723 支え合い立つ
ダラケルスは、フレットが嫌いだ。
出会った瞬間から嫌いだ。
より正確に言えば、ダラケルスはフレットのようなタイプの人間が嫌いなのだ。
頭が良さそうで、偉そう。
頭の悪い自分には見えない何かが見えていて、自分のことを小馬鹿にしてくる。
そういう人間が、大嫌いなのだ。
しかしそれでも、共感できる部分もあったりする。
それは、フレットの言動の端々からにじみ出る、弟へのコンプレックスだ。
......ダラケルスにも、“弟がいる”。
戸籍的に言えば、“かつては、いた”と表現した方が良いか。
ダラケルスは成人前に籍を抜かれ、家から放逐されているのだ。
彼は、その実......商業都市ゼナーリニから遠く離れた地の、領主の嫡男だった。
幼少期から、ダラケルスの性根は変わらない。
面倒くさがりで視野が狭く、無計画で素行が悪かった。
幼少期には、地方領主の嫡男らしく教育をつけられていたが......不真面目なこの男はそのありがたさも理解せず、教育にあてられた時間をほぼドブに捨てた。
居眠りをしたり、授業から逃げ出したり。
彼が身に着けたことと言えば、文字の読み書きに簡単な計算、それと下級魔法の使い方くらいである。
地方領主の嫡男としては、間違いなく実力が足りていなかった。
一方で、彼の二歳下の弟は、優秀だった。
真面目で勤勉で、頭が良かった。
あと、顔も良かったし、魔力量も多かった。
弟の実力はあっという間にダラケルスの遥か上まで伸び、誰もが弟を褒めたたえた。
その様子を見て、幼いダラケルスは、すねてぐれた。
素行は、さらに悪くなった。
周囲の評価は、さらに下がった。
結果として、彼は生家から放逐され、底辺冒険者としての今に至る。
詳細について、長々とここで描写するつもりはない。
そこにあるのは、自業自得で転げ落ちていくだけの......ただ愚かしいだけの人生だ。
だから、ここで描写されるのは。
「た、ただみじめに、弟の咬ませ犬として生きてッ!!それで、終わりかよッ......!!」
そんなフレットの慟哭を聞いて跳ねた、ダラケルスの心臓の音だ。
ドキリ、と。
それは、痛いほどに鳴った。
ダラケルスは、共感性に乏しい。
他人のことに、興味がない。
社会性がない。
しかし目の前に立つ、この嫌味で不快で口の悪い......ほんの少しだけ、自分と共通点を持つ小男の魂の叫びは。
『みじめに生きて、それで終わり』という運命への、無念は。
ダラケルスの、ヘドロが積もりきった彼の魂の奥底に隠れた何かに、届いた!
「ぐ......はぁ......」
ダラケルスは、何かを考える前に立ち上がった。
疲労と空腹と魔力切れで悲鳴をあげる重たい肉体に鞭を打ち、何とか重力に打ち勝つ。
よろめきながら、一歩、二歩。
嫌味な男に近づく。
見ればこの小男、魔導銃で隠れ家が変形したバケモノを、撃とうとしている。
目が悪いくせに。
ふと、近くに小男の眼鏡が落ちていることに気づく。
レンズを無遠慮に掴み、拾う。
そしてそれを......小男の耳にかける。
上から。
ダラケルスは、背が高いのだ。
「......撃て」
驚いて振り向いたフレットに、ダラケルスは短く言った。
「早く、しろ」
体が、しんどい。
正直、もはやしゃべるのも億劫である。
できることなら、今の厄介な状況を、早く終わらせてほしい。
それなのに。
「くッ......!!」
フレットは、なかなか撃たない。
眼鏡をかけられてすぐに、隠れ家の、なんだか光っている部分に銃口を向けはしたものの。
撃たない。
手が震えて、狙いが定まらないのだ。
「なんだお前......撃ったことないのか」
「仕方ないだろうッ!!私は商人だぞッ!!」
ため息をつくダラケルスに、フレットは怒鳴り返した。
「おう......調子、出てきたじゃねぇか」
ダラケルスは偉そうに怒鳴るフレットを鼻で笑うと、彼の後ろから腕を回し、魔導銃を持つフレットの腕をがっしりと掴んだ。
「これで、震えねぇ」
「......貴様、魔導銃を、撃ったことがあるのかッ!?」
「そんな高級なもん、触れたことすらねぇよ。オレは底辺冒険者だぞ......」
だが、しかし。
ダラケルスの大きな手は。
支えは。
フレットの震えをしっかりと抑えていた。
「......撃つぞッ!!」
「ああ」
フレットは、大きく深呼吸してから。
「......撃つッ!!」
「ああ」
ヒドゥン・インヘリターの魔力貯蔵器に、魔導銃の照準を合わせて。
息を、止めた。
「ま、なんとかなんだろ」
極度に集中したフレットの耳に、そんなダラケルスのつぶやきが届いた。
ちょうど、その瞬間。
「75点ッ!!!」
エミーが、叫んだ。
すると、ヒドゥン・インヘリターの突き出したドリルが......彼女の拳で音もなく弾かれ、地面に突き刺さる。
今までよりも、明らかに深く。
機械の馬力でも、容易くは抜くことができない程に、深く!
ヒドゥン・インヘリターはその瞬間、身動きを封じられた。
誰から見ても明らかな......大きな、隙だった。
パアンッ!!
その瞬間、乾いた音と共に、フレットの魔力が弾丸となって放たれた!
【一言解説】
お話の最後に掲載される、作中の用語等を解説する短い文章。
第30章には、全話に一言解説をつけようと作者は考えていたが、ここに来てネタが尽きた。
その用語の出てくる章番号が記載されていることも多いので、本当に暇な人は読み返してもらえたら嬉しいです。
さて本章も、残すところあと1話。
どうぞ皆様、お付き合いの程よろしくお願いします!




