504 始まりの大草原の終わり3
「何をするッ!?」
太い蔦で両手両足を縛られたカラマーリュは、まるではりつけにされているかの如く宙に持ちあげられていた。
他の四人も、同様だ。
彼らを縛る蔦は太く、硬く......とても人の力でどうこうできるようなものではない。
身動きのとれないカラマーリュは冷静に現状を把握しようと努め、しかしどうしても裏返る声で、異形へと変じたシメガマモへと問いかけた。
「神託が、くだったのだ」
「し、神託?」
「ついに“最後の旅”が、始まるのだ」
対するシメガマモは、満面の笑みで訳の分からないことを言った。
実に晴れ晴れとした、笑みだ。
「何が......神託だ、ボケ......とっととこの蔦を......ほどけ」
聖女アドは現在力を使い果たし、青い顔をしている。
息も絶え絶えになりながら、文句を言うことしかできない。
「侵入者よ、それはできない......一晩は、そのままでいてもらう。しかし喜べ。我が一族の使命がじきに成就する今となっては、お前を殺す必要が、なくなったのだから」
「はあ?」
シメガマモは聖女アドに対しても、笑顔のまま、やはり訳の分からないことを言った。
そして再びカラマーリュの方を振り向き、そちらに向かって歩こうとして......転んだ。
蔦で作りあげた両足を、うまく動かすことができなかったのだ。
「ふむ」
そこでシメガマモは少し思案し、容易く人の形を模すことをやめた。
両足の蔦をほどき、タコ足、いや、クラゲの足のように......下半身に無数の蔦を生やした。
遠目にはスカートのようにも見える程密集した無数の蔦は、シメガマモの意のままに動き、彼女の体を容易く持ちあげた。
「そして喜べ、義弟殿!あなたの望みを邪魔だてする必要も、もはや、ない!」
そうしてからシメガマモは無数の蔦をワシャワシャと動かして地面を滑るように移動し、空中に吊りあげたカラマーリュの顔を覗きこみながら、嬉しそうにそう言った。
「は、は?え?」
事態をのみこめず、震えながら呆然とするばかりのカラマーリュの額を、シメガマモは愛おしそうに蔦でなでた。
「円満......うん、実に円満な、幕引きだ」
そして、少し寂しそうな顔をしてから、そうつぶやき。
「それでは、さらばだ義弟殿!あなたが切り拓く未来の大草原に、心地良い風が吹きますように!」
最後には祝福の言葉を告げ、足の代わりに蔦を動かし、地面をペシンと叩いた。
「わ!?」
「な!?」
「ひ!?」
「ちょ!?」
「......!!」
するとカラマーリュ、三兄弟、聖女アドを空中に拘束していた蔦が、さらに変形。
彼らの体をすっかり包みこむ、球体を作りあげた。
「翌朝日が昇れば、この檻はほどける。それまで大人しく寝ておくことだ」
急に閉じこめられ、中で慌てているのだろう。
ゆらゆらと宙に揺れる五つの“檻”に向かって、シメガマモはそう声をかけた。
そして檻に背を向け、無数の蔦をワシャワシャと動かし、夜の始まりの大草原を凄まじい速度で移動し始めたのだ。
◇ ◇ ◇
しばらく移動を続けた彼女がたどり着いたのは、始まりの大草原の奥地に存在するシメガマモの一族の隠れ里だ。
ここには白い石を積みあげて作られた家屋がいくつか建っているが、現在この里に居住しているのはシメガマモただ一人。
異形と化した彼女の姿を見咎める者はいない。
「............」
故にシメガマモは誰かに邪魔されることもなく、まっすぐに目的の建物へと向かった。
それは隠れ里の中心に位置する、巨大な円柱状の建造物である。
その建物に窓はなく、ただ一つ、大きな金属製の扉だけがついている。
そしてその扉には、花と葉、蔦を図案化した紋章が描かれており......いつもは赤色に光っているその紋章が、現在は緑色の光を発しながら、点滅していた。
「伝承の通りか」
シメガマモは紋章が放つ緑色の光を確認してそうつぶやくと、扉の前に立ち、父から口伝された呪文を唱えた。
「『ピーエーエスエス、ダブリューオーアールディー』!」
すると......これは、いかなる超常現象なのか。
意味のわからぬ音声の羅列を聞いた金属製の扉は、ピーンという甲高くも柔らかい音を発し。
『パスワードを認証しました』
......シメガマモの聞き覚えのない、女の声で喋った!
ブシュウ!
そして次に、扉は横にスライドする形で、スムーズに開いた。
「............」
シメガマモは畏れることなく、建物の中へと進む。
するとシメガマモの室内への侵入を何らかのセンサーが認識し、床に一筋、ライン状に埋めこまれた緑色の魔灯が自動で発光し、真っ暗だった室内に光の道を作り出した。
「なるほど、道案内か」
光の道は建物中央の螺旋階段へと続き、そのまま地下へと進むよう、シメガマモを誘っている。
シメガマモは躊躇わず案内に従い、無数の蔦を器用に動かして、スルスルと地下へ降りて行った。
◇ ◇ ◇
そしてたどり着いたる最下層。
そこにある大きな自動扉を潜った途端......一斉に室内が光で満たされた。
突然昼間のような明るさに晒されて、シメガマモは一瞬怯み目を細めて移動を止めたが、それも数秒のことだ。
彼女はすぐに室内を見回し。
「......おお............」
感情が昂り、思わず声を漏らした。
そこは、シメガマモの一族の聖地であった。
そこにあるのは、時が来るまで必ず守らねばならぬと一族の掟で定められた、宝物であった。
......そして、これまでシメガマモの人生を縛りつけていた、楔でもあった。
それは......いや、それらは、天上から床まで柱のように伸びる、様々なパイプやらコードやらが無数に接続された、巨大な五本の試験管であった。
ただし、一列に並ぶそれらの内左の四本は、既に空っぽだ。
よって、シメガマモの用があるのは、最後に残った右端の試験管である。
その試験管は、仄かに輝く薄水色の液体によって満たされており、その中には......。
均整で美しい体つきの......明るい紫色の髪を伸ばした若い男性の肉体が、漂っていた。
その瞳は、固く閉じられている。




