21.エルフ脱獄大作戦_10
リグは屋上で生唾を飲み込んだ。
(やっぱり……ナリル先生だ)
児童クラスで「エルフの厄災」を教え、冷酷な眼差しを向けてきた、あの教師が屋上の縁に立っている。
リグはイヴァを庇うように前に出て、小声で囁いた。
「イヴァ……怖いだろうけど、隙を見て降りて。なんとかするから」
その瞬間、リグの足元へ魔法弾が撃ち込まれた。
激しい衝撃音とともに床石が砕け、破片が弾け飛ぶ。
イヴァが悲鳴を上げ、リグは硬直する。
「今のは警告だ。妙な真似をしたら、次は当てるぞ」
ナリルの右手に、再び魔力が集まった。
「あれぇ? よく見たらリグじゃないか。久しぶりだな。まさか犯人がお前とは……笑えるな」
ナリルは右手の先端をリグに一直線に向けたまま、話し続ける。
「ということは、眠り師を襲った二人組も察しがつく。まったく……お前ら悪ガキは昔っから問題ばっか起こすよなぁ。でもさ、今回はちょっと──“お痛が過ぎる”んじゃねぇか!?」
その言葉と同時に、魔法弾が空気を裂いて放たれた。
リグは反射的に両腕を交差させ、顔を庇った。
直撃した魔力が「ドォン!」と爆ぜ、衝撃が骨まで響く。
「ぐっ……うぅ!」
耳鳴りが金属音のように長く響いた。
凄まじい熱量で、両腕の皮膚が焼け、赤く爛れている。
「酷い! なんてことするの!」
イヴァがナリルを睨みつけて叫ぶ。
「あーあ、腕が焼けちゃった。痛そ。……リグ、悪いことは言わない。さっさとエルフを渡せ」
ナリルはさらに魔力を溜める。
今度はイヴァがリグの前に立ち、両手を広げて庇った。
「はぁ……? 何してんのお前」
苛立った声でナリルが問う。
イヴァは沈黙のまま、鋭く睨み続けた。
「あのさ、その臭い小芝居やめろって……エルフの分際で」
再び魔法弾が放たれ、イヴァに迫る。
イヴァは反射的に目をつぶった。
──轟音。
ゆっくりと目を開けると、眼の前にリグの右手。
リグは左手でイヴァを抱き寄せ、右の掌で魔法弾を受け止めていた。
手袋は炭の色に焦げ、指先から腕へと血が滴り落ちている。
焦げと血の混じった臭いが周囲に漂う。
「やめて……もうやめて……」
イヴァが涙目で訴える。
ナリルはわずかに戸惑い、眉をひそめた。
「おいおい、リグ? ……何やってんだ。お前がエルフを守る理由なんて無いだろ?」
「守らない理由だって無いだろ!」
リグは強く返す。
「はぁ、一つ教えてやる。そのエルフは今、見え透いた芝居をしている。たとえお前がここで死んでも、何の感情も抱かない。“あーあ、死んじゃった”。その程度だ」
「なんでアンタにそんなことが分かるんだ!」
「分かるんだよ。己のためなら竜族がいくら犠牲になろうが構わない──それがエルフという種の思考だからな」
「いちいち種族で決めつけるなよ。イヴァはイヴァだ」
「あーもう……めんどくせぇな!」
怒声とともに、追い打ちの魔法弾が飛ぶ。
火傷だらけの腕で受け止めたリグは、衝撃に押し負けて後退し、体がよろめく。
「うぅ……いってぇ……」
片膝をつき、焼けた皮膚の匂いが鼻を刺した。
見兼ねたイヴァが、ナリルへ一歩踏み出す。
「……分かりました! あなたの言うことを聞きます。だからもう、彼を撃たないで!」
リグはすかさずイヴァの腕を掴み、よろけながら立ち上がる。
「イヴァ、大丈夫だ。行くな」
リグが苦痛に耐えながら呟いた。
「もういい、無理しないで! 死んじゃう……」
イヴァは涙をこぼしながら、焦げた手袋越しにリグの掌を包んだ。
「馬鹿だなぁ……リグ。エルフごときのために命を捨てるつもりか?」
ナリルが後頭部を掻き、呆れた声を漏らす。
「バカでいいですよ。でも、これだけは言える」
リグは笑みを浮かべて、言い放つ。
「オレたちのしていることは絶対に間違ってない!」
「はぁ、分かったよリグ。何言っても分かんねぇんだな、お前は」
ナリルは鋭い目でリグを射抜くと、今度は両掌に魔力を集めはじめた。
──突如、空から凄まじい速さの影がナリルに襲いかかる。
「うわっ! 何だよっ!」
ナリルが身をすくめる。
「鷹さん!」
イヴァが叫ぶ。
それは、塔の守り神だった。
鷹はナリルの周囲を飛び回り、鋭い爪で執拗に切り裂く。
「何だよコイツ! くそっ!」
「イヴァ、今だ! 行くよ!」
リグはイヴァを抱き上げ、吹き抜けへと駆け出した。
「目を閉じて、しっかり俺に掴まって!」
イヴァは言われた通りに、ギュッとリグにしがみつく。
リグは左手でロープを掴み、右腕でイヴァを強く抱えたまま跳んだ。
ギュイイイイイ──。
ロープが悲鳴を上げ、二人の体は一気に下降する。
「んんっ……!」
イヴァが声を漏らす。
「大丈夫……大丈夫だから!」
リグは壁に足裏を擦らせ、落下の勢いを殺しながら、強くイヴァを抱き寄せた。
◆
──やがて、リグの尻が広間の床に叩きつけられる。
ドゴッ、と鈍い音。
「痛ってぇ!」
リグは尻をさする。
「だ、大丈夫!?」
イヴァが心配そうに覗き込む。
「リグ! 無事か!? 上で何があった!」
サリーが駆け寄ってきた。
「おう、ちょっとヤバかった。ナリル先生がイヴァを連れ戻しに来たんだ」
「えっ……ナリル先生が?」
サリーの顔が強張った。
その時、広間の扉が勢いよく開く。
「良かった、みんな揃ってますね!」
バンビとディンが駆け込んでくる。
「バンビ! ディン! 急げ。上にナリル先生がいるらしい!」
サリーがすぐ状況を伝える。
二人は目を見開いた。
「ええ!? なんで動けんだあの人! 不死身かっ! ……まぁいいでしょう。いよいよ脱出の時です!」
◆
──同じ頃、屋上。
ナリルは鷹へ魔法弾を放つ。だが、翼は朝露の光を散らせながら、優雅に砲弾をかいくぐり、なおも塔の周りを旋回する。
「くそ……埒があかねぇ。追わねぇと」
ナリルは吹き抜けの縁まで走り、身を乗り出して下を覗いた。
──次の瞬間、思わず息を呑む。
「おいおい……何だよ。それは反則だろう」
広間の貯水槽に水がなみなみと満ち、そこに一隻の小舟が浮かんでいる。
リグたちは、今まさにその小舟へ乗り込もうとしていた。
「いやぁ……参ったな。……それは予想外だよ」
ナリルは空を仰ぎ、長い溜め息を吐いた。




