91話:脱獄者と密猟者と管理者
「実物は一回見てるから、見つけたらすぐに終わると思うけど……」
このアーロラ島はそこまで大きな観光島ではない。
昨日パルフェ達と遊んだ人口ビーチも、横幅はせいぜい50メートル程。
波打ち際から30メートルも進めば、海底1万メートルを超える深い海が待ち受けている。
つまり、捜索範囲は非常に限られている為、番貝が近くに潜んでいれば簡単に見つかる筈だけど――。
(う~ん、この辺りにはいないか。生息してるのは海岸沿いの岩場って話だし、もっとあっちを探してみよう)
僅かに明るみを帯びてきた空の下。
ボクの視線が向いたのは、ビーチの両脇にあるゴツゴツした岩場、その上に設置された看板だ。
目立つ赤色で『危険:ここから先は立ち入り禁止』と書かれていて、断崖絶壁の海岸が続いている。
(案内マップによると、アーロラ島にはあと2か所ビーチがあるみたいけど……虎穴に入らずんば虎子を得ず、かな)
それなりの高値で取引される番貝が、観光客の訪れるビーチでそう簡単に見つかるとも思えない。
足を踏み外したら海に飲まれる危険な岩場を飛び移り、岩場に番貝がへばり付いていないかの捜索を開始。
しばらく経つと空も明るくなり、「早くしないと誰かに見つかるのでは?」という不安も大きくなってきた。
ただ、こんな断崖を誰が見に来るんだと内心で突っ込みを入れ、そこで気づく。
「ん、何だこの岩? 変に抉れてるな……」
見つけたのは不自然に形の抉れた岩で、波の浸食で抉られたモノとは明らかに違う。
何かに喰われたような感じで、岩の一部がごっそりと削れている。
そして――。
抉れた岩の先で“視界が開けた”。
唐突にビーチが姿を現したのだ。
「あれ、もう他のビーチまで来ちゃった? いや、距離的にはまだあった筈だし……ってことは案内マップに描かれてない場所?」
反り立つ崖を隠れ蓑に、ひっそりと存在していたビーチ。
ここへ繋がるのは、ボクが辿った非常識なルートを除くと「崖を削った細い道」だけだ。
明らかに観光客向けのビーチではないが、それもその筈。
ビーチから繋がる岩場の潮だまりに、手のひらサイズの貝が――番貝がいた。
近くには『密猟者は管理局に通報します』との立て札もある。
(なるほど。観光客に見つからない場所を、番貝の漁場にしてたのか。普通なら気付かないね)
下手したら「収穫無し」で隠れ家に帰っていた可能もあったけれど、これは僥倖。
漁場を管理している人には悪いけど、ボクも手ぶらで帰るわけにはいかないし、少しだけ拝借させて頂こう。
「もうすぐ夜も明けるし、さっさと捕って帰らないと」
基本、番貝は2匹くっついて一緒にいるので“つがい”を探すのは簡単だ。
さっさと番貝を捕って帰ろうと、くっついている番貝に手を伸ばし――引っ込める。
(マズイッ、誰か来る)
潮騒に混じって人の声が聞こえた。
慌てて近くの岩場に身を潜め、「誰だろう?」と様子を伺う。
すると、ボクが番貝を捕ろうとしていた潮だまり、その更に奥からマスクで顔を隠した二人の男が姿を現した。
一人は小柄ながらも肩幅が広い、恐らくはドワーフ族だろう男性。
もう一人はその倍以上の大きさを誇り、全身が鱗で覆われた人間:“海鱗族”。
『Ocean World (海洋世界)』の主要種族が、ドワーフ族と共に番貝の漁場から出て来たところだった。
「よーし、この辺の番貝はあらかた捕りつくしたな」
「へへへ。これを裏社会の大物達――『ビッグファイブ』に売りつければボロ儲けですぜアニキ。奴等はゴールドラッシュに沸く『Closed World (閉じられた世界)』の採掘に、随分と力を入れてるみたいですからね」
「あぁ、これ全部売り払えば当分は遊んで暮らせる。管理者が来る前にさっさとズラかるぞ」
彼等の狙いはボクと同じ番貝か。
アニキと呼ばれたドワーフ族も、その子分らしい海鱗族も、背中に大きな麻袋を担いでいる。
あの中に大量の番貝が入っているのは想像に難くない。
(あらら、密猟者が先に来てたのか。タイミングが悪かったな……)
言うまでもなく密漁は犯罪だ。
捕まえて懲らしめてやってもいいけど、よくよく考えなくてもやろうとしていることはボクも同じ。
下手に騒ぎを起こしたくないし、心苦しいけどボクが獲る分だけ残してくれれば目を瞑ろう。
「お? アニキ、ここにも番貝がいやすぜ。多分これが最後だ」
「おう、捕れ捕れ。根こそぎ奪っちまおう」
(根こそぎ? それは困る)
――前言撤回。
ここで目を瞑ったら、ボクが持ち帰る分が無くなってしまう。
「あのー、それを捕るのはちょっと待ってくれる?」
「やべッ!? って、なんだガキかよ」
海鱗族が焦り顔でボクを見て、見た瞬間にホッと緊張感を緩めた。
それからギロリッと、マスクから覗かせる海の如き蒼い瞳でボクを睨む。
「おい坊主、俺達はお仕事中だ。とっとと帰りな」
「帰りたいのは山々だけど、その前に一つでいいからわけてくれない? その袋の中身、番貝でしょ?」
「……チッ、目撃者ですぜアニキ。どうします?」
「通報されたら面倒だ。始末しちまおう」
問われたドワーフ族が即答し、海鱗族の男は目を丸くする。
「マジですかい? まだガキですよ? 何もそこまでしなくても……」
「その甘さが命取りになるんだよ。やるなら徹底的にだ」
担いだ麻袋を降ろし、ドワーフ族が徐に銃を取り出した。
そのまま、さも当然とばかりに「カチャリ」と銃口をこちらに向ける。
「悪いな坊主。恨みはねぇが死んでくれ」
躊躇い無き銃声。
その直後、ドワーフ族が首を捻る。
「あ? 手元が狂ったか?」
眉間に皺を寄せ。
それから今一度、彼は躊躇い無くトリガーを引く。
先程と同じ銃口が鳴り、しかし命中することは無い。
彼は益々眉間に皺を寄せる。
「何故、当たらねぇ?」
「そりゃまぁ、ボクが避けてるし」
「馬鹿言うんじゃねぇ。銃弾を避けれる訳ねぇだろ」
「そんなことないよ。銃口で狙いはわかるし、トリガーを引く指の動きでタイミングもわかるもん」
「………………」
無言、からの銃声!!
ドンッ、ドンッと二発離れた弾丸は、しかしボクに当たることなく海の中に消える。
「……なるほど、ただの冗談って訳でも無さそうだな。おい」
その一言で通じたのか、海鱗族の男も麻袋を降ろし、拳を構えた。
合わせてドワーフ族の男も銃をしまい、拳を構える。
その時既に、ボクのナイフは彼の喉元へ突き付けられていた。
「アニキッ!?」
「なッ、嘘だろ? 速過ぎる……夢でも見てんのか俺は?」
「夢かどうか確かめてみる?」
ナイフを刺して血が流れなかったら夢で、流れたら現実だ。
相手が殺す気で来るのであれば、当然こちらも遠慮は無し。
ドワーフ族の首に浅くナイフ刺し、ツーっと赤い血が流れ、やっぱり現実だと判明したところで――“殺気”。
(ッ!?)
慌ててドワーフ族の男から離れるも、殺気を放ったのは彼ではない。
それなら子分の海鱗族かと言えば、それもまた違う。
ボクの視線は“上”、空に向けられていた。
「おいおいマジかこいつは、こんなに早くテメェに会えるとは思わなかったぜ」
明朝の空に浮かぶ“白”。
上空から声を降ろしてきたのは、“真っ白い翼を生やした若い男性”だった。




