17.エルフ脱獄大作戦_6
「いやぁ、お恥ずかしい。その辺りは法術師様に任せておりまして……申し訳ありませんが、動かしていただいても宜しいでしょうか?」
バンビは一か八か、案内人に魔導昇降機の操作を頼んだ。
「水晶に手を乗せて、少し魔力を込めていただくだけですよ?」
案内人はだんだんと怪訝な顔つきを見せはじめる。
「案内人。お言葉ですが、どうかご理解ください。私たちはこれから、あの“厄災”と対峙するのです。例え微量であっても、魔力は温存しておきたいと思うのが道理でしょう? 何が起こるか分からないのですから」
バンビはあえて強い口調で押し返した。
案内人は一瞬考え込み、やがて頷いた。
「なるほど……仰る通りですね。お察しできず、申し訳ございません。では、最上階まで私がお連れいたします」
案内人は魔導昇降機の中へ乗り込み、水晶に左手を添える。
(た、助かった……)
バンビは心の中で胸を撫で下ろした。
やがて水晶が淡く紫に輝き、部屋全体がゆっくりと上昇を始める。
──ゴトン、ゴトン……と、低い音が響いた。
「まったく……忌々しいものです。何度贄に捧げても、再び生まれ出る。一体、何の因果なのでしょう。しかも今回のエルフときたら、あれほどまで成長しているなんて……本当に、憎たらしい」
案内人は独り言のように愚痴をこぼした。
バンビはその言葉に、違和感を覚える。
(何度贄に捧げても……?)
知る限り、この百年ほどエルフが生まれたという記録は存在しない。
ナリル先生も授業で言っていた──「私の生きてきた中で、エルフが産まれたという報告は一度もない」と。
ということは、先生は嘘をついていたのだろうか。あるいは、一部の大人たちだけで“贄の儀式”を密かに繰り返していたのかもしれない。
だが、そう考えると辻褄が合わない点がある。
この女性が“眠り師”を知らなかったのは何故だろう?
もし儀式が何度も行われていたなら、毎回“眠り師”が同席していたはずではないか。
さらにもう一点──司祭役である父が、エルフの話をされたときに見せたあの狼狽えよう。
もし過去に幾度も儀式を経験していたのなら、あそこまで取り乱すだろうか?
──その時、バンビの脳裏にひとつの仮説が閃いた。
贄の儀式は、これまで“赤子のエルフ”を対象に行われていたのではないか。
相手が赤子なら脅威はない。だから“眠り師”も“司祭”も必要ないと判断し、儀式の工程から省いていた。
つまり、深く眠らせることもなく、魂を導く祈りもなく──ただ、無慈悲に処刑を行っていたということになる。
(酷い……こいつらは、本当にエルフの命を命として見ていないのかもしれない……)
バンビの胸の奥で、島の大人たちへの不信が音を立てて膨らんでいった。
ガタン、と一際大きな音を立てて、魔導昇降機が停止する。
「着きました」
案内人は格子状の扉を横に引いた。
バンビとディンは昇降機を出る。
「おお、来たか。あんたたちが眠り師かい。よろしく頼むよ」
そう声を掛けてきたのは長老だった。
白く長い眉毛の隙間から覗く眼差しが、どこかいやらしく感じられる。
長老の背後には、銀の鎧を身にまとい、腰に剣を提げた兵士が二人並んでいた。
「おや、ナリルはどうした?」
長老が尋ねる。
案内人が代わって答える。
「ナリル様は魔動車の故障修復にあたっており、到着が遅れているとのことです。先に儀式を進めて構わぬと、眠り師様より伺っております」
「なにぃ……」
長老の顔がみるみる不機嫌に歪む。
「まったく、こんな時に……何をしておるか」
気怠そうにぼやいた。
「もう早く眠らせてくださいよ。こっちは、エルフが近くにいるってだけで気味が悪いんですから……」
兵士の一人が愚痴を漏らす。
その声に、バンビは聞き覚えがあった。
──初めてイヴァを見た夜、牢の前にいたあの看守の声だ。
「ふむ、たしかに。では、実行するとしよう。おい、牢を開けるぞ」
長老は通路の奥へと歩き出す。
兵士は腰の鍵を外して手に握り、長老の後に続いた。
一行は通路の突き当たりまで進む。
左手には牢獄の扉が見え、右手の腰掛けにはバンビの父が座っていた。
狐のような面を付けているが、お世辞にも似合っているとは言い難い。
「ガゼルさん、お待たせしましたな」
長老に声を掛けられ、バンビの父は立ち上がる。
「ああ、眠り師様が来られたのですね。この度、儀式の司祭を務めさせていただきますガゼルと申します。よろしくお願いいたします」
そう言って、バンビとディンに頭を下げた。
バンビは父に顔を見られたくなくて、さりげなくディンの影に隠れる。
「では早速だが、儀式を始めてくれ」
長老の一声で、牢の錠が解かれた。
◆
司祭は小脇に抱えた教典を開き、イヴァに向かって問う。
「では……儀式を始める。見て分かるだろうが、抵抗は無駄であると心得なさい。よいな?」
「……はい」
イヴァは正座の姿勢で両手を膝に揃え、目を閉じて凛と答えた。
イヴァの正面に司祭、その両脇に兵士二人。
その後方に、バンビとディンが控える。
司祭が低く詠唱を始めた。
「これからあなたは深い眠りに落ち、その身を龍神様へと捧げる。これは我ら竜族の掟にして、“贄の誓い”に準ずる儀式である。あなたの汚れた魂が龍神様の一部となり、浄化されることを喜びと知りなさい」
「……はい、承知致しました」
イヴァのわずかに震えた声を、すぐに静けさが包み込んだ。
司祭はゆっくりとバンビとディンへ振り返り、「お願いします」と短く告げる。
二人はイヴァの前へ進み、彼女に向かって両の手を掲げた。
イヴァは微動だにせず、抗う素振りもない。
背筋を伸ばし、全てを受け入れ、儀式に殉じようとする気概があった。
──その姿は、あまりにも気高く美しかった。




