499 巨大ユムシと三人の女2
「ユギャア......」
広範囲に岩石や土砂を、文字通り【土砂降り】に降らせたグランドアーマードユムシ。
その攻撃方法は、巨大で膨大な魔力を持つ彼にとっても、いささか負担の大きい技であったらしい。
彼はその筒状の体をへにょりとたゆませながら、周囲の大地に転がる魔鉱石からジワジワと魔力を吸収し、回復を図っていた。
「らああッ!!」
そんな彼の巨体を、遠慮なしに蹴り転がす存在がいた。
エミーだ。
この少女は腹の鳴る頻度こそあがってはきたものの、その動きには微塵も疲労感など伺わせない。
クールダウン中のグランドアーマードユムシの体を、遠慮なしに蹴って、蹴って、蹴り転がした。
「ユギャア......」
しかし、これだけ苛烈な攻撃を加えられてもなお、この巨大陸上ユムシは全くこらえる素振りを見せない。
他二人のものとは異なり、エミーの攻撃だけは確かに彼にダメージを与えてはいるようだが、そのダメージも彼にとっては許容範囲内のものであるらしいのだ。
故に彼は、無抵抗に蹴り転がされている現在も、時たま嫌そうに身じろぎはするものの積極的な反撃はせずに、魔力回復を優先させていた。
「まったく、どうしたものかしら」
......その様子を眺めながら、聖女アドはタバコをくわえつつ、ぽつりと呟いた。
このタバコ、実は純粋な嗜好品というわけではなく、魔力の回復を促す薬剤である。
依存性があり、吸い過ぎると魔力中りを起こすので、取り扱いには注意が必要な物であるのだが......。
聖女アドはそんな危険性など気にも留めず、とにかくスパスパと煙をふかし、困惑しながら眉間に皺を寄せてこの先の対応を思案した。
「あのユムシ、防御性能が高すぎる」
それが、彼女が困っている一番の理由だ。
何者かよくわからないが......あのどす黒い少女、恐ろしいほどの攻撃力を持っている。
そんな彼女が殴る蹴るしても、あのユムシには致命的なダメージを与えられていないのだ。
聖女アドにしてもシメガマモにしても、間違いなく攻撃力は、あの少女以下である。
そうなると、どうあがいてもあの巨大ユムシを傷つけることは、できないのではないか?
「ふうう......」
聖女アドはため息の代わりに、大きく煙を吐いた。
......すると、その時だ!
「一つ、情報提供だ」
突然聖女アドの足元近くの地面が盛りあがって穴が開き、そこから......カラマーリュの上半身が、飛び出した!
「......いきなり、奇抜な方法で出現しないでくださる?」
聖女アドはカラマーリュの頭を叩き潰すところだった【結界・小槌】を間一髪で静止させ、トゲのある口調で非難を行った。
シメガマモも、無言で大鉈を腰に戻した。
「す、すまない、三兄弟に隧道を掘ってもらったのだ......それより、アーマードユムシの生態について、伝えておきたい。聞いてほしい」
「お急ぎください」
聖女アドは未だに大きな動きを見せないグランドアーマードユムシの様子をちらりと確認してから、カラマーリュに話の続きを促した。
シメガマモは二人に背を向け、ユムシを睨みつけながら仁王立ちした。
「奴らは......体にはりつけた魔鉱石の性質を使いこなす」
「!!」
そして伝えられたその情報を聞き、聖女アドははっと息をのんだ。
「......あのデカブツが鎧にしているのは、コドロキゾ鉱石、ですわね?」
「そうだ。そしてコドロキゾ鉱石は大魔導学院長先生の作りあげた結界石の原材料だ。つまり......」
「あれは、結界によって、守られている......!?」
そう言って聖女アドは目を細めながら、グランドアーマードユムシのことを眺めた。
あの巨大ユムシ、一目見てわかるような形で、結界を展開してはいない。
しかし、やりようは色々と考えられる。
例えば、鎧の内側......コドロキゾ鉱石の層と本体の表皮の間に、結界をはるといったやり方だ。
あれはそうやって、これまで彼女たちの猛攻を防ぎきっていたのだ。
「厄介極まりないですわね」
「ああ。奴を倒すには、奴にはりついた膨大な量のコドロキゾ鉱石を、全てはがさなければならない」
「はがしても、はがしても......元通りになるのですが」
「ああ、見ていた。故に、そんなことは不可能だ。だから......」
ここでカラマーリュは一旦言葉を区切り、悔しそうに唇を噛んでから。
「撤退しよう」
そう、はっきりと告げた。
「撤退......」
聖女アドは瞳を閉じ、細長い煙を吐き出しながら、思案する。
その二文字、決して頭の中に浮かばなかったわけではない。
しかし自らその言葉を進言しなかったのは、その結果として何が起きるかわからないから。
あの巨大ユムシをなんとかしなければ、カラマーリュが計画するコドロキゾ鉱石の採掘事業は、進まない。
それにあのバケモノ......放っておけば、いずれファーストタウンに被害を及ぼさないとも限らない。
そうなれば、人々は町を捨てなければならない。
そしてカラマーリュは、領地と人々の暮らしを守れぬ無能子爵としての汚名を背負うことになる。
規格外のバケモノという、どうしようもない要因があったとしても、だ。
カラマーリュは頭の良い男だ。
それが、わかっていないわけではないだろう。
それでも彼は、“撤退”の二文字を口に出した。
何故なら結局のところ。
彼は貴族としての恥や外聞などよりも。
命を、大切に思っているから。
「そうだな、義弟殿に、侵入者。お前たちは、すぐにここから立ち去るが良い」
そんなカラマーリュの発言に真っ先に同意したのは、彼らに背中を向けたままのシメガマモであった。
「......『お前たちは』とは、なんだ。お前は、どうする」
「私は戦う。奴は大草原を荒らす。一族の掟に従い、駆除しなければならない」
「バカなことを言うな。死ぬぞ」
「死んでも生きても、変わらない。私は既に掟を破ったが故、祖霊より叱責を受けることが決まっている。ならばせめて、夫のように戦士として戦って死ぬ」
シメガマモは頑なであった。
カラマーリュが何を言おうとも、彼女は考えを変えないだろう。
「『夫のように』、か......」
カラマーリュはシメガマモの背中を、じっと見つめた。
繰り返すが、彼は頭の良い男だ。
事態がここまで進み、彼にはこれまで知らされていなかった真実というものが、はっきりと見えていた。
「つまり、兄さんは......あのユムシに、殺されたのか......」
絞り出された、カラマーリュの声に。
「......そうだ。ワーキテリュは既に私の夫であったので、一族の掟に従った......私だけが、置いていかれてしまった......」
シメガマモは、静かな声で答えた。
筋肉質なその肩は、震えていた。
「............」
カラマーリュは俯き、無言で首を振った。
何故父も、目の前のこの女も、そういう事情を詳しく、自分に伝えなかったのか......今さら言っても仕方のない恨み言ばかりが胸にたまる。
父は、何でも自分で抱えこみすぎる性格をしていた。
大草原に巨大なバケモノが現れたことが民に知られれば、動揺が生まれる。
それを嫌い、その真実は自分の胸の内にのみ、秘めておこうと考えたのだろう。
おそらくカラマーリュにだけは伝えようと考えてはいただろうが、その前に病で倒れてしまった。
シメガマモについては、その行動規範が一族の掟である以上、考えても無駄だ。
ただ......彼女はこの地には、己以外の誰一人として、通す気はなかったのだ。
であるのならば、そもそも事情を説明する必要性を、感じていなかったのかもしれない。
ああ、どいつもこいつも!
カラマーリュは心の中で、悪態をついた。
しかし、それでも。
「......逃げよう、義姉さん」
彼は本当のことを言えば、誰にも死んでほしくないのだ。
今の言葉に、シメガマモは大きく肩を揺らして反応した。
しかし、やはり彼女は頑なだ。
決して振り返らず、首を縦に振らない。
「あれは、倒せない」
首を縦に振らない。
「体表のコドロキゾ鉱石を、全てはがさなければ、倒せない。そんなこと、不可能だ」
首を縦に振らない。
「逃げよう」
首を縦に振らない。
「「「............」」」
重苦しい沈黙が、周囲を包みこんだ。
しかし、その沈黙。
「ああ、あの紫の石、全部はがせば良いんだ?」
突然話に割りこんできた少女の声で、打ち破られた。
皆、一斉に声の方向を振り向くと、そこにいたのはそれまでグランドアーマードユムシを無為にどつき回していた、黒髪黒目の少女だ。
彼女は手ごたえのなさに辟易としたのか、巨大ユムシへの攻撃を一旦とりやめ、いつの間にか皆のいる所に戻ってきていたのだ。
「あ、ああ......しかし、そんなことは......」
そもそも誰だこいつ?
そんな疑問は頭の片隅に追いやりつつ、カラマーリュは否定的な言葉を紡ごうとした。
「できるよ」
しかし、少女は。
旅人エミー・ルーンは。
「私なら、できる」
力強く、はっきりと、そう断言した!
「何故なら、私は」
そして、その根拠となる情報を、開示したのだ!
「メイド見習いを、していたから!」
「「「............はあ?」」」
まあ、全員がその発言には、首を傾げたわけだが。




