496 封じられし者1
さて、少しだけ時間を巻き戻し、視点をもう一方のカラマーリュ率いる調査隊へと移そう。
彼らはシメガマモを下した後はさしたるアクシデントもなく、順調に始まりの大草原の中心部へと向かって歩みを進めていた。
時折休憩をとりながらも、前に進むこと数時間。
徐々に辺りは薄暗くなり始め、沈みゆく太陽に照らされ、周囲の草むらは緑色から橙色へと変じ始めた。
そろそろ本日の移動は切りあげて、急ぎキャンプの準備を行わなければなるまい。
カラマーリュがそう、判断を下そうとした......その時だった。
「ん......?なんだ、ありゃ!?」
調査隊の一行の一人、『チャーキギット地質調査団』から派遣された三兄弟の長男グーギーダンは、沈みゆく夕日の方向を見て、すっとんきょうな声をあげた。
「む!?」
その声に釣られ、カラマーリュも夕日の方向を振り向いた。
するとそこにあったのは、まっ平な大草原に突如として現れた、不自然な小山である。
それが一体なんであるのか......カラマーリュには見当もつかなかったが......。
「ちょうど良い目印だな。良し、本日のキャンプ地点は、あの小山の麓にするか」
彼はそのように方針を決定した。
「了解!」
「合点!」
「承知!」
三兄弟はすぐに承諾の意を返し。
「............」
護衛役の聖女アドは、無言でふうと、長い煙を吐き出した。
特に異議はないようだ。
故に彼らは小山に向かって、進行方向を若干変更した。
......これが、運命の分岐点であった。
◇ ◇ ◇
「おい......おいおい、おい......なんだ、こりゃ......!?」
そして小山へと近づいたカラマーリュたちは、驚きの光景を目の当たりにしたのだ!
小山に近づくにつれ、地表を覆っていた植物の数は減り、徐々に岩が転がり始めたのだが......。
「こ、この、このこの、この色は!」
その岩の色が、問題だった。
夕日の赤色と影の黒でわかりにくくなっているが。
その色は、まず間違いなく紫色。
「コドロキゾ鉱石じゃ、ねえかよおおーーーッ!?」
つまりは、彼らの探し求めた鉱石が、その地点では辺り一面、無造作にたくさん、転がっていたのだ!
経験豊富なグーキーダンもこのような光景は見たことがなく、驚きのあまり思わず絶叫した。
「............」
一方でカラマーリュは、体を震わせながら呆然と立ち竦み、口をパクパクとさせた。
この始まりの大草原には、間違いなく、コドロキゾ鉱石の鉱床が存在している。
そう予測したのは彼自身だが、それにしたって、予想外だったのだ。
こんな、地表に露出した状態で!
さあ、すぐにでも採掘してくれと言わんばかりの状態で!
こんなにも都合よく、お目当ての物が現れるとは!
彼は露ほども、思っていなかったのだ!
「ああ......ああ......!」
カラマーリュは暗雲に閉ざされた領地の未来へ一気に光が差しこんだ心地がして、一人静かに嗚咽を漏らした。
「すげえッ!すげえーーーッ!」
「となると、この小山も!?」
「おおッ!小山も丸ごと、コドロキゾ鉱石だッ!」
涙を流すカラマーリュとは対照的に、三兄弟は大興奮のお祭り騒ぎだ。
小山へと駆け寄って、それがコドロキゾ鉱石の塊であることを確認すると、大笑いしながらそれを覆う植物の蔦を払い始めた。
「もっと美しい紫色、見しとくれよ......【魔スコップスラッシュ】ッ!」
「邪魔な蔦は、とっとと払うに限るぜ......【魔ツルハシボンバー】ッ!」
「うおおおおお......【魔メジャーブンブンブン】ッ!」
次々にご自慢の必殺技を繰り出していく、三兄弟!
蔦に覆われていた小山はみるみる内に禿げあがり、その紫色の輝きを露出し始めた!
しかし。
しかし、だ......。
彼らが歓喜の表情を浮かべていられたのは、ここまでであった。
ズズ、ズ、ズズズズズズ......。
「............あら?」
まず始めに、足元の地面が小刻みに揺れ始めていることを感じとったのは、警戒を怠らず周囲に気を配っていた聖女アドであった。
「ん?」
「地震か?」
「なんだ、この揺れ?」
少し遅れて三兄弟も揺れに気づき、必殺技の手を止めた。
そして困惑の表情を浮かべ、頭をかきながら、お互いの顔を見合った。
すると、次の瞬間だった!
「ユギャアアアアーーーーーーッ!!!」
聞いたこともないような悍ましい叫び声をあげながら、先ほどまで微動だにしなかったはずの“小山”が、急に鎌首をもたげるように動き始めたではないか!
その動きに伴い、“小山”の体表にはりついていたコドロキゾ鉱石の大きな塊が、近くにいた三兄弟の上に降り注ぐ!
「「「うわああああーーーッ!?」」」
絶体絶命!
このままでは彼らは己よりも巨大な鉱石の塊に押しつぶされ、肉片と化すであろうことは間違いがない!
「ちッ......【結界・屋根】!!」
しかし、そうはならなかった。
聖女アドがとっさに、三兄弟の上に結界をはって、彼らへの落石を食い止めたからだ。
「は、ひいッ、ひいッ!」
「かたじけねぇッ!」
「あ、姉御ありがとうッ!ありがとう姉御おおッ!」
三兄弟は転がるようにカラマーリュと聖女アドのもとへと駆け戻ってきて、青い顔で荒い息を吐いた。
「さて......ファースト子爵様?あなた、この......巨大な魔物について、何かご存じでして?」
三兄弟が戻って来たのを確認してから聖女アドは調査隊全員を覆うように結界をはり、後ろに立つカラマーリュへと問いかけた。
「知らない......知らないッ!この始まりの大草原に生息している魔物は、石頭兎か、草原狼くらいだ!こんなバケモノは、知らないッ!」
カラマーリュは顔を真っ青にしながら、眼前の巨大なバケモノを見て、叫んだ。
「しかしッ......!」
しかしカラマーリュは、そのバケモノに見覚えがあった。
それは......先ほどまでは丸まって小山の形をとっていたそれは、今ではすっかり、“見あげるほどに巨大な、太いミミズ”とでも言うべき姿をしていた。
その頭部と思しき前面に瞳はなく、ただぽっかりと大きな口が開き、その内部には無数の尖った歯と深い闇が広がっている。
一方でその体表は、紫色に発光を始めている。
その光はバケモノの体表にはりついたコドロキゾ鉱石を透過して周囲を照らし、昼間と遜色ない程の明るさを確保しているわけだから、かなり強い。
魔鉱石を体表にはりつけた、太いミミズのような、発光する生き物。
この特徴を持った生き物の名前を、カラマーリュは知っていたのだ。
だから彼は、信じられない思いを抱きつつも、その生き物の名を叫んだ!
「これは......アーマードユムシだッ!!」
ユムシ。
それは地球上においては、海の底の泥の中に住まう環形動物だ。
デトリタスを食べて生活しており、紫色に発光はせず、歯も生えておらず、食用になる。
しかしここは異世界アーディストであり、その常識は必ずしも当てはまらない。
アーマードユムシは悠久の時を経て陸上に進出したユムシであり、魔鉱石を主食としている。
彼らはその進化の過程で獲得した硬質な歯で岩盤を噛み砕きながら掘り進み、魔鉱石の欠片を摂取してはそこから魔力を吸収して生きていく......そのような生き物なのだ。
魔鉱石の採掘場におもむけば割と目にする機会の多い生き物であり、魔鉱石の研究者であったカラマーリュにとっては、なじみ深い生き物でもある。
「これが、アーマードユムシだとッ!?バカなッ!!でかすぎだろうッ!?」
だが、今のグーギーダンの言葉からもわかる通り、アーマードユムシとは、普通はもっと小さな生き物だ。
大抵は10センチメートル程の、手のひらで握れるサイズであり、たまに50センチメートルを超える大物が現れると大騒ぎになるのだ。
それが、この目の前のアーマードユムシときたら、どうだ!?
小山のような、見あげるほどのその巨体!
一体どれだけの歳月を生きれば、これほどまでに巨大化するのか!?
「グランドアーマードユムシ......!!」
おそらくアーマードユムシの突然変異体であると思われる巨大なバケモノ。
このバケモノのことを、カラマーリュは気づけばぽつりと、そう呼んでいた。
そしてカラマーリュも、三兄弟も。
彼らはバケモノの巨大さにただただ圧倒され、冷や汗を流しながら、呆然とそれを見あげていた。
「おい、こら、野郎どもッ!ちょっとシャキッとなさってッ!!」
そんな彼らを鋭く叱咤したのは、聖女アドだ!
何故かと言えば彼女はただ一人、冷静にグランドアーマードユムシを観察し続け......攻撃の予兆を掴んでいたからだ。
その攻撃の予兆が何かと言えば、光だ。
突如として、グランドアーマードユムシの体表の発光が薄くなり、逆に口内からは、紫色の強い光があふれ出し始めたのだ!
「間違いなく、何か来ますわよッ!五重に結界をはりますが......各自、身を低くして、衝撃に、備えろッ!!」
聖女アドが早口で注意喚起を行った......ちょうどその、すぐ後のことだ。
「ユギャアアアアーーーーーーッ!!!」
グランドアーマードユムシが、二度目の悍ましい叫び声と共に!
聖女アドたちに向かって!
紫色に光り輝く......極太のビームを発射したのは!!




