497 封じられし者2
「ユギャアアアアーーーーーーッ!!!」
奇怪な咆哮と共に放たれた紫色の光の奔流は、あっという間にカラマーリュたちを飲みこんだ!
そしてそれから、たったの数秒で。
パリンッ!
周囲に甲高い音が響いた。
聖女アドが展開した第一の結界が、破壊された音だ。
......パリン、パリンッ!
次いで、第二、第三の結界が破られる。
その間もグランドアーマードユムシはビームを放出し続けており、その勢いは止まらない!
パリンッ!
第四の結界も、破られた。
こうなってしまえば、後は時間の問題だ。
それからさらに、数秒後。
......パリンッ!
周囲の視界が紫色の激しい光に塗りつぶされる中、第五の結界すらも光の奔流に抗えず、ついには破壊されてしまった。
途端に空中で受け止められていたそのビームは地面へと到達!
草や、大地や......そこにあった全てを焼き尽くし、溶かし尽くした!
ジュウウ......ジジジ......。
グランドアーマードユムシがビームの放出を止めた時、そこに残っていたのはドロドロに溶かされ赤熱した大地である。
ウロチョロして鬱陶しかった小さな生き物は、もはやそこには存在していなかった。
そのことを魔力によって感知したグランドアーマードユムシは、本能に従って彼のやるべきことをすることにした。
それはつまり、この周囲一帯に広がっている、コドロキゾ鉱石の鉱床を貪り尽くすことだ。
彼は、腹ペコなのだ。
思えば、せっかく豊富に魔鉱石が埋まるこの餌場を見つけてやってきたというのに、余計な時間ばかりを食ってしまったものだ。
彼はこれまで、先ほどの連中と同種の小さな生き物によって、身動きを封じられていたのだ。
ごちそうを目の前にして動くことのできない、もどかしさと言ったらない!
しかし、我慢の時も、もうおしまいだ。
思う存分に、ごちそうを楽しもう。
ひとしきり食べて満足したら、口直しにあの小さな生き物を食べに行っても良い。
魔鉱石には劣るが、あれはあれでよいものだ。
グランドアーマードユムシは、以前己を封じた集団のほとんどを食い殺している。
だから、その味を知っていた。
そしてあの生き物の巣がこの近くにあることも、彼は既に感知している。
実に楽しみだ。
まあ、今は。
とにかく、魔鉱石だ。
グランドアーマードユムシはビームを撃った時よりも大きく口を開け、大地へかぶりつこうと、その頭部を下方に向けた。
「【結界・超大槌】」
しかし、その時だった。
何やら声が響いたかと思うと......グランドアーマードユムシは頭部に強い衝撃を感じて、地面へと叩きつけられた!
「ユギ......ギギギ......」
ダメージはない。
しかし驚きと、苛立ちはある。
グランドアーマードユムシはその頭部をゆっくりとめりこんだ地面から引きはがし、声の方向を振り返った。
「あっははは!ごめんあそばせ?」
するとそこにいたのは、仄かに光る空中床の上で、腰に手を当てて煙を吹かす小さな生き物......即ち聖女アドであった!
彼女はビームで全ての結界が打ち破られるその前に、強い光に紛れつつその場から逃げ出していたのだ!
「よっしゃ、良いぞーーーッ!!」
「やっちまえ、姉御ーーーッ!!」
「姉御、恰好良い!お嫁さんにしてーーーッ!!」
「お前ら、アホかッ!こちらに注意が向くだろう!?黙っておけッ!!」
そしてそれは、カラマーリュと三兄弟も同じだ。
彼らは現在グランドアーマードユムシから離れた場所に三兄弟の土魔法で即席の塹壕を掘り、そこに身を隠していた。
「ワタクシ昔から、お茶会での遠回しなお喋りとか、心底嫌いでしてよ。駆け引きなんて気にせず、とっとと要件を済ましたいタイプですの」
さて、【結界・空中床】で宙に浮かびながら、聖女アドはその両手に、仄かに光る光球を作り出した。
先程シメガマモの動きを封じた、【封印球】だ!
「というわけで......これで終わりですわーーーッ!!」
聖女アドは勝ち誇って叫びながら、両手の【封印球】をグランドアーマードユムシに投げつけた。
このバケモノの体躯はあまりにも巨大であり、それが外れるわけもない。
グランドアーマードユムシに直撃した【封印球】はすぐさま光の紐を伸ばし、対象の巨体に絡みついていく。
「それッ!それそれそれーーーッ!!」
しかもその数は、初めの二球だけではない!
聖女アドは次々に【封印球】を作り出してはグランドアーマードユムシに投げつけていく!
あっという間にグランドアーマードユムシの体は光の紐にまみれ、シメガマモの時と同じように、白い繭が形成されていく......。
聖女アドの【封印球】は、グランドアーマードユムシのような巨体を誇る相手とは、すこぶる相性が良いのだ。
故にこの戦い、このまま危うげなく、聖女アドが勝利を飾ることになる。
......かと、思われたが。
「......ユギャアアアアーーーーーーッ!!!」
次の瞬間だった。
グランドアーマードユムシは彼の体にからみつく光の紐を鬱陶しそうに身じろぎすると......奇怪な叫び声をあげ、その全身を紫色に、強く強く発光させた!
つまり、膨大な量の魔力を、一気に放出したのだ!
「は?マジですの?」
その結果として生じた事象を視認して、聖女アドは思わず呆けた声を出した。
グランドアーマードユムシが放った強い光。
それは。
あっという間に、【封印球】より伸びた光の紐を焼き切り、吹き飛ばしてしまった!
「アアアアアアーーーーーーッ!!!」
そしてグランドアーマードユムシは叫び声をあげ続けながら、もたげた頭部を聖女アドに向けてブルブルと小刻みに震えた。
すると、どうだ!
体表から零れ落ちた小さなコドロキゾ鉱石の欠片がフワリ、フワリと浮かびあがり......聖女アドに向かって、マシンガンのように勢いよく、連続して撃ちだされ始めたではないか!
「はああッ!?マジですのーーーッ!?念動力まで使えますの!?【魔鉱石弾】とでも、呼びましょうか......」
聖女アドは冷や汗を流しつつも、冷静に己の前面に【結界・盾】を展開し、【魔鉱石弾】を防いだ。
ダガガガガガッ!!
まるで横殴りの雨のように、【魔鉱石弾】は休むことなく聖女アドの結界を撃ち続ける。
その結果として。
ピシ......ピシピシ......。
そんな音を立てながら、結界にヒビが入り始めた。
「ちッ......」
このまま結界の後ろに引きこもるだけでは、埒があかないし、危険だ。
素早くそう判断した聖女アドは、新たな【結界・盾】を生成して身を守りながら横に向かって走り出し、【魔鉱石弾】の射線から逃れた。
ダガガガガガッ!!
大草原に降り立ち疾走を開始する聖女アド。
そんな彼女の走り去った後に、数瞬遅れて【魔鉱石弾】が着弾し、次々に土煙をあげていく!
(ふむ、走り続ければ、当たらないか)
聖女アドは後ろをちらりと確認して、冷静にそう判断を下そうとした。
しかし、それは誤りだった。
バアンッ!!
そんな轟音、響かせながら。
グランドアーマードユムシはここに来て、特大の【魔鉱石弾】を使い、偏差射撃を行ったのだ!
「ちッ......!!」
進行方向を予測して放たれたその一撃に、聖女アドは対応せざるを得ない。
気づいた時には、もはや着弾間近であったその特大【魔鉱石弾】に対して、聖女アドは足を止めて、とっさに【結界・盾】を三枚分展開した。
パリン、パリン、ガッ!!
聖女アドの上半身ほどの大きさの特大【魔鉱石弾】は、結界を二枚割って、その動きを止めた。
しかし安堵はできない。
聖女アドを追うように射撃されていた【魔鉱石弾】が彼女に追いつき、これまで以上の範囲と密度で、弾丸の雨を降らせ始めたからだ!
ダガガガガガガガガガガガッ!!!
「くッ......!?」
その凄まじい弾幕に、聖女アドは身動きが取れない。
必死に己の前面に【結界・盾】を展開して、それに耐え忍ぶことしかできない。
そんな彼女の抵抗をあざ笑うかのように、グランドアーマードユムシは次なる動きを見せた!
「アアアアアア......!」
彼はその巨大な口内を、強い紫色の光で満たし始めたのだ!
それはつまり......ビーム攻撃の予兆!
「しまった!?」
聖女アドは壁を押すような姿勢で両手を前に出し、結界を維持しながら、慌てて後方を振り向いた。
グランドアーマードユムシ、聖女アド、そして塹壕に隠れるカラマーリュたちは、現在一直線に並んでいた。
即ち。
カラマーリュたちが、ビームの射線上にいる!
「計算づくか、このユムシッ!?」
あまりにも狡猾な巨大環形動物の知性!
聖女アドは顔面を蒼白にして、冷や汗を流した!
「逃げッ......」
逃げろ。
そして聖女アドがそう、忠告を飛ばそうとしたのと。
グランドアーマードユムシの口から、二度目のビームが発射されたのは。
......ほぼ、同時のことだった。
「ユギャアアアアーーーーーーッ!!!」
奇怪な叫び声と共に、聖女アドやその後ろの塹壕に隠れるカラマーリュたちに向かって、極太ビームが飛んでいく。
秒にも満たないはずのビーム到達までの時間を、聖女アドは妙に長く感じた。
幸いなことだ。
そのゆっくりと流れる時間のおかげで聖女アドは、これまでの人生の中でも最速で、とっさに二枚の結界を、追加展開できたのだから。
しかし、たった二枚だけだ。
もともとはっていた一枚を含めると、彼女たちを守る結界は、三枚だけ。
しかも慌てて展開したため、先程ビームを防いだ結界と比べると、その強度は脆い。
パリン......パリン!
故に数秒と持たず、押し寄せる光の奔流によって、二枚の結界は破られてしまった。
そして、残り一枚にも。
ミシリ、と。
ヒビが入り。
今度は聖女アドも、横に逃げ出す余裕はなく。
ただ、護衛対象の無事を祈り。
数瞬でも時を稼ぐため、死を覚悟して、残り一枚の結界に力を注ぎこんだ。
ミシミシミシッ!
しかし無情にも。
結界のヒビは、広がるばかり。
「あああ......」
聖女アドは。
紫色の光の奔流に飲みこまれながら、ただ。
「ああああああーーーーーーッ!!」
ただ......叫んだ。
......しかし!
最後の結界が破壊される、その直前のことだった!
「ユギャアッ!?」
グランドアーマードユムシの、困惑の声と共に。
ビームの向かう先が聖女アドから、上方向にずれたのだ。
そしてそれは、満点の星空......その、低い位置に浮かぶ月の近くにまで飛んで行って、消えた。
「は......?」
一体何が、起きたのか?
痛いほどに脈打つ胸を押さえながら、聖女アドは呆然と、前方を見つめた。
そこにあったのは、異常成長を果たした、植物の蔦だ。
たくさんの蔦が、グランドアーアードユムシの巨体の前方を持ちあげ、拘束しているのだ!
「生き残ったか、侵入者。運の良い奴め」
次いで聖女アドの耳に飛びこんで来たのは、冷たい響きの、女性の声。
もはや聞くことがないはずの、声。
慌てて横を振り向くと、そこにいたのは大鉈を肩に担ぎ、赤茶色の髪を夜風になびかせ近づいてくる、筋骨隆々とした女。
シメガマモだ!
「な、何故......?」
何故、封印が解けている?
何故、私たちを助けた?
聖女アドの口から零れた言葉は、呆然とするあまり端的で短かったが、概ねこのような意味を持っていた。
「......お前を助けたわけではない」
シメガマモは時折ダン、ダンと大地を踏み鳴らしながら、憎々し気に聖女アドを睨みつけ、そう言葉を返した。
「しかし私は、悪魔の力に屈し、取り引きをしたのだ」
そして何やら、訳の分からないことを言った。
「一族の掟を破り、矜持を失うことと引き換えに、私は......」
発言の意味が分からずパチパチと目を瞬かせる聖女アドのことなど気にも留めず、シメガマモは肩に担いだ大鉈を、ゆっくりとグランドアーマードユムシに向け。
「父と母、兄、そして我が夫ワーキテリュの......仇を討つッ!!」
力強く、宣言した!
「そして......」
さらにシメガマモが言葉を続けようとした、ちょうどその時!
「らあああああーーーーーーッ!!!」
そんな叫び声をあげ突風を巻き起こしながら、黒くて小さい何かが聖女アドの傍を通り過ぎて行った!
その黒くて小さい何かは、あっという間にグランドアーマードユムシのもとへとたどり着き、そして!
駆け寄った凄まじい勢いのまま跳ねあがり!
彼の瞳も鼻もないその顔面を、思いきり、殴りつけたではないか!
「ユギャアアアアーーーーーーッ!?」
すると次の瞬間周囲に響きわたったのは、凄まじい衝撃音とブチブチ植物の蔦が千切れる音、そしてこの日初めてあげられた、グランドアーマードユムシの悲鳴だ!
その一撃でグランドアーマードユムシは、魔鉱石を貪り食らい魔力を蓄えることで丸々と肥え太った小山のようなその体を宙に打ちあげられてクルリと半回転し......。
ズ、ズウウウウウン......!
土煙をあげながら、地面へと落下した。
「ユギ、ユギギ......!?」
グランドアーマードユムシは巨大に成長してからは負ったことのないダメージというものを久方ぶりに味わい、怒りと困惑と驚愕と恐怖で感情をグチャグチャにさせながら、体をクネクネと左右に身もだえさせた。
「ふむ」
黒くて小さい何か......風でフードがめくれ、黒髪黒目が露わになった少女エミー・ルーンは、己の本気の一撃で目の前の巨大ユムシが死ななかったことに驚きを感じつつも。
ぐううううう......。
そう、大きな腹の虫を鳴かせつつ、グランドアーマードユムシに対して、静かに拳を構えた。
「............」
そしてシメガマモは、手に持った大鉈をブンブンと振り回してから、エミーの右隣に並び立った。
大きく息を吐いてから、グランドアーマードユムシのことを、じっと睨みつける。
今や彼女の殺意は全て彼に向けられている。
足元の植物が、不自然にゆらゆらと揺らめいた。
「......何が何やら、理解が及びませんが」
そしてタバコをくわえながらエミーの左隣に並び立ったのは、聖女アドだ。
彼女は一度、ふうと細長い煙を吐き出して、携帯灰皿を使ってタバコの火をねじり消しながら、目を細めて右隣の呪い子を盗み見た。
冒険者として数々の脅威と向き合ってきた彼女の本能が、最大級の警鐘を鳴らしている。
こいつはヤバイ、と。
「とりあえず、一時休戦ということで、よろしいですわね?」
しかし聖女アドは逃げだすことなく、一旦謎の少女のことは置いておいて、シメガマモに対してそう問いかけた。
何故なら、詳細はわからないが......シメガマモは、掟だの矜持だのをかなぐり捨てて、前へと進もうとしているからだ。
聖女アドはいつだって、前に進もうとする者の、味方なのだ。
だから相手の瞳を見れば、それくらいのことは、わかるのだ。
故にここで、この女を放ってはおけない。
それが、聖女アドの生き方だ。
「............」
シメガマモは聖女アドの問いかけに対して、無言。
しかし彼女に殺意を向けないことで、その返答とした。
「ユギャッ......ユギャアッ!!」
さて、一方のグランドアーマードユムシであるが。
現在、彼の原始的な心の内は結局、小さいくせに自分を殴り飛ばした生き物への怒りが、そのほとんどを占めていた。
だから彼は戦闘態勢を整えるべく、ドシン、ドシンと跳ねとんで、地響きを鳴らしながら方向転換をし。
「ユギャアアアアーーーーーーッ!!!」
そして、並び立つ三人の女に対して、怒りの咆哮を放った!
大音量と殺意、そして魔力が突風のように吹きつけられ、三人の肌がビリビリと震える!
しかし彼女たちは三者三様の覚悟でもってそれと向かい合い、後ずさる者は一人もいなかった。
それどころか。
「らあああああッ!!」
「うおおおおおッ!!」
「はあああああッ!!」
三人の女は、負けじと声を張りあげながら!
グランドアーマードユムシに向かって、駆け出し始めた!
満点の星空のもと、紫色に照らされた始まりの大草原にて!
......決戦が、始まった!




