495 三人目の女、エミー・ルーン3
「それはもちろん、この大草原を守ることです!」
シメガマモは正座の姿勢となり、胸をはってそう叫んだ。
「危険な魔物を根絶やしにし、外来植物を徹底的に駆除し、禁足地たる中心部への侵入者を排除する!我が一族はこれまで千年の永きにわたり、そうやってこの始まりの大草原の維持管理を行って参りました!」
彼女は必死になって、一族の歴史と使命を訴えた。
たらりと、彼女の頬を汗が伝う。
何せシメガマモにとっては、目の前の少女は得体の知れない上位存在だ。
人の形を模してはいるがその秘めた力は己とは隔絶しており、その思考形態が通常の人間とは異なっているであろうことは、これまでの短いやりとりを通して、十分に理解できた。
現在、目の前の上位存在は概ね己に好意的な対応をとっているが、何をきっかけに不興を買うかわからない。
機嫌を損ねれば、シメガマモなど、容易く屠られてしまうだろう。
「この歴史の重みは私の誇りであり、私の人生の全てです!私は一族最後の女として!そうで、あらねばならない!」
しかしそれでも、上位存在の不興を買う可能性があったとしても、シメガマモはここで、自分の主張を通さなければならなかった。
だから必死になって口を動かした。
緊張で口内が乾き、夢中でしゃべっているから、自分の言葉なのに半分ほど何を言ったか既に覚えていない。
「だからッ......!」
......ここで。
それまで勢いよく言葉を紡ぎ出していたシメガマモの声が、止まった。
口は、何かをしゃべろうと、パクパクと動いているのだが。
何故なら。
彼女はここで、一つ。
嘘を、つこうとしたから。
一族の掟、使命。
そして、シメガマモの、とある想い。
相反する二つの考えがぶつかり合い、その矛盾が混乱を生み出し、彼女の口を一旦止めてしまったのだ。
「......だから、何?」
いつの間にかあぐらを組み、膝に肘をあてて頬杖をつきながら話を聞いていた上位存在は、無感情な瞳をシメガマモに向けながら、冷たい声で先を促した。
シメガマモはその視線に畏れを抱き鳥肌を立てながらも、大きく息を吸って、吐き。
覚悟を決めて。
「......だから、私は、この先に進んで行った侵入者たちを......排除しに行かなければ、ならないのです。“皆殺し”に、しなければならないのです」
そう、少しだけ嘘の混じった言葉を、言った。
「先ほどは不覚をとりましたが、次はそうはいかない。どうか......どうかこの場を、失礼させていただきたく存じます」
そしてそう続け、深々と頭を下げ、土下座の姿勢をとった。
◇ ◇ ◇
橙色に染まっていた始まりの大草原は、いつの間にやら真っ赤である。
太陽がいよいよ、地平線の下に潜ろうとしているのだ。
「............ふーん」
大分薄暗くなってきた中であるが、夜目の良くきくエミーはその薄暗さを特に気にすることなく、じっと土下座するシメガマモを見つめていた。
(何で、嘘をついたんだろう)
そんなことを、思いながら。
人間づきあいの経験が薄く、人の心の機微にそこまで敏くはないエミーではあるが。
一旦口ごもり、盛大に目を泳がせてから発せられた言葉が真実ではないと、見抜く程度の眼力は身に着けていた。
そして早くこの場から解放されたいシメガマモにとっては皮肉なことに、その嘘こそがエミーとオマケ様のさらなる関心を引いた。
故にエミーは沈思黙考を始め、シメガマモは土下座を続けさせられている。
先程の言葉の中には何やら、『皆殺しにする』という、物騒な文章も混じっていたが。
その程度はエミーも良く言ったりやったりしているので、その文章が倫理観の擦り切れた彼女の注意を引くことはなかった。
(何が、嘘なんだろう)
結局彼女たちが気にしているのは、嘘についてである。
(いっそのこと、単刀直入に聞いてみようか)
とも思ったが、言いたくないから嘘をついたのだ。
素直には、真実を話してはくれまい。
......ならば。
「うん......良いよ」
エミーはしばらく考えた上で、そう言った。
「あなたの一族の掟だの使命だの、果たしに行けば良い」
シメガマモはそれを聞いて嬉しそうに、勢いよく顔をあげた。
「ただし」
しかしエミーは、相変わらずの冷たい瞳でシメガマモを見つめながら。
「私も、ついていく」
さらりとそう、言葉をつけ加えたのだ。
「......なりません!!」
その申し出を受けて、シメガマモは憤怒の相を浮かべた。
「いくら力ある方の言葉とはいえ、それは認められない!大草原のこの先には、一族以外、何人たりとも通すわけにはいかない!!」
そして立ちあがり、腰に下げた大鉈に手をかけた。
「......やるの?お前、死ぬよ?」
殺気を放ち戦闘姿勢をとったシメガマモに対して、一方のエミーは頬杖をついたままだ。
シメガマモの力量は、先程の一戦で概ね把握した。
戦えばまず間違いなく、エミーが勝つ。
それは、シメガマモも理解しているはずだ。
それなのに。
「掟を、破るわけにはいかない!!」
シメガマモは引かない。
一切怯むことなく、エミーに対して敵意を向け続ける。
「............」
エミーは、困ってしまった。
シメガマモを殺してしまうのは、簡単だ。
しかしそれでは、彼女が嘘をついて隠そうとした真実が何なのか、明らかにできない。
さて、どうしたものか......。
エミーは小さく、ため息を一つついた。
......すると、その時だった!
「ユギャアアアアーーーーーーッ!!!」
始まりの大草原の......地平線の向こうから。
そんな、得体の知れない......叫び声が、聞こえてきたのは!
「あ......ああッ!なんてことだ......義弟殿ッ!あれを......目覚めさせて、しまったのかッ!?」
その叫び声を聞いた途端、シメガマモがエミーへと向けていた敵意が、霧散した。
彼女はその顔面を蒼白にして、叫び声の方を振り向き、冷や汗を流した。
「『あれ』......?」
『あれ』とは一体、何だろう。
聞こえたのは、叫び声だ。
叫ぶんだから、生き物だろう。
しかも、これだけの大声量。
並みの体躯ではあるまい。
エミーの頭脳が高速回転し。
それは、彼女がこの場においてとりうる最適解を、即座にはじき出した!
「ねえ」
エミーは立ちあがり、トコトコとシメガマモに近づいて行った。
「私も、ついていく」
そして先ほどと同じ言葉を、繰り返した。
「それはッ......!」
それを拒絶する言葉を吐こうとするシメガマモだが。
「この先には、何か、ヤバイのがいるんでしょ?」
エミーはそれを許さず、言葉を続け。
「私が、力を、貸してあげる」
そう、提案した。
「............ダメだッ!!」
しかしその提案を、やはりシメガマモは拒絶した。
始まりの大草原を守るため、一族が守り続けてきた掟。
それを前にしては、シメガマモの命の価値など、塵芥にも等しい。
例え、大草原の奥地に封じられた強大な存在にただ一人、勝ち目のない戦いを挑むことになろうとも。
エミーの提案を受け入れることは、できなかった。
しかし、一瞬、悩んだ。
何故なら、エミーが手を貸してくれれば。
......彼女が真に守りたいものが、守れるかもしれないからだ。
「そう......」
エミーはその、シメガマモの逡巡を、決して見逃さなかった!
これは、あと一押しだぞ!
そう確信したエミーは、肩からニュルニュルと、無数の触手を伸ばした。
それらはエミーの体を伝って彼女の右手へと集まり、そこを基点として超巨大な大剣を作り出した。
見上げるほどの、バカげた巨大さの、どす黒い大剣だ。
エミーはその大剣を、無造作に大地へと振りおろした。
ズガアアアアンッ!!
軽く振るわれた、たったその一撃で。
周囲は酷い有様だ。
大地は抉れ、吹き飛ばされ、小さな谷が生まれている。
突然の破壊行為に驚くシメガマモの顔をじっと見つめながら。
エミーは言った。
「言うこと、きかないと......私はこの大草原、滅茶苦茶にする」
と!!
脅迫!
脅迫である!!
「そ、そんなッ......!!」
シメガマモはここにきて、初めて頭を抱えるほどに狼狽えた。
彼女は自分の命にそれほど価値を見出しておらず、端的に言えば『殺すぞ』と脅されても響かない。
しかし、始まりの大草原に対しては、そうではない。
この大草原は、一族が守り続けてきた、大切な土地である。
それを、この得体の知れない少女型の何かは、『逆らえば破壊する』と言っているのだ!
大草原を守るための掟を守るために、大草原を破壊される。
そんなことは、本末転倒である!
「あ、あなたは......悪魔か......」
シメガマモは震えながら、膝をついた。
そしてじっと、目の前の存在を見つめた。
あまりにも巨大すぎて、剣と認識することすら難しいどす黒い大剣を肩に担ぎ。
同じようにどす黒いローブを風にはためかせながら。
そのローブの裾から、正体のわからないどす黒い靄を、放出し続ける。
それは、得体の知れない何かであった。
「で、どうするの?」
得体の知れない何かは、大剣を担いでいない方の手でもって、シメガマモの頭をなでながら、そう問いかけた。
シメガマモは。
彼女はもう、頷き、それの要求を、受け入れる以外のことは、できなかった。
「わかり......ました......」
シメガマモはか細い声で、申し出を受諾した。
その途端、彼女の胸中は、一族の掟を破ってしまった苦しさでいっぱいになった。
しかし、それと同時に。
......これで、己の望みは、叶うかもしれない。
そんな、希望と安堵の心も、芽生えていたのだ。
「それじゃ」
さて、そんなシメガマモの複雑な胸中など気にも留めず。
エミーはデモンストレーションのために作り出した【黒大剣】を瞬時に霧散させると、肩をぐるぐると回して。
「わッ!?」
膝をつき、呆けるシメガマモを無理やり横抱きにした。
そして、叫び声の聞こえた、夕日の沈みゆく地平線の向こうを見つめながら。
口の中にたまったよだれを、ごくりと飲みこみ。
ぐうう、と、腹を鳴らしてから。
「......行くか」
大草原を吹く風よりも速く、走り始めた!




