591 girl and 大人
「......答えられる範囲で、答えるからのう!」
最後にそう、質問することを許可して。
目の前の美女は......回想を語るため必要だったのか、閉じていたまぶたを開いた。
紫色の瞳が、部屋中央の巨大な宝石の光を浴びて、キラキラと輝く。
その柔らかな唇は、優しく弧を描いている。
「『本人かどうか、証明はできない』......それは私にとっては、どうでも良い」
私はそれまで啜っていた“麺料理”を食べきり、その皿を机に置いてから挙手をして......まずは質問の前に、言っておくべきことを言った。
「あなたは、私の命の恩人。本物のマジュローグかどうかなんて、些細な問題。助けてくれて、ありがとう」
「カカカ......どういたしまして」
マジュローグは頬杖をつきながら紅茶で口を潤してから、にっこりと微笑んだ。
「質問も......して良い?気になること、いくつかある」
「何でも、聞くが良いのじゃ!」
「この、汚泥に包囲された大監獄から、どうやって脱出するつもり?」
まず私が気になっているのは......当然これ。
だって、私が逃げこんだこの制御室......逃げて来た経路から考えると、明らかにデレネーゾ大監獄の中央部に配置されている。
でも、周囲はあの汚泥に、囲まれている......。
<結界的処置の施された隔壁のおかげで、しばらくは汚泥からの攻撃を防げますが......確かに逃げ出すことを考えると、なかなか難しい場所ですよね>
「カカカ......その答えは......これなのじゃ!」
するとマジュローグはそう言って笑いながら、マジュローグは私の質問に答えるために......何かが描かれたメモ用紙を取り出した。
......胸の谷間から。
「なんで、そこから出した」
「せっかく爆乳になったので、やってみたかったのじゃ」
そして冗談めかしてそう言いながら、そのメモ用紙を机の上に置く。
見ればそこには、何やら模様が描かれている。
円の中に......何やら難しい文字だの図形だのが描かれた模様だ。
どこかで......見たことがあるような......。
<あッ!これ、転移魔方陣ですよ!>
「転移魔方陣?」
オマケ様の驚いた声に返す形で、思わずぽつりと、つぶやく。
「ふむ、エミーちゃん、知っておるのか」
それを聞いてマジュローグの大きな目が、すっと細められる。
しかしその口元は、楽しそうだ。
「ならば、話が早いのう。確かにこのデレネーゾ大監獄は脱獄を防止するための備えが幾重にも張り巡らされ、しかも現在はあの汚泥に満たされておる。普通であれば、脱出は不可能なのじゃ。しかし!」
「転移魔方陣があれば、逃げ出すことができる......でも......転移魔方陣って、作れるの?」
私は首を傾げた。
だって前にオマケ様、転移魔方陣のこと、『現在の人間の技術で作成することは、ほぼ不可能』って言ってなかったっけ?
<言いました>
しかし私のこの疑問を、マジュローグは体を揺らしながら笑い飛ばした!
「カカカ......もちろん、作れる!だってワシは天才......“大魔導”マジュローグなのじゃ!」
「............」
その様をじっと見つめる私の様子から不安を感じとったのか、マジュローグは真面目な顔をして追加で説明を始めた。
「そう心配するでないのじゃ!この転移魔方陣......ワシが学院にいる頃から秘密裏に実験を繰り返しており、問題なく起動することは確認済みなのじゃ!この制御室の巨大魔石......あの中央の、大きな宝石じゃが、あれを動力源とする転移魔方陣を作成し、ワシの隠れ家へと、避難する!実にシンプルでスマートな、脱獄計画じゃろう?カカカ!」
その言葉は淀みなく、自身に満ちあふれている。
まさか......これで嘘をついているってことは、ないのかな。
まあ、本当に転移魔方陣をこの場に作れるのなら、それは確かに大助かりだけど。
本当に......本当に作れるのかな?
<転移魔方陣は、魔方陣を描くための触媒の作成が非常に難しいのですが......本人の言が正しければ、魂の移植すら成功させたのが、目の前の人物です。本人が自称する通り、まさしく天才です。その程度、容易くやってのけるのかもしれませんね>
わあ、オマケ様のおすみつきだ。
<ただしエミー、気をつけてください>
と、ここで。
オマケ様は、声を落として忠告した。
<魂移植も転移魔方陣も、神々にしてみれば禁忌の技術です。ここからの脱出成功後は、この人物とは少し距離を置いた方が良いです>
その言葉に、思わずゴクリと唾を飲みこむ。
......禁忌なの?
魂うんぬんはともかく......転移魔方陣も?
冒険者ギルドとか、霧の森の中にも設置してあったじゃない?
<神々が設置したり、古代から残っている分は、良いのです。新しく増やすのが、まずいのです。何故なら......>
......何故なら?
<運送神や行商神などの神々の既得権益を、犯す可能性があるからです!>
思ったより生臭い理由だった!?
<......しかし、このマジュローグとやらは転移魔方陣の実験を『秘密裏』に行ったと言いました。もしかすると......>
「さあさあ、エミーちゃん!他に質問は、ないかのう?」
と、ここで。
オマケ様が何やらごちゃごちゃと言っていたけど、それにかぶせる形で、マジュローグが次なる質問を求めた。
「............」
そりゃあ、聞きたいこと、まだあるよ。
さっきの質問に比べたら、些細なことかもしれないけど。
それは。
「なんで......義体が、女の体なの?」
これだよ。
もともと大魔導は、男性だったんでしょ?
なんでわざわざ性別を変えたのさ?
<......確かに同性のままの方が、色々とやりやすいことが多いように思いますよね>
「カカカ!なんじゃ、そんなことか!」
マジュローグは私の質問を聞いて、豪快に笑った。
そして豊かな紫色の髪をかきあげてから、愉快そうに答えた。
「先ほど伝えたように、ワシにはかつて五人の妻たちと、数えきれない程の恋人たちがいた」
「うん、エロジジイだったんだよね?」
「恋多き男なのじゃ。エロジジイではないのじゃ......何度も何度も恋をして、素晴らしい女性たちに出会って......彼女たちの思い出は、今でもワシの中で宝石のように美しく輝いているのじゃ」
「はあ」
「しかし、その結果として、困ったことになったのじゃ」
「困ったこと?」
そう言ってマジュローグは再び机に頬杖をつき、ため息を吐く。
その様は......外には囚人服をまとい、中にはエロジジイの魂が入っているのだとわかっていても、どうしようもなく妖艶だ。
「思い出が、美しすぎるのじゃよ」
「はあ?」
「つまりのう、ワシはもはや、思い出の中で美化された彼女たち以上に素晴らしい女性に......出会える気がしないのじゃ!」
ここでマジュローグは姿勢を正し、その大きな胸を押しあげるように腕を組み!
「故に......ワシは、思ったのじゃ!」
今まで以上に、真剣な表情で!
「『今度は女になって、男と、恋愛をしてみたい』......と!!」
わけのわからないことを......言った!
「何言ってんの?」
本当に何を言ってるのかわからなかったので、私はついつい思っていることをそのまま口から出した!
しかしマジュローグはそんな私の困惑など気にも留めず、にっこりと微笑んで、つけ加えた!
「ちなみに、この魔導義体のおっぱいが大きいのは、ワシはおっぱいが好きだからじゃ!」
「やっぱりエロジジイじゃねえか!」
<エロジジイですね>
はい、結論。
マジュローグは、エロジジイ!
「おい、エロジジイ。もう一つ質問したいんだけど」
さて、もう一つ。
私には、今の内に、聞いておきたいことがある。
......あんまり聞きたくは、ないけど。
挙手して、問いかける。
「......なんか突然に、ワシへの態度がぞんざいじゃのう。もっと、敬意を払ってくれんかのう」
「敬意は、取っ払ってる」
「ちょっとうまいこと、言うのう。カカカ......で、その質問とは?」
「どうして、私を助けた」
その質問に......マジュローグはきょとんと目を見開き、首を傾げた。
「そういう、演技はいらないから」
若干の【威圧】を放ちつつ、言葉を続ける。
「何が目的?」
だって私は、このデレネーゾ大監獄の牢に入れられていたんだよ?
自分で言うのもなんだけど......得体が知れないこと、この上ないでしょ。
それなのに、この美女エロジジイは、私を助けた。
まず間違いなく、何らかの目的がある。
......私は、マジュローグに感謝している。
命を救われたのは、事実だ。
明るくて親しみやすい性格に好感も抱いている。
エロジジイだけど。
悪い人ではないと、感じている。
でも。
それ。
演技かもしれない。
世の中は、いつだって私に厳しい。
最後の最後で裏切られるとか、嫌だよ、私は。
ならば、今のうちに全部、さらけ出してもらわないと困る。
私を利用するつもりなら、最初からそれを、言っておいてもらいたい。
ある程度の理不尽、不利益ならば、飲む。
それをもって、命を助けてもらった恩義に、報いるから。
「............」
マジュローグは、私の問いかけに対して、表情を消してたっぷりと沈黙した後。
「はあーーー......」
大きくため息をつきながら、立ちあがった。
そしてゆっくりと、私に近づき。
「子どもが、そういう気配を、出すものではないのじゃ」
そう言って、私の頭をポンポンと叩いた。
「ごまかすな」
「ごまかしてなど、いないのじゃ......良いか、良く聞け」
そしてしゃがんで、私に目線をあわせた。
マジュローグは両手のひらで私の頬を包み、固定して。
私のどす黒い瞳を、まっすぐに見つめた。
そして。
「子どもを助けるのに、理由などいらないのじゃ!」
そう言って優しく微笑んでから......マジュローグは私のことを、ぎゅっと抱きしめた。
「............」
私は、とっさに、声を出せなかった。
抵抗できなかった。
ただ......なされるがままに、なってしまった。
マジュローグの大きな胸は、柔らかくて。
マジュローグの体は......義体だというのに、ポカポカと暖かくて。
私の中の、弱っちい部分が。
マジュローグのことを......もう、信じちゃって、いたから。
「......嘘なら」
私は。
「八つ裂きにして......殺す」
何とかそう、言葉を絞り出して、言った。
震える声で。
「嘘では、ないのじゃよ」
マジュローグは、怯える様子もなく。
ただぎゅっと、私のことを、抱きしめ続けた。




