505 始まりの大草原の終わり4
それから数時間後......シメガマモは試験管の中に浮かんでいた男性を抱きかかえ、始まりの大草原を疾走していた。
目指す地点は、大草原の縁。
少し歩けば、ファーストタウンにたどり着く......そんな所。
人里近い場所ではあるが、いかに弱い魔物ばかりの始まりの大草原とは言え、好き好んで夜間に魔物の生息地へと赴く人間はいない。
やはりここでも、誰かに彼女の異形と化した姿を見咎められることは、ないだろう。
「......良し」
ここぞ、という場所を見つけると、シメガマモは腕を模した蔦で抱えた男性を柔らかな草の上におろし、仰向けに寝かせた。
既に男性には、隠れ里に用意しておいた一般的な旅人装束を着せておいてある。
準備は万端である。
これ以上、シメガマモがするべきことは、ない。
そう、思った途端。
彼女は、それまで力を送り続け彼女を動かしていた、天上より吊るされた糸のようなものがプッツリと切れたことを自覚し、ドサリと仰向けに倒れた。
「............」
視界いっぱいに、満点の星空が輝く。
頬を、青い草の香りを含んだ優しい風がなでる。
それが、今の彼女が感じることの、全てだ。
もはや、彼女は蔦の一本も動かすことはできない。
首も動かない。
しかし、瞬きはできる。
口も動く。
「......喋る相手は、いないが」
シメガマモはぼそりとつぶやき、静かにククと笑ったが。
「お喋りは苦手だけど、つきあう?」
独り言のつもりが思わぬ言葉を返されたので、驚き、目を丸く見開いた。
次の瞬間、満点の星々の光を遮り彼女の視界に入りこんできたのは。
彼女の顔を覗きこむ......黒髪黒目の少女。
エミー・ルーンだった。
「......ついてきたのか」
「うん」
「ユムシ肉に潜りこんだまま出てこないから......すっかり興味を失われたと、思っていたが」
「興味はそこそこあったけど、お腹が空いたから肉を優先した。食べきったから、臭いを追って来た」
「クク......そうか、しかし......はあ、困ったな」
シメガマモは苦笑をこぼしながら、ため息をついた。
エミーに、シメガマモが運んできた男性の姿を、見られてしまったからだ。
“目覚める前の”彼の姿を一族以外の者に見せることは、掟によって固く禁じられている。
本来であれば、すぐにでもエミーを殺し、その口を封じなければならない。
しかし、相手が悪いし、状況も悪い。
エミーの実力はシメガマモより高いし、そもそも今の彼女は蔦の一本とて動かせない。
どうしようもないのだ。
「『困った』って、何?この男は、誰?」
「......知りたいか?」
「うん」
「ふむ............」
シメガマモは、思案した。
すぐに思いつく選択肢は、口を閉ざすことだ。
その結果目の前の悪魔が激昂してシメガマモのことを害したとしても、問題はない。
どうせ自分は、もうすぐ死ぬのだ。
というかむしろ、既に死んでいるのに使命を完璧に成就させるため力を注ぎこまれ、今まで無理やり動かされていた、というのが正しい。
だから、今さらだ。
だが、悪魔に大切な男の体に余計な手出しをされるのは......困るのだ。
それならば......。
「ああ......もう、良いか......」
と、ここまで考えて。
シメガマモは唐突に、あれやこれや小難しく考えることを、やめた。
彼女は、痛みを感じていない。
しかし、徐々に頭は、ぼんやりとし始めている。
だから細かいことを思案し続けるのが、非常に億劫になってきたのだ。
何より、気を紛らわしたかった。
口を動かして、歩み寄る自分の死というものから、目をそらしていたかった。
「力ある方よ。ここで見聞きしたことは、誰にも話さないと、誓うか?」
だからシメガマモはエミーに対してそう問いかけ、彼女が頷き返したのを確認すると。
「この、男は......夜明けと共に天上より舞い降りる、魂の依り代」
......ついに彼女の一族が抱え続けて来た秘密を。
「この、始まりの大草原より旅を始める......五人目の、そして最後の......“主人公”だ」
語り始めた。




