぬまま、駆けつけた馬車の荷台に乗せられて運ばれていった。
イヴァは不安そうにその背を見送る。
頭の怪我と足の骨折はエルフの力で癒したが、意識が戻るかどうかは分からない。
そのそばで、一人の男が馬車の御者に向かって声を張り上げた。
「頭を打ってるみたいだから、あんまり揺らすなよー!」
そう言ったのは、ナリルだった。
馬車が遠ざかり、丘にはイヴァとナリルの二人だけが残る。
「さてと……」
ナリルがイヴァへと視線を向ける。
その冷酷な眼差しに、イヴァは本能的な恐怖を覚え、後ずさった。
ナリルはイヴァに歩み寄ると、髪を掴み、顔を地面に押し付ける。
「ううっ……」
イヴァが苦痛の声を漏らした。
「なんでこんなところにエルフがいるかなぁ? しかも……ずいぶんと成長してるじゃねぇか」
ナリルはイヴァの背に膝を乗せ、体重をかけて押さえつけた。
イヴァが苦しげに呻く中、ナリルは手際よくその両腕を背中側で縛る。
「よし……これでいい」
立ち上がったナリルは、近くのランタンに火を灯した。
薄闇の中、橙色の光がゆらりと二人を照らす。
ナリルはしゃがみ込み、ランタンをイヴァの顔近くまで近づけた。
「エルフ……お前、歳はいくつだ?」
「じゅ……十四です……」
「十四? おいおい、まじかよ……十四年もどうやって生き延びた?」
イヴァは眉をひそめながら沈黙した。
「ちっ。言いたくねぇってか? まぁいい、どうせ逃げられやしねぇ」
そのとき、魔動車が音を立てて近づいてきた。
「ナリル様、お待たせしました」
車から一人の女性が降りる。
「おう、レミリア。見ろよ、こいつだ」
ナリルは再びランタンを掲げ、イヴァの顔を照らした。
「信じられませんね。まさか……こんなに成長したエルフが生き残っているなんて」
「な? 驚くだろ。まったく、舐められたもんだよ」
ナリルは薄く笑うと「立て」と言って、イヴァの耳を乱暴に引っ張った。
「あぁ……!」
イヴァは苦痛に顔を歪ませながら立ち上がる。
そのまま魔動車の荷台に乗せられ、頭から麻布をすっぽりと被せられた。
両腕は依然、背中で縛られたまま。
荷台の中で、車輪の音だけがカラカラと響く。
◆
──麻布が外された瞬間、眩しい光が差してイヴァは思わず目を細めた。─
視界が慣れると、見知らぬ部屋の輪郭がぼんやりと浮かび上がる。
イヴァは見知らぬ部屋の中で椅子に座らされていた。
両腕を縛っていた縄が解かれる。うしろに居るのは、先ほどレミリアと呼ばれた女性だった。
レミリアは部屋の外へ歩き、鉄格子の扉を閉めるとすぐに施錠をする。
「あの……ここは?」
鉄格子越しにイヴァが問う。
「牢獄です。龍神祭当日まで、あなたをここで拘束します」
レミリアが淡々と答える。
「龍神祭の日が来たら、私は……どうなるんですか?」
「愚問ですね。“贄の誓い”くらいは知っているでしょう?」
「処刑……されるんですね……」
「森の中のあなたの隠れ家も発見されたそうですよ。まったく……あんな島のはずれでコソコソと……」
「あの、父と母はどうなりますか……?」
「もうあなたには関係のないことです」
そう言ってレミリアは背を向けた。
「あ、あの!」
イヴァが呼び止める。
「まだなにか?」
怪訝そうにレミリアが振り返る。
「処刑って……痛いですよね? きっと」
「……処刑は深い眠りの中で行われます。痛みは感じないでしょう」
「そうですか……ありがとうございます」
「礼を言われる筋合いはありません。ほんと、薄気味悪い」
レミリアは吐き捨てるように言い残し、去っていった。
イヴァは部屋を見渡す。
牢獄というより、普通の部屋に鉄格子を無理矢理後付けしたような造りだ。
(ベッド、テーブル、本棚……難しそうな本ばかり)
部屋の隅の木の扉を開けると、水精石で造られた洗い場があった。簡素ながら、最低限生活は出来そうではある。
(よかった……)
イヴァはほんの少しだけ安堵の息を漏らした。
それから、ベッドに腰を下ろして両膝を抱え込む。窓から差し込む月明かりが、イヴァの頬を伝う涙を映した。
「やっぱり……そうだよね。私、嫌われ者だもんね……」
そう呟き、膝に顔を埋め、声を殺して泣いた。




