586 sudden 館内放送
ドジャアアアアーーーーーーッ!!
背後から、轟音を立てながら汚泥津波が迫る!
チラリと振り返れば、その津波の高さは廊下の天井にまで届いている。
回避してやり過ごす、といった真似はできないようだ。
「ちッ......!!」
思わず舌打ちし、壁を走る速度をあげる。
それでも私に離れずぴったりついてくるんだから、後ろの汚泥津波、かなり速い。
......その速度だけでなく、息を吸うたびに嗅ぐことになる酷い臭気も、地味に辛い。
頭が痛くなってくる。
そして、さらには。
私の進行方向の廊下の床を覆うように先行していた広がっていた汚泥の上に、大きな泡が生まれ。
ドパンッと音を立てて、弾けた!
「!!」
思わず両腕を顔面前に交差し、汚泥の飛沫が顔にかかることを防ぐ。
代わりに腕に付着する、数滴の汚泥。
すると、その瞬間。
「ぐ......!?」
突如として全身を、軽度の倦怠感が襲う!
<魔力を、吸われています!!>
げーーーッ、この汚泥、触れるだけでアウトかよーーーッ!?
思わずよろめき、壁に両手をつく。
その隙を狙い、床の汚泥から触手が伸びる!
「らああッ!!」
だがしかし、なめるな!
壁についた両手に力をこめて体を押し、私は勢いよく宙に飛び跳ねた!
そしてクルクルまわりながら遠心力で腕に付着した汚泥を吹き飛ばし、体をひねって反対側の壁に着地!
再度駆け出し始める!
ドパパパパパッ!!
数瞬遅れて、私が駆け抜けた壁に汚泥触手がぶつかっては弾ける。
間一髪セーフッ!!
<前方、右方向への、直角の曲がり角です!!>
「らッ!!」
ナビゲートしてくれたオマケ様に、気合を入れた一吠えをあげることで返事とする。
脳内での会話と言えど、お喋りをする余裕がない!
「あああッ!!」
また跳ねとびながら、曲がり角の向こう側の廊下へ。
汚泥津波はバシャン、バシャンと曲がり角の壁にぶつかり、一旦その勢いを減じている。
<今のうちに、距離をとりましょう!>
でも。
後方の確認を終わらせ前方を注視した私の目に飛びこんで来たのは、ちょっと嫌になっちゃうような光景。
<え......壁が汚泥に、覆われています!>
そう。
先回りしていた汚泥の先行隊が、床だけではなく......はりつくように、壁すらも覆い始めている!
「らああーーーッ!!」
仕方がないので、走行レーンを横壁から天井に変更!
上下逆さまになって駆け抜けるも......。
<今度は、天井まで!>
まあ、壁にはりつけるんだもん、あの汚泥、天井にもはりつけますよねーーーッ!?
「ああああああーーーッ!!」
私は素早く天井から足を離し、空中に浮く。
そして瞬時に【黒腕】を操作して、背中に【黒翼】と魔力噴射ノズルを形成!
魔力ジェット噴射で、飛行開始!
ドパパパパパッ!!
私が通り過ぎて行った廊下の上下左右から汚泥触手が伸び、互いにぶつかりあって飛沫をあげる!
あ、あぶなかったーーーッ!!
<前方!今度は左方向への曲がり角です!>
「ぬぐッ!?」
オマケ様のナビを聞いて、焦る。
私はそこまで、飛行は得意じゃない!
室内だから、作れる【黒翼】がいつもより小さく、サイズが違うことも相まって......器用に方向転換なんて、できないよ!?
<でも曲がらないと、壁にはりついた汚泥に正面衝突です!何とかしてください!>
わかった、何とかするッ!!
あんまりやったこと、ないけど......ぶっつけ本番だけどッ!!
「らあああああーーーーーーッ!!!」
とりあえず、一旦【黒翼】は解除!
慣性に従ってまっすぐにぶっ飛びながら、横腹の辺りから四対八本の【黒触手】を生やす。
イメージとしては、ザトウムシだ。
かなり勢いがついているので、曲がりきるのは難しい。
だから、一旦は汚泥で覆われた壁に、着地する。
細長く伸ばした、八本の......【黒脚】で!
「らッ......ああッ!!」
まず予定通り、【黒脚】で汚泥の上に着地。
「ああああああッ!!」
そして慣性のまま汚泥まみれの壁にぶつかりそうになる私の本体を、【黒脚】に踏ん張ってもらい、なんとか“引きあげる”!
うっわ、マジで汚泥に顔がつくギリギリで止まった!
危ない!
ってか、くさッ!?
臭いッ!!
「あ、らあ......おえっ」
しかもこの汚泥、【黒脚】越しでもどんどん、私の魔力を吸い取っていく。
臭いと魔力吸収による倦怠感が、本当に不快だ。
慌てて【黒脚】をガシャガシャと動かして、曲がり角の向こう側へと進む。
私にとっては幸いなことに......曲がり角の先は、まだ汚泥には覆われていない。
床を走れる状態だ!
「らあッ!!」
私は残しておいた背中のノズルから魔力を噴射し、勢いよく未汚染の廊下へと飛び出し、転がり、跳ね跳んで立ちあがり、よろめきながら駆けだした!
バシャンッ、バシャンッ!!
背後から、曲がり角の壁に汚泥津波が激しく衝突している音が響く!
<ああッ!?>
と、ここで、オマケ様の叫び声!
<前方......十字路です!三方向に、道が分かれています!>
マジか、ここに来て分かれ道。
どれが正解!?
<わかりません!>
そりゃ、そうですよね!
床を走れるようになって速度も増し、汚泥から若干距離も取れたところだけど、あんまり迷っている時間はないよ!?
<ここは、賭博神の配信を見て鍛えた、私の直観力の見せどころですね!>
うーん、あんまり信頼できない気がする!
どうする......どっちに進む!?
どんどん、どんどん十字路が近づいてくる。
進路の決断まで、残り十秒といったところか!
でも。
ちょうど、その時だった。
ポポッポ、ポーン。
そんな、柔らかいチャイムの音が......突然、廊下に鳴り響いたんだ。
そして。
『よしッ!!館内放送、繋がったようじゃの?カカカッ!天才のこのワシにかかれば、この程度容易いことなのじゃーーー!』
なんか......やたらと呑気で、テンションの高いアナウンスが、聞こえてきた。
『んで、突然じゃがそこの、黒髪黒目のお嬢ちゃん!次は右に曲がるのじゃ!ワシがひとまず安全な場所まで、誘導してやるぞい!』
さらにはそのアナウンスは......私の進行方向について、指示を送り始めた。
その声は......なんだか古風な喋り方では、あるんだけど。
若い女の人の、声だった。




