597 terrifying tentacles 改良
「エミーよ......意識は、あるかのう?」
冷たい制御室の床の上で寝転ぶ頭の上で、先生が私に話しかける。
意識は、ある。
でも、もう、まともなものを食べられない生活が、一月は続いている。
だから、相当しんどい。
目線だけを先生に向けることで、返答とする。
視線の先で、すっかり弱って立ちあがることもできない私を辛そうに見つめる先生は、現在かなりきわどい服装をしている。
引きちぎられた囚人服が、辛うじてその大きな胸を隠している。
おへそとか、丸出しだ。
何故そんなエロい恰好をしているのかと言えば、私に服を食べさせてくれたからだ。
飲食スペースの机がすっかり消え失せた時、先生はようやく私が机を食べていたという事実に気づいた。
ちょっと魔法陣描くのに集中していたとはいえ、遅すぎだと思うんだけど......。
そして、“なんでも食べられる”という私の特性を半信半疑ながら信じ、布でできた囚人服の一部を食料として提供してくれたのだ。
その他にも、室内に設置されている内の必要のない機械がどれかついても選定し、それを私に提供してくれた。
机と椅子、先生の服、機械、あとはダーケーヤロン魔石の入っていた木箱......。
そう言った物を食べて、私は何とかこの一月、生き延びてきた。
故に、もともと無機質な印象だったこの制御室内は、そういった物が減りさらに殺風景な風景へと変じてしまっている。
でも。
生き延びては、いるけれど。
結局私は、一月経っても、【アブソープション】......あるいはそれに類する魔導技術を習得することは、できなかった。
というか、一月経つ前に体力が限界に達し、修行どころではなくなった。
砂でも石でも......とにかく口の中に入る物さえあれば、私は活動できるというのに。
......悔しい。
<口に入る物が何もない......こんな環境に置かれることがあるなんて、想像だにしていませんでした......>
嘆くオマケ様の声も、弱々しい。
食いだめとかできれば、良かったのに......。
<一番初めにお腹に入れた三か月分の食料......それは、その時肉体に必要な栄養以外は、魔力に変換されて魂に吸収されていますから。栄養としてためておくことは、できないみたいなんですよね......>
長いこと私の中にいるオマケ様がそう言うのだから、それは間違いないんだろう。
でも、魔力として吸収されているんなら、その魔力で飢えを解消できないんだろうか......。
<食料に含まれる魔力は、通常微々たるものですから。現在のところ、飢えを凌ぐという意味では、適度に少しずつ食べる以外の方法はありません>
それなのに、私がアホみたいに、初日に全部食べちゃうから......。
こんなことに、なってしまった。
もうね、徹頭徹尾、自分が悪い。
自業自得。
先生にはそれにつきあわせてしまって、本当に申し訳ないと言うか......。
「エミー......エミー?」
思考が脱線し、ぼーっとして反応を示さなくなった私を心配して、先生は慌てて私の体をゆすった。
おっと、ごめんなさい、ごめんなさい。
生きてます、私、生きてます。
それを、瞬きして伝える。
そして先生、私の体に触んないで欲しい。
食べたくなっちゃう。
目と目があい、私の意識があることを確認できた先生はほっと息を吐き、少し微笑んで、ゆっくりと大きな声で言った。
「喜ぶのじゃ、エミー!......転移魔法陣じゃが......その基礎が、完成したぞい!」
と!
驚いて、ちらりと魔法陣の方に目をやる。
寝転んでいるからちょっとわかりにくいけど、それはすっかり円形をなしており、びっしりと描きこみがされていた。
「とはいえまだ基礎段階故......この状態で使えなくもないが、事故の起きる危険があるからの。もう少し外周部に補助文様を描きこまねば消費魔力がとてもじゃないが多すぎるから、せいぜい転移できても一人送るのが限界なのじゃ。このままでは一人の転移で巨大魔石の魔力を大量に消費してしまう。そうなると、この施設の結界にまわす分の魔力が足りなくなる故、汚泥が......と、すまぬ、なんの話じゃったか......」
先生は誇らしげに腰に手を当て胸をはり、ペラペラと状況を説明していたが、割と早めに話が冗長になっていることに気づき。
「とにかく、あと十日なのじゃ!十日だけ、待って欲しいのじゃ!そうすれば......二人とも、助かるのじゃ!」
そう、要点をまとめた。
あと......十日か。
ぐぎゅううううと、お腹が叫ぶ。
<......間に合いますか?>
間に合うか、なあ......。
お腹、空いた、なあ......。
ちょっと、まずいかも、なあ......。
「エミー......すまないのじゃ......」
『あと十日』と聞いてあふれた私の悲しみの感情を察知し、先生はがっくりとうなだれて謝った。
いやいや......悪いのは、私だから。
先生が、謝ることは、ないから。
「せめてワシが、生身でも【アブソープション】を習得する手法を、マニュアル化できておればのう......『先生』と呼ばせておいて、ワシは......結局お主に、先生らしいこと、何もできてないのう......」
そんなことは、ない。
実は先生には、魔法陣を描く作業の休憩中、合間合間に、魔導のこと、世界の歴史のこと、若い頃旅した土地のこと......。
色んなことを、教えてもらっている。
この一月、先生はちゃんと先生だったし、私は生徒だったと思う。
思えば私の前世、学校制度は今世よりもしっかりしている国に生きていたはずだけど、ちゃんと尊敬できる先生には、出会ったことはなかったと思う。
たまたま、だと思うけど。
私の知る“先生”は、私に対するいじめを見て見ぬふりする......もしくは自ら率先して私をいじめる大人。
全員が、そういう人でしか、なかった。
本当、なんなんだろうね、私の前世の......めぐりあわせの悪さは?
私、神様に嫌われることでも、してたのかね?
前世の世界に本当に神様がいるかどうかは、知らないけど。
とにかく、師匠を除けば。
先生は、私が初めて出会った、“先生”だったと思うよ。
それだけで、感謝しているんだよ。
そんな思いをこめて、私の頭を優しくなでる先生に、視線を送る。
伝わって、いるかなあ。
「【アブソープション】......伝承にのみ語られる、魔導」
ひとしきり私の頭をなでると、先生はじっと己の手のひらを見つめ、独り言をつぶやいた。
「若い頃から、その存在は知っておったからのう。この魔導さえ使えれば、他の魔導や魔法を、使い放題。そう考えたワシは、まあ、習得に向け、色々と努力したものじゃ」
そう言ってから、先生は深くため息をつく。
「しかし、結局生身の肉体では、習得には至らなかった。おそらく伝承に語られる先人は、【アブソープション】が可能となる、特異的な体質を持っていたのではないか?そう考えたワシは、この魔導義体を作る際に、思ったわけじゃな。『【アブソープション】の行使が容易に可能な肉体を、作ってしまおう』と」
............ん?
「そして、その思いは結実し、今のワシが生まれた。つまり、なんじゃ、その......おそらく、生身で【アブソープション】を習得するなど、土台無理な話であったのじゃ。【アブソープション】を習得できずとも、それはエミーの責任ではないのじゃ。エミー......すまないのう。変な希望を、持たせてしまったのじゃ......」
............ん?
ん、ん、ん?
先生は、沈痛な面持ちで私に頭をさげてくる。
だから、それは先生の責任ではないって。
でも。
ちょっと待って。
それは、置いておいて。
<......どうかしましたか、エミー?>
何かが、ひっかかっている。
んんん?
何だろう?
空腹のためぼんやりする思考の手綱を無理やり握る。
何に、ひっかかっているのか。
考えろ。
考えろ......。
「......どうしたのじゃ?」
ここで、私が何やら考え始めたのを察した先生が、顎に手を当て聞いてきた。
声を出す元気もない私は、必死に視線で、促す。
私は、何かに、ひっかかっている。
もっと、話を、してほしいと。
「......ワシの恋の話が、聞きたいのかのう?」
そんなわけあるかエロジジイ!
「......すまんが、それは無理じゃ......どのエピソードも、せめてお主が15歳を超えてからでなければ......」
やっぱりエロジジイじゃないかエロジジイ!!
「......【アブソープション】の話を、もっと聞きたいのかのう?」
それだよ、それ!
ようやく私の意思が伝わった!
肯定の意味を込めて、パチパチと高速で瞬きする。
「しかしのう、既に概ねの話はしておるぞい?他に話していないことと言えば......」
先生は大きな胸を押し上げるように腕組みしながら、目を閉じてしばらく唸り。
「ああ......現在ワシが行使している【アブソープション】の仕組みは......精霊が魔力吸収をする様を参考にしておる、とか、話しておらんのう?」
そう言って、ぱっちりと大きな目を開いた。
「精霊......それは英雄物語において時折勇者や聖女を教え導く、魔構生命体......なのじゃが、その実態は知能が高い厄介な危険生物じゃ。魂や魔力を常食しており、人間も普通に襲う。言葉は通じるが、大抵の場合人間の常識は通じん」
先生は真面目な顔をしながら、精霊について解説を始めた。
精霊......精霊なんているんだ、この世界。
<いますよ。というかこのデレネーゾ大監獄の比較的近くに、一大生息地があります>
「しかし精霊は危険生物なのじゃが、知能が高い故に契約をして助力を願うことも可能なのじゃ。精霊の助けを得て戦う者のことを『精霊使い』と呼び......まあ、ワシには、精霊使いの知り合いがおったわけなのじゃ。性格の腐ったジジイで、奴は闇精霊と契約しておった」
基本的に穏やかに話す先生が、『性格の腐ったジジイ』という部分では、実に苦々し気な顔で実感を込めて喋った。
そのジジイは、それほどまでに性格の腐ったジジイなんだろう。
「それで、じゃ。ワシは奴の契約精霊が奴から魔力を吸っている場面を何度も観察しておったのじゃ。故に、この魔導義体を作成する際には、精霊の魔力吸収機構を参考にした。ワシのこの腕は、普通の人間の腕に見えて......その実、“精霊の腕”とでも言うべき代物なのじゃ」
「............!!」
ここで!
白くきめ細やかな先生の腕を眺めながら......私はそれまでひっかかっていた何かの正体に気づき、息をのんだ!
「故にのう、生身のお主に【アブソープション】の習得を促したのは、本当に軽率であったし、申し訳ないと思っておるのじゃ。すまなかった!!」
先生はそう言いながら、私に向かってまたしても謝罪を行ったけど、正直言ってそれどころじゃない。
それだ!
“精霊の腕”だ!
<何に気づいたんですか、エミー!?>
......オマケ様。
<はい!>
私はこれまで......先生の【アブソープション】を見て、それを真似するべく、努力を重ねてきました。
でもさ。
私の体......体質的に、【アブソープション】の習得には、不向きなんでしょ?
<......ええ。内包する魔力量が多すぎますし、さらには魔力抵抗値が高すぎますので>
そう、だから。
だからそんな私でも【アブソープション】ができるように、必死になって訓練してきました。
でも。
<でも、ダメでした......>
そう、ダメだった。
でもさ、そんなの当たり前なんだよね。
人間の腕は、そもそも“魔力を吸うための器官”ではない。
先生が腕から吸っているから、『そうやるべきものなんだ』って思いこんでいたけど......それが、そもそもの間違いだったんだ。
だって、私の腕は、人間の腕。
先生の腕は、“精霊の腕”なんだもん!
<え、え?つまり、何が言いたいのですか、エミー!?>
「つまり......」
私は、最後の力を振り絞って......なんとか上体を起こし、巨大魔石を睨みつけた。
「エミー!?どうしたのじゃ!?」
私の異変に気づいた先生が何やら慌てているけど、そちらに気を回している余裕はない。
「ふーー......」
静かに息を吐いて、集中する。
<何をするつもりですか、エミー?>
私は、“精霊の腕”を持っていない。
だから、魔力吸収できない。
オマケ様、私、間違ったこと言ってる?
<い、いえ......?>
ならば。
「作れば、良い」
私の、“精霊の腕”を。
魔力吸収のための、器官を!
「あああ......!」
私は静かに気合を入れながら、両肩から二本の【黒触手】を展開した。
見た目は、いつも通り、ゴツゴツトゲトゲして、凶悪な感じ。
その方が、出し慣れているから。
でも、その実態は全く異なる物だ。
いつもの触手は、貫き、引き裂き、叩き潰して殺すための、武器。
でも今回の触手は、違う。
鉤爪状になっている先端以外の頑丈さは、それほどない。
弱々しい、触手なのだ。
それこそ......きっと魔力抵抗なんか、ほとんどない、くらいに。
<まさか......!>
イメージするのは、現在私たちのいる部屋をとり囲んでいる、汚泥。
そうだ。
あれも、今思えば、汚泥で作った触手を伸ばして、魔力を吸っていた。
私が真似するべきは......あっちだったんだ!
「らあああああーーーーーーッ!!!」
私は一吠えしてから......両肩の触手を、巨大魔石に向けて......思いきり、射出した!
まっすぐに伸びていく二本の触手は、深々と巨大魔石に突き刺さり!
そして、次の瞬間!
私の触手に向かって......。
巨大魔石から、大量の魔力が流れ込み始めた!




