92話:首狩り部隊
「こんなに早くテメェに会えるとは思わなかったぜ」
上空から声を掛けてきた白い翼の若い男性。
白と黒を基調とした服装、その背中に生える翼から察するに、彼が天使族の管理者であることは間違いない。
身長的には“2メートル”程で、『AtoA』においては特段大きな相手ではないけれど、身長よりも長い「大鎌」が中々の威圧感を放っている。
(何で、天使の管理者がここに……?)
それも、ボクの見立てでは普通の管理者ではない。
彼の制服、その胸元には管理者らしからぬ「ギロチンのマーク」が見える。
ボクと同じくそれを確認した密猟者二人が、「げっ」とあからさまに嫌そうな表情に変わった。
「やべぇぜアニキ、本部の“首狩り部隊”だ!!」
「見りゃあわかる!! さっさと逃げるぞ!!」
「番貝はどうするんで!?」
「捨て置けッ、捕まったら元も子もねぇ!!」
せっかく集めた番貝の麻袋を放置したまま、密猟者二人が一目散に逃げ出す。
崖を削って作られた狭い道を駆け上がり、あっという間に見えなくなった。
「……密猟者が逃げたけど、いいの?」
天使の管理者が彼等を追ってくれたら、こちらとしては好都合。
それを願っての発言だったけれど、生憎とボクの願いが叶うことは無い。
「ハッ、あんな雑魚はどうでもいい。オレはテメェと戦いてぇんだ」
「ボクと? 面識あったっけ?」
「ねぇよそんなもん。脱獄者が出たっつーから、どんなガキか一度見て見たかっただけだ。ま、見るっつーか殺すけどな」
(……参ったね。まさか“首狩り部隊”に目を付けられていたとは)
秩序の為なら管理者の首すら平然と狩る――故に、付けられた名前が“首狩り部隊”。
「管理者の管理者」として管理局内部からも恐れられる、『全世界管理局:本部』の直属部隊だ。
当然、所属している管理者は腕利きの強者ばかり。
ボクとしては丁重にお引き取り願いたいところだけど、翼を畳んで地面に降り立った彼は、大鎌を浜辺に突き刺して軽く屈伸運動をしている。
最初から戦う気満々で、こちらも腹を決めるしかなさそうだ。
「首、ここに置いてけ」
そう告げた次の瞬間。
消えた――と錯覚する程、彼が素早く動く!!
(速いッ!!)
翼を折りたたみ、常人では追えない速度で迫り来る天使の管理者。
けど、素早さならボクもそこそこ自信がある。
「死ねぇッ!!」
「やだよッ」
大鎌にナイフを当て、軌道を逸らして受け流す。
狙いがズレて岩にぶつかった大鎌は、しかし止まることなく、豆腐でも斬る様にサクッと岩をぶった斬った。
(凄い斬れ味だ!!)
でも、その大きさ故に小回りは効かない。
僅かな隙を逃すものかと、彼の懐に入ってナイフの一撃を狙うも、足蹴にされる!!
「くッ」
「見えてんぞガキィ!! 本気出しやがれ!!」
「ッ――“爆炎地獄”」
相手は強者確定の首狩り部隊で、。
言われなくても手を抜くつもりは無い。
虚を突いたこの一撃で気絶させ、番貝を貰って早々に退散しようと、そう考えていたボクの前で“天使の管理者も爆炎を放った”!!
「なッ!?」
二つの爆炎がぶつかり、丁度ボクと彼の中間くらいで激突!!
盛大な爆音と共に煙がブワッと広がり、すぐさま海風に流され煙が晴れる。
そして晴れた煙のその向こうには、“魂乃炎”を燃やす天使の管理者がいた。
一体どういう心情なのか、彼はムスッとした顔でボクを睨んでいる。
「“爆炎”を使えるのが自分だけだと思ったか? 生憎だが俺には効かねぇ。勿体ぶらずにさっさとバグを出せよ」
「………………」
どうやらバグのことまでお見通しらしい。
先程の「本気を出せ」とは、つまりバグを使えという話だったわけだ。
「そこまでボクのこと知ってるんだ? 管理局って何でもお見通しなの?」
「お? その反応はマジでバグが使えんのか。駆け引きなんてガラじゃねーけど、カマかけてみるもんだな」
「………………」
情けない。
呆気なく引っかかってしまった。
パッと見た感じ戦闘狂っぽいし、心理戦なんてやらないだろうと判断してしまったボクのミスか。
「おいおい、ちょっと引っかかったくらいでしょげんなよ。テメェには俺を楽しませる義務があるんだぜ? 責任取って貰わねぇとな」
「責任? 何の話?」
「ピエトロだよ」
ピエトロ?
テテフの仇で、ボクがこの前倒したあの男?
「……あの人が何?」
「泳がせてたんだよ。わざわざ奴を泳がせて、情報を得ようとしてたのに……テメェが、ぶっ潰してしてッ、台無しにしたって話だ!! “破顔王”の手がかりをッ、奴から得ようと思ってたのによぉッ!!」
怒りが爆発し、呼応するように“彼が燃え上がる”。
加えて“彼の周囲まで燃え上がった”。
(ちょッ、何この熱量!? 海水で濡れた岩場まで燃えてる……ッ!!)
控えめに言って、彼の“魂乃炎”に戦慄した。
炎、強いては熱を操る“魂乃炎”なのは間違いなく、中でも特筆すべきは彼が操るその「エネルギー量」か。
彼が操るエネルギー量は、地獄の熱を扱うボクの遥か上をいっている。
正直「悔しい」という気持ちが沸き上がったのは事実だけれど、しかし、それよりもボクの中で無視出来ない気持ちが生まれていた。
“怒り”だ。
彼の発する炎の熱から逃げることなく、ボクはギロリと天使の管理者を睨む。
「もしかして、“全部”知っててピエトロを泳がせてたの?」
「あぁ? 全部ってのはどこからどこまでを言ってんだ? 奴が市長に取り入って秘書になる前か? そとれも、顔と名前を変える前か?」
(ッ――やっぱり、こいつはピエトロの動向を把握してたんだ。こいつがピエトロを泳がせなければ、テテフは地獄の2年を送らずに済んだのに……ッ!!)
許せない。
悪いのは確かにピエトロだけど、こいつは、もしくは“こいつ等”には、それを止めるくらいの力があった筈だ。
それなのに、こいつ等はピエトロ泳がせ、そしてテテフは地獄を見た。
彼を許す。
その道理を見つけることは今のボクに出来ない。
「おいおい、何だその目は? こっちはテメェのせいで『ビッグファイブ』の手がかりを一つ失ったんだぞ? 文句があるなら掛かって来いよ、糞チビ野郎」
「………………」
わかっている、安い挑発だ。
今更「チビ」と罵られたところでボクは何とも思わない。
だけど、それでも今回は許せなかった。
ボクの“対応”に、天使の管理者がニヤリと口角を上げる。
「ハハッ、本当にバグが出てきやがった。ふ~ん、ヘビみたいな見た目だな。面白れぇ」
「面白がるものじゃないよ」
「うるせぇな、俺に口出しすんじゃねぇよ。さっさと来い」
「――いや、残念だけどそこまでだよ」
(ッ!?)
新たに届いた“上からの声”。
反射的に見上げたのも束の間、パキパキと“足元が凍り始める”。
慌てて岩場から砂浜に退避すると、天使の管理者も舌打ちと共に空に避難。
白い翼を広げたまま、彼はすぐさま怒号を放つ。
「邪魔すんじゃねぇよ糞兄!!」
(糞兄? つまりはお兄さん?)
改めて見上げた視線の先。
叫んだ管理者の更に上空に、これまた白い翼を広げて浮かんでいる管理者がいた。
「兄」と呼ばれた割には二人はあまり似ておらず……いや、顔立ちは確かに似ているが、何というか纏っている雰囲気が全く違う。
先の管理者と比べて、明らかに知性に溢れた顔立ちをしている。
「糞兄とは口が悪い。ブラ君、昔の様に『お兄ちゃん』と呼んでいいんだよ?」
「ブラ君言うな!! ぶっ殺すぞ!!」
「殺せるものならどうぞ? だけどブラ君が僕に勝ったこと、今日まで一度でもあったかな?」
「今日は殺すッ、死ねぇぇええ!!」
天使の管理者改め「弟の管理者」が一気に上昇。
燃える大鎌を振りかぶり、兄に向けて思いっきり振り下ろす!!
対するは兄の管理者。
何処からともなく“氷の盾”を宙に創り出し、燃える大鎌を受け止めた!!
(この人も“魂乃炎”所持者か)
見たところ氷、もしくは水を操る類のモノだろう。
性格も含めて“熱い弟”とは真逆の能力を持っているようだ。
「残念だけど、ブラ君じゃ僕を殺せないよ?」
「うるせぇッ、死ね!!!!」
「全く、ブラ君は本当に口が悪い」
「だからブラ君言うなつってんだろ!!」
弟が叫びながら大鎌を振り回し、兄が涼しい顔でそれを受け流す。
いたちごっこの様に繰り返されるその一連の流れを前に、ボクはただ呆気に取られるしかない。
(えっと、何か急に兄弟喧嘩が始まったんだけど……今の内に逃げていいかな?)
こうなってしまうとボクの「怒り」も向ける先が無いし、冷静に考えて管理者二人を相手にしない方がいいのは明白。
戦わずして番貝を持ち帰ることが出来るなら、それに越したことは無いだろう。
このまま、ボクが去るまで喧嘩を続けて欲しいなと、そう願ったのが運の尽きか。
「おいッ、兄弟喧嘩もいい加減にしろ!! 遊びに来たんじゃないんだぞ!!」
ボクの後ろから、まさかの3人目が現れた。




