588 お茶 time
「私は旅人。エミー・ルーン」
“大魔導”マジュローグ......そう自称する胸の大きなお姉さんに、私はそう言って名を告げた。
そして、首を傾げる。
「......本当に、マジュローグ?」
「おや、お嬢ちゃん......エミーちゃん、ワシのこと、知っておるのじゃな?カカカッ!まあワシは、あまねく世界に名を知られた、生ける偉人であるが故にな!それも当然......」
「マジュローグは、エロジジイだって聞いた。お前はどう見ても、ジジイには見えない」
調子よく自分の自慢を語り始めた自称マジュローグに、私は言葉をかぶせて疑問を呈した。
だって、目の前にいる自称マジュローグは、どう見ても美人のお姉さんだ。
うん、ジジイには見えない。
「『エロジジイ』、か......カカカ、その言い方には、語弊があるのう」
「語弊?」
そう言いながら自称マジュローグは、クスクスと可愛らしく苦笑し。
「ワシは、『エロ』ではないのじゃ......いくつになっても、恋多き男であった......ただ、それだけなのじゃ」
パチンと、なんだかちょっと軽薄な感じで、ウィンクした。
「......多分どこにも語弊はなく、お前は正真正銘の『エロジジイ』であった気はするけど、それはどうでも良い」
私はそんな自称マジュローグの言い分にため息をつき、質問を言い換えようと口を開いた。
しかし、自称マジュローグはその細くて長い人差し指を私の上唇にあてて、私の言葉を遮り、そして。
「“問題は、ワシが本当にマジュローグであるならば......どうして死んだと言われておるワシが、この大監獄で、しかも女の体となり、生きておるのか”......かの?」
いたずらっぽく、そして優しく微笑みながら、私の聞きたかったことを一文にまとめ、私に聞き返してきた。
「............」
「それについて語ると、長くなるのじゃ......エミーちゃん、あちらにおかけなさい」
私が無言のまま頷くと、自称マジュローグは横を振り向いて、そこにあった丸椅子と机を指さした。
「幸い、十分な量の食料の備蓄はある故......お茶の時間と、するのじゃ!エミーちゃん、紅茶はお好きかの?」
「............好き」
「では、ワシが淹れる故、楽しみにするのじゃ!いやはや、嬉しいのう!ワシはかわいい女の子とお茶をするのが、大好きなのじゃ!カカカッ!」
自称マジュローグは冗談めかして楽し気に笑うと、私の腰に手を当てて、飲食用のスペースに向かってエスコートを行った。
その動きは、実に自然で洗練されていて......私は全くもって無意識の内にそのエスコートを受け入れ、気づけば丸椅子の上に腰かけていた。
「さて、しばし待つのじゃ」
そして、どうやらこの部屋の隣には食糧庫があるらしく......自称マジュローグはそこからお皿の上に乗ったお菓子と、お茶の葉、ガラス製のティーポットにティーカップ、ソーサーを持ってきた。
しかし、その“持ってくる方法”が、驚きだった。
この、自称マジュローグは、手を使わずに。
それらをフワフワと、宙に浮かばせながら、運んできたのだ。
特に魔法の詠唱は、聞こえてこなかったのにも、関わらず。
「......異能?」
「“魔導”なのじゃ」
自称マジュローグはパチンと、指を鳴らした。
すると空中に突然、水球が出現する。
「まあ、現象としては、異能も魔導も同じものなのじゃ。即ち、魔力を用いて引き起こされる、何か」
そして自称マジュローグがその水球に手のひらをかざすと、その水球の中にふつふつと、気泡が生まれ始めた。
沸騰している。
「では、両者の違いとは、何か?」
そんなことを言いながら、次いで自称マジュローグはお茶の葉をティーポットに入れて、そこに空中に浮かんでいたお湯を注いだ。
「異能とは、使用者が才能頼りで行使する、奇跡じゃ。その奇跡の理を解き明かし、意識的に魔力を操作し、再現する。それが魔導。かつて世界を、支えていた技術」
コポコポと音を立てながら、透明なティーポットにお湯が満たされていく。
お茶の葉からゆらりと、煙のように赤色が染み出す。
「そう......魔導とは、技術。“魔力を導き”、目的を達するための技術。そして魔導の技を磨き、神秘を解き明かす者......それこそが、魔導士。今やこの世から、ほぼ駆逐“されてしまった”存在」
美しい紅茶が、完成した。
トトトトトト......。
私の目の前に置かれたティーカップに注がれたそれは、甘く爽やかな香りを放ちながら、ゆらゆらと水面を揺らし、輝いた。
「ワシの目的は、人の世における魔導技術の復権。それが為に、生涯を賭した。故にワシは、“大魔導”を名乗った。ワシこそが、変革の象徴となり、全ての矢面に立つと......そう決めた故に」
自称マジュローグは、最後にそう言ってから。
自分の分の紅茶を、一啜り、口に含んだ。
そして鼻に抜ける香りをゆっくりと楽しみ。
美しく......にっこりと微笑んだ。
私は、そんな自称マジュローグを、じっと見つめて。
言った。
「お菓子、おかわり」
......と!!
「いや、エミーちゃん、ちょっとそれは、酷いのじゃ!ワシ、せっかく恰好良く意味深な感じで、色々語ったのじゃ!もっとそっちの方に対するリアクションが、欲しいのじゃーーー!」
「ごめんなさい。私、無表情だから......食べつくしたので、はやくお菓子のおかわりください」
「無表情がどうとか、今は関係ないのじゃ!ワシの話、難しかったかの......?」
「そんなことないです。お菓子おかわりください」
自称マジュローグは困った顔でため息をついてから、指をパチンと鳴らした。
すると食糧庫の方から、フワフワと追加のお菓子が飛んできて、お皿の上に山盛りに積まれた。
やった!
このお菓子......なんか、モチモチしたクッキーみたいなお菓子なんだけど、凄くおいしいんだ!
<いや、エミー......確かにこのお菓子はおいしいですけど、目の前の自称マジュローグ、割と大事なことを言っていましたよ?>
あ、やっぱりそうなの?
異能とか、魔導とか......。
オマケ様が聞いても、この人の言っていることは、正しい?
<はい、正しいです。そして魔導について語れる人間は、現在ほとんど“いないはず”なのです。つまり>
目の前のこのお姉さんは、“大魔導”を名乗るだけある人間って、こと?
本物の、マジュローグであるってこと?
<......見た目の性別や年齢が何故か異なるようですし、何とも言えません。しかしその知識については、本物であると言えるでしょう>
「......さてと、じゃ」
再び静かにお菓子を貪り始めた私を見て、クスリと苦笑した後に。
「そろそろ質問に、答えるとするのじゃ」
自称マジュローグは笑みを消し、真面目な表情を作って、語り始めた。
「ワシが何故、まだ生きているのか。何故、女の体なのか......聞いてもらおうかの」
目をつむり、ゆっくりと。
正確に、過去にあった出来事を、思い出しながら。
「......お菓子、足りなかったら......食糧庫から持ってきて、食べても良いからの」
そんな、嬉しい配慮も、つけ加えて。
ようやく、本作における“魔導”の定義が語られました。




