584 goodbye 三大獄卒
「ひ......あ......あひひ、もう、私は、限界です......」
さて、そんなほうほうの体で走り続けていた三大獄卒だが、その中の一人......赤髪の天使がついに体力の限界を迎えたのか、徐々にその速度を緩め......ついには膝をついた。
私の牢の前で。
「ば、馬鹿を言うのではござらん!さ、逃げるでござるよ!」
そんな天使を気遣い、横に並んで走っていた青鬼が、手を差し伸べる。
しかし......天使はその手をパシンと叩き、拒絶し、叫んだ!
「逃げる!?どこへ逃げるって言うんですか、カイザン!?もうこの大監獄の入口は、あのバケモノに塞がれているんですよ!?」
そしてついには、その顔をひきつらせながら......不気味に笑い始めた......!
「あひひひひひ......もう、終わりだ!終わりなんです!監獄神様の移し身すら、あのバケモノには敵わなかった......私たちは皆、あのバケモノに食われて、死ぬんだ!あひ、あひひひひひ!!」
「ネツゾウ......!!」
そんな天使......ネツゾウの姿を見て、青鬼......カイザンは悲し気に眉を寄せ、悔し気に唇を噛んだ。
「ひいいいいいんッ!!そ、そんなに死にたいなら、貴様が一人で勝手に死んどけッ!!邪魔なんだよッ!!端に寄れッ!!オレが通れないじゃないか、オレが死ぬじゃないか、ひいいいいいんッ!!」
一方で、そんな二人の後ろにいる大男は、チラチラと忙しなく後ろを振り返りながら、いらだたし気に地団駄を踏んだ!
この......消去法的に考えるとエンザイであると思しき大男は、体が大きすぎるせいで、一人でも前にうずくまっている人がいると、廊下を前に進めないのだ!
避けることが、できないのだ!
というかこいつ、結構クズの匂いするぞ!
「あのーーー......」
さて、私なんだけど。
なんだか切羽詰まっているところ悪いんだけど、全く状況が飲みこめない。
「何か、あったの?」
だから、せっかく目の前で謎ドラマを展開し始めた三大獄卒がいるんだし、事情を聴いてみようと声をかけた。
<何が何やら、ちっともわかりませんものね。情報収集が必要です>
「「「だ、誰だッ!?」」」
こうやって話しかけて初めて、彼らは私の存在に気づいたらしい。
一斉に、こちらに振り向いた。
それだけ、彼らは追いつめられているって、ことなんだけど。
「な、何故この神敵牢に、少女が!?」
「確か現在収監されている神敵は、あの乳のでかい女一人であったはずでござるが!?」
「ひいいいいいんッ!!どうでも良い、早く逃げるぞバカ共がッ!!」
慌てふためく三大獄卒だが、いち早く動いたのは青鬼の剣士カイザンだった。
「貴様......何者でござるか?」
刀の切っ先を私に向けて、そう問いかける。
「私は......」
<待ってください、エミー。彼らは、あなたにとってみれば、敵です。正しく自己紹介をして、情報をくれてやる必要はありません>
「............私は......ミョゴミョゴシュゴの......精霊......」
<懐かしいネタですね、それ>
ネタって言うな。
「「ミョゴミョゴシュゴの精霊!?」」
<驚いていますね>
そうだね。
「お、おいネツゾウ聞いたでござるか!?ミョゴミョゴシュゴの精霊でござるよ!?」
「ええ、カイザン......!まさか実在するとは......!?」
<信じましたね>
自分で言っておいてなんだけど、なんで信じるんだよ!
「ひいいいいいんッ!!何、バカやってんだバカーーーッ!!」
しかし最後尾のエンザイだけは、私との会話に乗ってこなかった。
顔を真っ赤にして怒り狂いながら、地団駄を踏み続ける!
「このガキが何者か?そんなこと、どうでも良い!調べたきゃ、貴様らが勝手に調べろ!オレを、前に通せ!早く、オレを、逃げさせろ、ひいいいいいんッ!!」
そして、その言葉が。
エンザイが放った......最後の、“意味のある”言葉だった。
何故なら、次の瞬間!
「ひッ!?」
シュルシュルと......何やら茶色い物が、エンザイの両足に巻きつき。
「おぶッ!?」
彼のことを......思いきり後方に、引きずり始めたからだ!
「あぐッ、ひ、ひいいいいいんッ!?ぎびゃああああーーーーーーッ!?」
ズルルルルルッ!!
顔面を石造りの床に強打し鼻血をまき散らしながら、エンザイは廊下を奥へ奥へと、猛スピードで引きずられていく!
そして!
ドポンッ!!
そんな音を、立てながら。
引きずられた先にあった“もの”の中に、すっかり飲みこまれてしまった。
そこにあった、“もの”とは。
“汚泥”だ。
汚らしい茶色をした、汚泥だ。
ブクブクと、何やら気泡を浮かびあがらせては、それを割りながら。
もぞもぞと、蠢く。
凄まじい臭気を放つ......汚泥だった。
その汚泥が、自身の一部を触手のように伸ばしてエンザイを捕まえ、引きずり......自身の中へと、沈めたのだ。
もはや、エンザイの絶叫は、聞こえない。
ただ、ブクブクという気泡が弾ける音と、ゴキ、メシャ、という......何かが凄い力で潰されていく音だけが、廊下に響いている。
「バケモノめ、よくも......よくも、よくもおおおーーーーーーッ!!」
その様を見て、カイザンは涙を流し、いきりたった!
「例え、クズであっても!奴は長年苦楽を共にした、仲間でござるッ!!」
そう叫び、長い刀を上段に構えると。
カイザンはそれを......私ですら目にも止まらぬ速さで、汚泥に向かって振りおろした!
「【海割り】ッ!!」
するとその刀から、斬撃が飛んだ!
汚泥はその斬撃によって、なんら抵抗することなく、真っ二つに裂けた。
しかしその汚泥は、汚泥なんだ。
まるで、泥沼のように......向こう側の廊下を全て覆いつくしている、汚泥なんだ。
泥沼は、刀で斬られてダメージを受けるだろうか?
そんなわけ、ない。
斬られた部分にはすぐに横から汚泥が流れ込み、その隙間を埋めていく。
何も、効いていない。
「うわああああーーーーーーッ!!」
狂ったように叫びながら、斬撃を飛ばし続けるカイザン。
しかしその斬撃は、全てが汚泥を深く斬り裂き、しかしそれでいて、全てが意味をなしていない。
そんなカイザンに、汚泥はじりじりと近づいて行き......。
「あ」
一瞬の、ことだった。
ぴゅん、と伸びた触手が、カイザンの胴に巻きつき。
そして、彼を汚泥へと、引きずりこんだ。
ゴキ、メシャ、バキ......。
再び静かになった廊下に、嫌な音が響き渡る......。
「あひひっ!あひひひひひっ!」
最後に残された三大獄卒ネツゾウは、もはや正気を保っていられないのか......廊下に座りこんだまま、逃げようともせず、ただただ笑い続けていた。
しかし、その笑い声が、ふいに止まる。
「甘い、匂い......?」
そしてネツゾウはきょとんとした顔で、そんなことを言い始めた。
甘い香り......?
しないよ、そんなの。
<ただただ、臭いだけですね......>
しかしネツゾウは、首を傾げる私のことなどすっかり眼中にない。
彼はゆらりと、立ちあがった。
すると、次の瞬間だ!
それまではただ、廊下に広がり続けていただけの、汚泥の一部が、もぞりと球体のような形を作ったかと思うと!
その球体は、さらにもぞもぞと蠢き......人の形へと変化!
泥人間が、産まれたのだ!
そしてその泥人間の姿形は......先ほど汚泥に飲みこまれた、カイザンとうり二つだ!
「カイザン!無事、だったんですね!?」
そんなおかしな台詞を吐きながら、フラフラと汚泥へ歩み寄っていく、ネツゾウ。
「いや、どう見ても偽物だよ!?」
さすがに放ってはおけず、牢の中から叫ぶも......私の声は彼の耳には、届いていないようだ。
「あ、あひひ!み、みんなも!そこに、いたんですね!」
嬉しそうに笑いながら、ネツゾウは汚泥へと近づき続ける。
気づけば、汚泥の上には......カイザン以外の人間を模した泥人間たちが、立っていた。
ネツゾウと同じような形の服を着ているのは、彼の部下だろうか。
ボロボロの服を着て、手首に鎖を巻きつけているのは......ここに収監されていた囚人かもしれない。
他にも、見たこともないデザインの鎧を着たのとか、普通の村人風の服装をしているのとか......。
多種多様な泥人間が、そこには立っていた。
そして、皆、満面の笑顔を浮かべ。
おいで、おいでと、ネツゾウを手招きしていた。
「幸福......?ああ、そうですか......それが、幸福......!」
そして、わけのわからないことを、嬉しそうに言ってから。
「私も......一つに......」
最後にそう、つぶやいて。
ネツゾウは自ら、汚泥の中に飛びこんだ。
その後は、カイザンの時と、同じだ。
廊下には、ただ、押しつぶされていく音だけが、響いた。
<三大獄卒は、こうしていなくなりました!おかげでエミーは無事、デレネーゾ大監獄から逃げることができたのです!おしまい!>
若干投げやり気味に、オマケ様は冗談を言った。
「はは」
思わず私も、笑っちゃうよね。
表情は動かないけど。
......笑うしかないよ、本当に。
牢から、三大獄卒が逃げて来た方向を、覗く。
するとそちらは、もうすっかり、汚泥で覆われている。
正体不明の、人食い汚泥に。
まるで、泥沼のような状態だ。
しかもさっき、あいつら言ってたな?
入口が、バケモノに塞がれてるって。
逃げ道......ないのでは?
さらに悪いことにこの汚泥、三大獄卒を“食べて”、お腹いっぱい......というわけでは、ないらしい。
じりじりと......私の方に近づいてきている。
そして、例の触るとダメージをくらう鉄格子に触れ。
バチッと弾かれ。
しかし懲りずに、近づいてくる。
......そんなことを、繰り返している。
体を細くして、鉄格子の隙間から入りこむ......みたいな。
そういう器用なことはできないらしい、ということが......現状では唯一の救いかな。
はああ......。
本当、なんなの、こいつ?
額から冷や汗が流れ落ちて、ぽたりと床に、小さな円を描いた。
臭いし、不気味で......やばい。
正直に言って、戦って勝つビジョンが見えない。
まず、この汚泥は、生き物なの?
殺したら死ぬ相手じゃないと、私、勝てないんだけど?
戦うって......どうやって私は、泥沼と戦えば良いの?
思わず、頭を抱える。
<エミー......良く、聞いてください>
ここで。
そんな私に、オマケ様から声がかかった。
何?
この汚泥の正体に、心当たりでもあるの?
<さすがはエミー、良く気づきましたね>
つきあい長いからね。
で?
こいつは......一体なんなのさ?
<本来であれば“戦乱大陸”フォラストにて封じられているはずの、災厄の一柱です。どうしてこのデレネーゾ大監獄に、これがいるのかは......わからないのですが>
そう前置きした上で。
<蠢き、全てを飲みこみ、広がり続ける。そして生者の精神に干渉し、幸せを囁く......この災厄は>
オマケ様は、その名を告げた。
<“幸福なる汚泥”コルマリャ>
三大獄卒、高速退場!
そして現れた新たなる災厄、“幸福なる汚泥”コルマリャ!
概ねの災厄は、本領発揮されると現在のエミーでも勝ち目がない相手です。
自称『史上最弱』の災厄である“大悪霊エンジィ・アルビット”が第一部の大ボスだったんだから、その厄介さもうかがえるというものです。
ちなみに戦乱大陸フォラストの名前は、第16章序盤にて既出。
“黄金大陸”ハメジカ。
“幻想大陸”ニージアル。
“暗黒大陸”サーディサンヌ。
“戦乱大陸”フォラスト。
以上の4つが、本作にて主な舞台となる大陸の名前です。
ちなみにもう一つだけ、名前が明かされている大陸がありますが......。
そこはまあ、エミーは行かないから、良いや......。




