開始
「……I棟にN配属の侵入を確認したよ。早急に対応しなくちゃだね」
餡条がそう呟く。合わせて己の異能で周囲を確認しようとして、先程までの先頭により、寵愛がほとんど空っぽになってしまっていたことを、古城涼は思い出した。
「なるほどな!つまりわらわの出番という訳である!赤き神の御子として、精一杯役目を果たそうぞ!」
「いや、派遣する人員を的確に……早くないか?」
涼が行動に移るよりも早く、何故か赤神が我先に、と飛び出していく。それを見た松太郎が、呆れたように彼女の背を見やる。
「本来なら彼女への対処には琴柱が最適なんだが……まあいい。推瞳!頼まれてくれるか?」
「えっ。なんでぼくのなまえしってるの」
「芽留都。あんたの友達なら匂い、追えるでしょ?配属総代命令よ、行きなさい」
「……うん。わかった。よんでくる」
松太郎に名を呼ばれた、S1所属らしき幼い少年が、夜宮に命令されるまま、あわただしく彼の言う「友達」とやらを呼びに行く。こうして小さくとも確実に、状況は動き出していた。
「松太郎、隔壁って起動できる?」
その間に、涼は松太郎に問いかけた。こればかりは、部外者である涼にはどうしようもないのだ。
「……今試したが、権限が剥奪され……ん?」
「何その『ん?』は」
「いや、今しがた起動したのが確認されたんだが……アクセスログが僕ではなく、これは、お祖父様、か……?」
「えっ」
思わず反射的に餡条の方を見る。てっきりハッキングでもしてログを偽装したのかと思っていたのだが、彼は黙って首を横に振るばかりだった。
「えっと、松太郎の言うお祖父様って、ウィッチ・メディスンの元社長だよね?あの人、今回の騒動で桐子ちゃん側に加担してないの?」
「そう、らしい、な……?桐子、お前は知っていたのか?」
「え〜?知ってたとしても、桐子ちゃんは言わないよ〜!答え合わせが簡単にできちゃったら、つまんないも〜ん」
松太郎と二人、首をかしげる。あくまで涼は古城としての視点でしか、上峰一櫟という男のことを知らない。故に、大した情報は持ち合わせていないのだが、涼よりかは彼のことを知っているらしい松太郎すらも、困惑を隠せていない。それどころか、涼以上に驚いているようだった。
「静粛に。ひとまず、I棟及び中央棟の接続部にあたる隔壁は封鎖した。これから僕たちはI棟の安全確保に進む」
配属総代である松太郎こそが、本来の現場指揮官である。対DEM戦のように、異能を最大限活用する必要がない今、彼が音頭を取るのが自然であろう。本人もそれをわかっているからこそ、進んで声を張りあげる。
「はいはーい!しっつもーん!俺含め外から来た人達は何すればいいですかー?!」
そこに、一切の怯えを見せず、躊躇なく手をあげる人物がいた。かの襲撃事件の首謀者として、システム側に祭り上げられた少年、瑚刀吹葉月である。
「先程一部の方々には個別にお話しさせていただいたが、基本的には見届け役として待機していただきたい。存じ上げているでしょうが、全てが終わった後こそが、あなた方、引いては僕自身にとっての真の戦いですからね」
「なるほどねー。実際に介入されると面倒だけど、見届け人として公的機関は味方につけておきたと!オッケー!任せろ〜!」
自らが代表として手を挙げることに、どこまで論理的に理解しているのか。定かではない少年は、しかしさらりと松太郎の意図を読み取って、彼の提案を受け入れる。
「そう思うなら、できれば言語化しないで欲しかったのだがね」
「あ、ごめんごめんラスボスくん!次からは気をつけまーす!」
「だからその呼び方をやめろ。今となっては洒落にならな……何がおかしい、麗」
じろり、と松太郎からこちらを非難するかのような視線が飛んでくる。以前と同じように、むしろそれが当然かのように葉月に「ラスボスくん」と呼ばれる様に、側で吹き出すのを必死にこらえていた涼は、必死に否定を絞り出した。
「い、いや別、に?」
「……顔に『あだ名のセンスが良すぎる』と書いてあるが?」
「そ、そんなこと、なっ、ないよ?ねえ桐子ちゃん」
完全に図星だったが、素知らぬ顔で桐子に話を振る。
「松太郎がそう言われちゃうのもわかるけどさー、桐子ちゃん的にはちょっと複雑かもー」
「お前もお前で失礼だな、桐子」
桐子もあだ名の意図そのものについては理解しているらしく、単純な否定はしなかった。否定したいのは本人ばかりである。
『前々から思ってたけど、らすぼすって何?』
「気づいてなかったのか……物語における、最後の敵という意味だ」
『じゃあ敵に例えられるぐらい、ご主人様がめっちゃすごいってことか。ご主人様にぴったりの称号だと思われますが』
「頼むから敵というニュアンスについて、少しは嫌悪感を覚えてくれないか?」
「まあ俺たち、世間一般から見たら多分普通に敵だし……」
『ね。事実を言われても何を、って感じ(・ω・)』
その上、基本的には松太郎を無条件に全肯定する静すらも、珍しく松太郎を否定する側にまわっていた。良くも悪くも、古城も上峰も世間一般から見れば、等しく悪の組織みたいなものである。この認識は、静も同じであるらしい。
「……すまない、話が脱線してしまったな。これから我々が挑むのは、わかりやすく言えば陣取りゲームだ。N配属含め、世界の終わりに賛同する者達が桐子の言う終幕まで桐子を守りきったら負け、逆に我々が桐子の元まで辿り着き、殺害に成功すれば勝利となる」
「すっごく簡単だよね〜!だからみーんな、頑張って桐子ちゃんのこと、倒しに来てねー!」
松太郎の演説に、他でもない敵自身が声援をあげる。頭痛がするような奇妙な光景であったものの、残念ながら現実であった。
「以前の襲撃事件と同様、戦闘系の異能者達を数人でひとつのグループとして、I配属の教室に向けて配備する。侵攻手順についてもまた、こちらで管理させていただく。異論は無いな?」
涼が【消命】によってなかったことにした筈の過去は、歪な形で真の現実として現れた。故にこそ、松太郎が指揮権を握ることを、たとえ彼が上峰側の人間であろうと、拒む者などいない。彼がどれだけ有能な人物であるか、誰もが思い知った後なのだから。
『あ、それとご主人と旺架くんに連絡ー。作戦自体は全面的に賛成なんだけど、一個だけ注意点があってさ〜。可能な限り、敵対してるN配属を殺さないでほしくってー』
なんて思っていると、餡条がテレパシーでこちらに意思を届けてくる。敵対しているN配属を殺すな、なんとも不可解なオーダーだ。だが、こちらが餡条の生殺与奪を握った上での発言だ、おそらく、何らかの意味はあるのだろう。
『なるほど。理由を知っていることそのものがこちらの不利に働く類のものだな?了解した。テレパシーで別途全体に伝達する』
『理解が早くて助かるー』
同時に伝えられた松太郎は、そこまで細かな事情は知らせていないのに、さらりと餡条の意図をある意味凉以上に汲み取って、了承する。流石である、だからこそ関わりたくないんだ。そうため息を吐いて、下を向く。
「……」
すると、バチりと桐子と視線が絡み合った。最早己の隣にいることが日常と化してしまった彼女が、世界を終わらす、文字通りの巨悪として相対してもなお、凉の隣にいる。
「ねえ、おねーちゃん。おねーちゃんは桐子ちゃんのこと、考えてくれた?」
こっそりとこちらに語りかける、その言葉の真意はわからない。一瞬、あの告白じみたセリフと結びつけてしまいかけた、お気楽な自分の思考を切り捨てて。涼は、淡々と言葉を返す。
「考えてもわかんないから困ってるんだよ」
やっぱりあの時直感で彼女に問いかけた「本当はこんなことをしたくないんじゃないのか」それこそが彼女の本音なんじゃないか。そう言いかけて、踏みとどまる。
仮に口に出したとしても、答えてもらえる気がしなかったから。
「桐子ちゃんのことで、おねーちゃんが困ってくれるの、ちょっと嬉しいかも」
「何それ、意味わかんない。早く答え合わせしてよ」
幼子の素振りこそが素だ、と自ら言い切ってはいたものの。それでも、隠す必要がなくなったからだろう、滲み出る節々の言動が、涼にはあまり馴染みのない、年相応の少女としてのものだ。
「え〜?やだ!桐子ちゃん、もうちょっとおねーちゃんが桐子ちゃんのことで困ってるのを楽しみたいもん!」
「この状況でそれ言う?」
「言う!でも自分でもなんかな〜って思うから、ヒントだけ教えてあげる。ほら、しゃがんで」
松太郎の演説が続く中。可愛らしい内緒話をするように、しゃがみ込んだ涼の耳元に、可愛らしくないヒントを涼の耳に吹き込む。
「桐子ちゃんの名前は花厳桐子だよ。それだけだけど。でもそれだけが、いっちばーん大切。上峰桐子は、とっくの昔に死んじゃったから」
相も変わらず、要領を得ない、曖昧で意味深な言葉だった。今の涼には、直接的には何の役にも立たない。謎かけじみた言葉に頭を悩ませる暇はないのだから。
「……花厳ってのは非実在名字なのに、なんで偽名として使う許可が出たのか、とか?」
「うーん、それは桐子ちゃんもよくわかんないけど、多分ちゃんとチェックしてないだけだと思う」
投げやりに口に出した予測は、桐子自身もあまりよくわかっていないという結末を持ってして返される。単に上峰が身内相手に杜撰である、という事実が露見しただけだった。
結局、ヒントはヒントたり得ない。故に、首謀者とどういう訳だが命の危険なくやり取りを交わせるという、ある種絶好の機会であろうと、それだけにかまけている訳にはいかないのだ。
「松太郎。襲撃事件の時みたいに戦闘が発生するなら、空叶に異能を使ってもらって、別途で安全地帯を用意しておいた方が良いよね?」
この通り、事態の対処へと動かねばならないのだ。
「たしかにそうだな。空叶?すまないが用事、が……麗、彼女の居場所を知らないか?」
「えっ知らないの?気絶させた後、寝かせておいたはずなんだけど……端末の位置情報はこの部屋にあるんでしょ?」
「いや……所在不明、だな」
しかし、涼の提案は満足に機能するどころか、別種の混乱を産む。無慈悲に告げられた言葉が、自らの見落としを突きつけた。
それでもただ、桐子だけは静かに、いつものように涼の隣にいる。それが当然みたいな顔をして、葉月の言葉を借りるのならば「ラスボス」じみた少女は、ぴくりとも表情を崩さない。
だが、混乱は終わらないどころか、むしろ始まったばかりだった。
「だーっ!あーもう、死ぬかと思った!てかマジであのよくわかんないS配属がいなかったら、私達死んでたわよ!本当になんなの、同士討ちとか正気じゃない!」
索敵の為異能を活用していたのだろう、薄青に染まった瞳を苦しげに歪め、息を切らしながら霧丘が飛び込んで来る。その周囲には当然、彼女と共に逃げてきたN配属達の姿があった。




