722 魔導銃を構えるフレット
チュイイイイイーーーーーーッ!!
ヒドゥン・インヘリターが展開した二本のドリル腕は威圧的な回転音を鳴らしながら......攻撃範囲内に立っていたエミーへと、猛烈に襲いかかった!
「らッ!!あッ!!あああーーーッ!!」
右腕ドリル、左腕ドリル、右腕ドリルと......熟達した巨人の槍の如く高速で突き下ろされるそのドリルを、エミーは己の拳で危うげなく弾き、防ぐ。
その手甲はいつの間にかどす黒い鎧で覆われていた。
ただでさえ頑丈なエミーは、この魔力で作り出した鎧をまとうことで、鋼鉄の巨兵すら傷つけられない圧倒的な防御力を手に入れる!
......そのはずであった。
「ら、あッ!?」
だが、しかし!
たった数度の打ち合いで、エミーの鎧に異常が生じる。
バキリと嫌な音を立てながら、その一部が砕け散ったのだ!
<これはッ......!?あのドリルから、何らかの魔力干渉を受けています!!>
脳内で叫ぶ言葉足らずなオマケ様の分析結果の意味を、エミーは長年の付き合いですぐさま理解しのみこむ。
つまりあのドリル、物理的な攻撃力のみならず、相手の魔力的な防御を打ち破るための機構すら、兼ね備えている!
思えば、隠れ家から排出された際も、滑り台と化した床に【紙魚】が通じず、エミーは無様を晒すことになった。
これらはヒドゥン・インヘリターにギャシキヌーが搭載した魔導工学的技術の一端なのだ!
「......さすが、天才って、凄い」
エミーは過去の偉人への敬意を、改めて深めた。
「............」
それと同時に、己を恥じた。
鎧を、砕かれた。
それは、魔力的な干渉を受けていたから......そして。
エミーが、ヒドゥン・インヘリターの攻撃を、その勢い、衝撃を、本当の意味でさばききれていなかったからだ。
己の肉体の強靭さ、そして膨大な魔力量にかまけ、最近の自分は、疎かにしていたのではないか?
師匠より授けられた、武術の鍛錬を!
師匠は、決して砕けぬ鎧など、まとっていたか?
常軌を逸した肉体の強靭さを、持っていたか?
否、である。
それでも......師匠は、強かった!
「......来いッ!!」
次に繰り出されたドリルの一撃で、エミーの拳を覆っていたどす黒い鎧は、完全に砕け散った。
弾け飛んだその欠片は宙を舞いながら、見るからに有害などす黒い靄と化して、風に吹かれて消えていく......。
しかし、エミーに動揺はない!
「らッ......」
エミーは半身に構えたまま、襲い来る左腕ドリルに右手の甲を当てた。
そしてドリルの回転方向に合わせて腕を動かしながら、ほんの少し、外側に向かって押す。
すると、ドリルは軌道をずらされ、エミーの右側の地面に突き刺さる。
手の甲に一瞬走る、ピリリとした痒み。
つまりそれは、常人であれば腕が吹き飛んでもおかしくないダメージを受けたということ。
自己採点、100点満点中......30点。
「らッ......」
次。
今度は右腕ドリルに左手の甲を当て、外側に弾く。
まだまだ、痒みはある。
先程と同様に、30点。
「らッ、らッ、らッ、らッ、らッ......」
30点、35点、35点、30点、30点......。
エミーは夢中になって、ドリルをさばき始めた。
人であれば......例えば己の手に持った槍が地面に突き刺さればそれは隙となりうるが......相手は機械だ。
ヒドゥン・インヘリターはすぐさま地面に突き刺さったドリルを引き抜いて、間髪入れず、次々に左右のドリルをエミーに突き付けることができる。
そのように、作られている。
エミーにとってヒドゥン・インヘリターは、絶好のスパーリング相手だった。
先程、狙いがそれたとはいえ、【黒腕】による一撃を入れていたことを惜しいと感じるとは、思わなかった。
その傷を起点として、激しくドリル攻撃を行うたびに、ヒドゥン・インヘリターの装甲が剥がれ落ち始めているからだ。
きっとこの機械は、それ程長くはもたない。
じきに、自壊するだろう。
だから、なるべく早く......せめて、60点までは、到達したい!
「らッ、らッ、らッ、らッ、らッ......」
エミーは淡々と、しかし燃え盛る闘志を瞳に灯しながら、腕を動かし続けた。
◇ ◇ ◇
さて、すっかり修行モードに入ってしまったエミーだが、その姿は。
防戦一方。
端からは、そのように見えた。
攻撃を弾いてばかりで、自分からは打撃を与えていないのだから。
しかも、それを見ているのが非戦闘員であるフレットなのだから、その勘違いはなおさら訂正されなかった。
「ぐッ、うぅッ......!!」
フレットはその迫力ある戦闘に圧倒され、震えながら呻いた。
もはやドンゴズゴズ会の部隊は壊滅状態であり、後方から流れ弾は飛んでこない。
今のフレットには、エミーの戦闘を眺めているだけの余裕が生まれていた。
多少の冷静さを、取り戻していた。
ガギンッ!!
またエミーの鎧が、嫌な音を立てながら欠け、破片が靄へと変じる。
エミーは一歩下がり、そして防戦を継続する。
一歩下がる。
つまり、敵は、少しだけフレットに近づいた。
それは即ち、己の生命に危機が近づいていることと同義であるという事実に......ようやくここで、フレットは気づいた。
そして先程己が行った、エミーへの妨害行為が......実は、己の生命を守ることに主軸を置いて考えれば、最悪の行動であったということも。
「私はッ!!私は......悪くないッ......!!」
しかしフレットは、それを認めたくなかった。
何故なら、エミーがヒドゥン・インヘリターを破壊してしまえば。
きっと、あの機械を動かしている魔力が暴走して、爆発。
ギャシキヌーの隠れ家に秘匿されていた彼の研究成果は、そのほとんどが消失するだろう。
フレットは、大天才の叡智を手に入れる機会を......返り咲くための手段を、永遠に失うのだ。
ガギンッ!!
またしても鎧が欠け、エミーは一歩下がる。
死が、一歩近づく。
「何故ッ!!......どうして、いつもッ!!肝心なところでうまくいかないッ!?」
涙が、鼻水が止まらない。
商会の跡継ぎとして生まれて。
いつだってフレットは、努力してきた。
勉強も、社交も......人の目のないところで血反吐を吐いて、己を高めてきたのだ!
それなのに、いつだって弟サクセスは、そんなフレットのことを、ひょいと飛び越えて先に行った。
ヘラヘラと笑いながら!
「ふざけるなッ!!」
フレットは、どれだけ努力しても、サクセスには勝てなかった。
汚いことに手を染めても、結局敵わなかった。
父親から見放された。
そして、今、一発逆転をかけて手に入れようとしたギャシキヌーの遺産そのものに、殺されかけている。
なんなんだ。
なんなんだよ、自分の人生って。
「た、ただみじめに、弟の咬ませ犬として生きてッ!!それで、終わりかよッ......!!」
フレットは怒りで顔を真っ赤に染め、体を震わせ、涙を流しながら、ヒドゥン・インヘリターを睨みつけた。
すると、ちょうどその時だ。
ガゴンッ!!
そんな大きな音を立てて......ヒドゥン・インヘリターの硬い装甲が、大きく剥がれ落ちた。
先程のエミーの一撃で入った傷が、これまでの攻防に伴う衝撃で広がったためだろう。
そしてむき出しになった内部構造は、黄色く発光する大容量の魔力貯蔵器。
眼鏡を落とし、ぼやけてしまったフレットの目から見ても、膨大な魔力エネルギーがそこに蓄積されていることは、明白だ。
装甲で守られていない、エネルギー源。
それは、明らかに、この秘匿兵器の弱点だった。
「あッ......!!」
フレットは思わず間抜けな声を漏らして、エミーのことを見た。
「らッ、らッ、らッ、らッ、らッ......」
エミーはそのあからさまな弱点の露出に、反応しない。
相変わらず、ドリルを弾き続けている。
防御に必死で、気づけていない。
あるいは、気づけても、防御に手いっぱいで反応できないのだろうと、フレットは思った。
「............!!」
フレットは、震える手で胸元をまさぐり、魔導銃を取り出した。
サクセスを殺すために手に取った、護身用の、特別性魔導銃だ。
気づけばフレットは、その照準を......ヒドゥン・インヘリターの魔力貯蔵器に向けていた。
しかし、『向けた』だけだ。
『狙う』、まではできない。
何故なら、フレットは眼鏡を失っている。
ぼやけて、良く見えないのだ。
「......はッ、ははッ!!」
フレットは、震えながら、笑った。
これでは、当たらない。
だから、撃つのは無駄だ。
自分は、何もできない。
いつだって認めたくない自らの無力さを、この土壇場で認めざるを得なくて。
自嘲して、笑った。
しかし、次の瞬間。
フレットの視界が、急に......はっきりとした。
フレームは歪み、レンズにはヒビが入り、泥と皮脂とで汚れているが。
誰かが、地面に落ちていた眼鏡を拾って、フレットの耳にかけたのだ。
誰がそんなことを?
フレットは、鈍った思考のまま、振り返った。
そこには、浮浪者のような恰好をした魔法使いダラケルスが、荒く息を吐きながら、立っていた。
【黒腕】
エミーのメイン武装。
もとはと言えば、第12章でジョバンノが使用していた【見えざる手】という異能を再現しようとして習得したもの。
大剣に、翼に、鎧と、形状は割と自由自在に変化させることができ、最近では布のような質感も再現できるようになったことから、エミーは自分の衣服をもっぱらこの異能(魔導)でこしらえている。




