596 come up with 別解答
「休憩の度に、机が小さくなっているのは何故なのじゃ......?」
ブツブツとつぶやき、私の隣で巨大魔石に右手のひらを当て、先生は魔力を吸う。
学びの時間だ。
私はぐうぐうとうるさい腹の虫から一旦意識を外して、先生の手元を【魔力視】で注視する。
先生の手のひらから感じられる魔力圧が、ふっと消え去る。
それとほぼ同時に、巨大魔石から魔力が流れ込む。
で、数秒待たずに手を離し、それで【アブソープション】は完了だ。
いつも、見ている通りの光景。
ちなみに数秒で【アブソープション】をやめるのは、それ以上やると魔力を『吸い過ぎるから』。
魔力を吸い過ぎると、魂が風船のように破裂して、死ぬらしい。
それを、魔力中りと言う。
この魔力中りという現象が起きるから、例えば魔力をたくさん含んでいる竜の肉なんかは、適切な処置をしてからじゃないと、食べちゃだめということになっているらしい。
私は気にしたことないけど。
<............エミーの魂は、ちょっと特殊ですから>
......私の魂は特殊らしい。
なんか、においも臭いらしいし......。
色も汚いし......。
<誰だって、体質は違います。魂の質......魂質だって、同じです。それがいわば、あなたの個性なのです。気にする必要はありませんよ!誰が何と言おうと、あなたは素晴らしい存在です、エミー!>
ありがとうオマケ様。
オマケ様がいつもほめてくれるから、私はいつだって頑張れるよ。
<頑張って生き延びて、外に出たらいっぱい殺して、いっぱい食べましょうね!>
でもたまに、多分神様的立場由来の猟奇的な発言が漏れるのは、ちょっと怖いよオマケ様!
そして、やめて。
『食べましょう』とか、言うのやめて。
飲食にまつわるワードに反応して。
お腹が、お腹が絶叫する。
ああ、ああ。
ねじ切れるぐらいに、お腹が空いた......。
「......【アブソープション】習得実験......進捗はどうなのじゃ?」
お腹を押さえてうつむいた私の顔を、先生は心配そうにのぞきこんだ。
「......成果無し」
私は声を絞り出して、端的に現在の状況を報告する。
私が【アブソープション】の習得を目指し、修行を開始してから半月が経った。
日夜体内の魔力をこねくりまわし、何とか自らの異能......魔導として魔力吸収を修めようとしているものの、芳しい成果は得られていない。
その間にも非常食の机や椅子は、どんどんその質量を減らしている。
食べきってしまう未来が、見えてきた。
かなり、まずい。
「............」
と、ここで。
私は......無表情であるはず、だけど。
かなり落ちこんでいる雰囲気が、伝わったらしい。
先生が私のことを、ぎゅっと抱きしめた。
先生の義体は、柔らかくて、暖かくて......。
凄く、おいしそうだ。
「やめて」
私は慌てて先生の腕をほどき、体を離す。
「カカカ......エミーは恥ずかしがり屋なのじゃ」
先生は勘違いして、そう笑い飛ばしてくれた。
私は目を閉じてそっぽを向き、怒っているフリをする。
その間に、雑念を振り払う。
だめ。
だめだから。
先生は、お肉じゃないから。
もとはエロジジイでも、優しい人であることは間違いないし。
割と人に好かれる性格をしていて、優秀。
きっと、いろんな人から慕われていた、素晴らしい人なんだろう。
食べちゃだめだ。
それにその体は、魔導義体だって言うし。
きっと本当は、普通のお肉みたいに、おいしくないんだ。
先生を、そういう目で見てはいけない。
それに、やるなら、一撃でしとめなければならない。
どれだけの魔導......隠し玉を持っているのか、わからない相手だ。
弱り切った私では、リスクが高い。
頭部を殴り潰せるだけの【魔撃】を、今の私が放てるか?
そもそも頭部を潰すだけで、リビングドールとなった先生は死ぬのか?
それすらも、わからない。
だめ。
とにかく、だめ。
「ふーーー............」
私は大きく息を吐いて、何とか気持ちを落ち着かせた。
「先生の方は?」
そして意識をそらすために、別の話題を振る。
「五割、といったところなのじゃ」
先生は大きく伸びをしてから、描きかけの魔法陣を眺めた。
五割、と言うだけあって、現在の魔法陣は半月の形をしている。
なにやら小難しい文字やら図形やらで満たされた、半月だ。
見ているだけで、目が回る。
「この魔導義体のスペックは、設計時の想定以上に、良い。少なからず、工期も削減できるはずなのじゃ。ワシも急ぐ故、希望を捨ててはならないのじゃ」
先生は私の瞳をじっと見つめて、力強く、励ますようにそう言った。
五割。
半月で、五割。
なら、転移魔方陣の完成まで、あと半月?
<そう簡単な話では、ありません。いかに工期削減できると言っても、もともと完成まで一か月半と見込まれていた作業です。もう少し、かかるでしょう>
非常食が大変心もとなくなってきた、この現状で。
あと、一月。
【アブソープション】を習得できれば、それで良い。
でも、できなかったら?
一月私は、空腹に耐えられる?
「............」
気持ちばかりが、焦る。
......例えば。
他に、脱出の方法はないの?
転移魔方陣の完成を待つ、以外の。
「............」
私はじっと、巨大魔石を見る。
私は、【アブソープション】は、今は使えないけど。
石だろうがなんだろうが、食べれば魔力を吸収できる。
そしてこの巨大魔石は、デレネーゾ大監獄の動力源。
施設の壁や床を結界的に守っているのも、この動力源あってこそ。
つまり。
「............!」
私はここで、ふと、思いついた。
私が汚泥に包まれた現在のデレネーゾ大監獄から、無理やり脱出する方法を。
別解答を。
でも、それは、だめだ。
何故ならそれは、先生を。
見捨てることになるから。
「............」
私は首を振って、すぐにその考えを棄却した。
そして少しよろめいてから、手を伸ばし。
巨大魔石に、再び手を当て。
【アブソープション】習得のための試行錯誤を、再開した。




