逆転
凪仁によるテレパシーで一斉に伝えられた「可能な限り誰も殺すな」という指示は、赤神彩華からすれば無茶以外の何者でもなかった。
特に赤神のような広域殲滅を得意とする異能者は、手加減という概念から程遠い訓練しか受けていない。生捕りに対応できるのは、それこそほんの一握りであるはずだ。とはいえオーダーが生捕りならば、無理筋であろうと赤神は可能な限り従う。
「しかしお主、わらわの補佐とかできるのか?というか貴様も生捕りという概念はないだろうに」
おそらく S配属とI配属を取りまとめている誰かしらに指示を出されたのだろう、チーターの背にしがみついて、赤神を追ってきた少年、推瞳に問いかける。
「……あかがみせんぱいよりはできるもん」
「ああ?口の利き方には気をつけるのじゃよ、小僧」
赤神の思う「赤神彩華」として、口では尊大な物言いをしたものの、内心対応に困っていた。そもそも赤神は推瞳とほとんど関わりがない。動物と会話のできる異能者で、動物を操って戦うとは聞いてはいるものの、逆にいえばそれぐらいしか知らないのだ。
『ターゲットはN2二名接近中、異能はそれぞれ【遠耳】と【在喰】です。なんらかの異能的・超常的な作用によって戦闘力が強化されていると推定されます、くれぐれも油断しないように!特にN-2-5の【在喰】は──』
凪仁のテレパシーが、赤神と推瞳の元に接近するN配属の詳細を届ける。まさか、異能者同士で実戦を行う日が来るとは思わなかった。
「……ッ、来おった!構えるのじゃぞ!」
「わかってる」
聞き慣れた銃声が、空気を切り裂く。上峰が融通したのか、N配属は一丁前に拳銃を所持しているらしい。一応は年長者として推瞳に指示を出しつつ、赤神も異能を発動する構えを整える。
「……げ、S配属が終幕に反対してるってマジだったんだ」
「マジみたいだね〜」
現れたのは、N配属の男女の二人組だ。両者ともに不慣れな手つきで拳銃を手にしており、一見して素人だと見て取れる。男の方が顔を顰め、女の方が状況に似合わない呑気な言葉を垂れ流していた。
「ふん、貴様らが何を言おうと、偉大なる赤き神の御子たるわらわには関係などあるまい!ゆけ、推瞳!」
「……それ、なんかいやなんだけど。まあいいや」
本来ならば先手を取るべき場面でも、口上を欠かさずに、高らかに宣言する。そんな赤神を不服げな眼差しで眺めていた推瞳は、しかし口では文句を言いつつも、きちんと己の役目を果たした。
「みんな、がんばろうね。できるかぎり、ころさないであげて」
赤神に向けられた声音とは全く異なる、親しげな声で発された言葉に、彼が使役する動物達が唸り声を上げた。
異能【動物会話】その名の通り、動物との会話を可能とする異能であると、本人は認識しているらしいが……それだけでは説明がつかない動物達の従順さから、S配属の間では、単に動物と会話できる異能ではなく、洗脳することによって会話が成立するように見える異能ではないか、とまことしやかに囁かれている。
「チッ、うっぜえなあ!」
男の方が荒々しく声を上げ、己に飛び掛からんとする動物達へと鉛玉を浴びせにかかる。無論赤神だってただでは済まさない。動物達を守り、かつ男に攻撃を与える為、炎を生み出した。
「お〜すっごいねぇ。異能者って、こうやって戦うもんなんだねぇ」
「ふん、そうであろうそうであろう!」
のんびとした女の声が、赤神に迫る。なんらかの手段で大幅に向上させた身体能力を、制御しきれず持て余したまま。しかし着実に、その口が赤神の身体を抉らんと迫る。その瞳は、異能者の証である人間離れした桃色に染まっていて。
──ガキン!
「ちぇ。髪の毛か。つまんないの〜」
「ふん、貴様を楽しませる義理なぞわらわにはないからなっ!」
彼女の口が、赤神の髪の毛、その端をとらえた。噛みちぎられた髪の毛は、いかなる手段を用いても、もう二度とそれ以上伸びる事はない。
異能【在喰】凪仁曰く、食べたものの存在を完全に抹消する。転じて、彼女が食べた生体は、例え異能であろうと取り戻す事はできない。対異能者において、絶大な効果を発揮する異能だ。
「まあいっかぁ。早いとこ心臓あたりを食べちゃえばいいしぃ〜」
「その余裕がいつまで続くか見ものじゃな!」
異能【在喰】を持つ女が呑気に不遜な言葉を吐き出す。赤神も負けじと炎を生み出し、歯を剥き出して吠えた。こうして、S配属とN配属の戦いは、火蓋を切って落とされた。
赤神も、そして推瞳も、それなりに面倒な戦いになるだろう、そう思っていたのだが。
「……拍子抜けじゃな」
「らくだった、ね?」
いくら身体能力を人間の域を逸脱する程度に強化された上で、拳銃を支給され、回復不可能という切り札を持っていた相手だとしても。長年戦闘訓練を受け続け、異能を用いた戦闘というものに慣れていた二人からすれば、多少は長引いたものの、意外なほどに早く終わってしまった。
「……」
「……」
拘束した二人は、沈黙してその場に座している。可能な限り生捕りにしろ、とは言われてはいるものの、五体満足で捕えろとは言われていない。二人の四肢の一部は推瞳の手繰る動物に食われ、赤神の炎で焼かれて炭化していた。
「ひとまず、こやつらを連れてIのラウンジに戻……っ」
拘束後に与えられたタスクを反芻し、赤神は二人を運ぶため、動物の背にでも乗せようか、と考えていたその時。
「っ、推瞳!」
「わかってる!」
殺し合いで培われてしまった、生存の為の直感が警報を発して、推瞳共々反射的に飛び退いた。そしてこの判断は、数秒後に勘違いなどではなかったことを思い知らされる。
舌を噛み切ろうとした彼らの身体が、思い切り爆ぜたのだ。──どこまで意図通りなのかは定かではないが、紛れもない自爆であった。
「……けほっ。な、んで。こんなこと、するの……?」
「……」
正直、心情的にはあまり直視はしたくない。しかしそれでも、赤き神の御子を騙るモノとして、見ないわけにはいかないと、瞑ってしまいそうになる目をほんの少しだけ開いた。
「……は?何故、死体がない?」
「えっ……?!な、ないの?!」
異能柄、凄惨な現場というものは嫌になる程見てきている。故にこそ、惨状におおよそあたりをつけていたつもりだったのだが。そこにあったのは、無惨に破壊された廊下だけで、飛び散った肉片や、血液はかけらも存在していなかった。忽然と、最初から存在していなかったかのように消失している。
「ば、ばくはつした、よね。ゆめじゃない、よね」
「あ、ああ。そのはず、じゃが……」
推瞳と二人、顔を見合わせて問いかけ合う。あまりに異常な光景に、同輩の自爆という衝撃よりも困惑が先立つ。ひとまず凪仁含め、オペレーターを担当している者たちに報告せねば、そう考えた赤神が、テレパシーを発しようとしたその時。
端末が、着信音を奏でた。
「……なんじゃ?」
警戒は怠らないままに、赤神は自身の端末を確認する。そこには、見慣れた名前が表示されていた。発信者は竹渓。DEMとやらを降すため、赤神が戦力として呼び戻される前にチラリと顔を見に行った人物の名が、そこには表示されていた。
「すまん、推瞳。よくわからん奴から通話がかかってきたが、少々気になるが故に出る。汝は爆発についてテレパシーで確認を取ってくれないか」
「……わ、わかった」
神妙な顔つきで、赤神は仕事を推瞳に割り振る。彼の了承の言葉を聞いた矢先に、赤神の指は通話に出る、という選択を取っていた。
「竹渓、そちらは健在か?こうしてわらわに助けを求めるということは、あまり良くな──」
通話が繋がる。赤神は竹渓に向けて、言葉を捲し立てた。
きっと、赤神は心のどこかで竹渓は違うと思っていたのだ。【終幕機構】とやらに監獄の運営者達すらも加担している、とチラリと聞いていたとしても。身勝手に「そんなことがあるはずがない」と信じ込んでいたのだ。
『よくないどころか最悪だ。彩華お前、今どこにいるんだ?俺たちは今、文字通り命に替えてでも花厳を守らなくちゃいけないのに』
「……え」
竹渓は、当然の様に終幕を是としていた。ぐらり、自分の中で、存在すら知らなかった大切な何かが傾く。
『今すぐ俺のところか、指揮権を握ってる奴がいる第一ラウンジの方に行け。お前は戦闘系の異能者なんだから、その力をここで使わないでどうする』
「……」
【終幕機構】その名はただの少女としての赤神彩華からすれば、甘露の一言に尽きる。赤神の内側なんて、自殺願望と、あとひとつぐらいしか残っていないのだから。当然、個人の感情としては世界を滅ぼすというのなら、やっと終われる、以上の気持ちはないのだ。
だが、赤神は残された者の悲しみを知っている。故に、深くは考えず、いつも通り、周りに合わせて、ただ、多数派に流されていただけで。
『もしかしてお前、わかってないのか?世界の終わりは正しいことだ。みんな終わりになるなら、お前の死を望むものも、同時にいなくなるんだぞ』
そうだ。世界の終わりは正しくて、なら赤神は間違っていて。赤神がこの世で最も忌むべきものとしている、残された側が存在しないのならば、世界の終わりというものは、この世で最も尊ぶべき極上の死である筈で。
ああ、全く正しい。竹渓の言葉は、赤神にとっては絶対的な正義で真実だ。
「……何故、それをお主がわらわに言うのじゃ?」
なのに、腑に落ちなかった。
『……は?』
「それを言うのはわらわであって貴様の役目ではないだろう。というかなんかわらわと竹渓の立場が逆転しておらぬか?何を食ったらそんなことになるのだ、竹渓。もしやついにセルフ人体実験でもしたのか?」
自分で言っていて、正直話の意味は全くわからない。多分論理は破綻しているのだと思う。だが、堪えることはできなくて。身の内から溢れ出る謎の言葉達の意味を理解できないのは、他でもない赤神自身だ。
『沢谷のエリート様じゃあるまいし、んなイカれたことしねえよ!第一俺は薬学専門じゃねえし!って、そんなことはどうでも良いんだよ、意味わかんねえ事言ってないで早く』
「仕方ないじゃろう!わらわこそ自らが何を言っているのか全く理解できていないのだから!それもこれも全て貴様のせいだぞ!貴様がわらわの下僕のくせに、よくわからぬ事をほざくから!」
『はあ?!そこでなんで俺のせいになるんだよ!』
「貴様のせいって言ったら貴様のせいなのじゃー!」
我ながら意味不明の言い分であることは理解している。だが、これ以外に言葉が思いつかないのだ。それでも何かを伝えねばならないと、心のどこかが叫んでいるんだ。
「……あの。あかがみせんぱい。あずさにいったら、とりあえずかえってきてって」
故に、困惑と共に赤神の服の裾を掴む推瞳の声は、赤神には届かない。
「ああ、もう!埒が開かないではないか!竹渓、どうせ貴様はいつもの部屋にいるのであろう?!首を洗って待つが良い、この偉大なる赤き御子たるわらわが直々に貴様の意を確かめてやる!」
『ちょ』
返事を待たず、赤神は通話を一方的に切る。そしてそのまま、くるりと推瞳に背を向けた。
「え、どこいこうとしてるの。ほんき?」
「本気も何も、わらわは主人として責任を持って下僕の意を確かめねばならん。誰に止められようと意思を曲げる気は」
「さっきあずさにてれぱしーで、かくへきがあるからちゅうおうとうにいけないっていわれたじゃん」
そういえばそんなことも言っていたかもしれない、と赤神は真面目腐った顔で思案する。
「……たしか貴様のクラスに汀とかいう移動系の小娘がおったな。あやつを脅すか」
「えっ」
「何をぼさっとしておる。汝の操る獣の背に乗せろ。善は急げ?と言うじゃろう」
「えっ」
何故か推瞳が、間抜けな子をあげて赤神を見上げていた。




