492 阻む者と進む者3
「た、倒したのか......?」
未だにモコモコと蠢き続ける白い繭に恐る恐る近づきながら、カラマーリュは聖女アドにそう、問いかけた。
聖女アドはくわえていたタバコをつまんで持つと、ふうと一息煙を吐いて。
「ま、その認識で、よろしいかと」
と、言った。
「より正確に言うならば、この女は現在、ワタクシの結界術による封印下にございます。まだ死んではいませんが、この封印はワタクシが解こうとしない限り決して破れませんわ。故に、じきに飢えて死にます。つまりは、ワタクシの勝ちですわ!」
「飢え死に......」
カラマーリュは、続く聖女アドの説明でシメガマモの行く末を聞き、顔をしかめた。
「『かわいそう』とか、ぬるいこと考えてんじゃ、ねえだろうな」
そんなカラマーリュのことを、聖女アドはドスの効いた声で咎めながら、横目で睨みつけた。
「言っておきますが、これがワタクシのできる最善ですわ。スッパリ殺れたらその方がよろしいのでしょうが、このレベルの相手には難しいですわね」
「それほど、シメガマモは強かったか」
「強いし......ちょっとよく、わからないのです」
「わからない?」
聖女アドはそう言って再びタバコを口にくわえながら、シメガマモが包まれた白い繭を難しい顔で睨みつけ、語り始めた。
「......この女、かなり自由自在に植物を操っていましたが......植物を急成長させるというのは、異能としてはかなり高度な魔力操作を必要とすると思うのですわ。魔力を固めて壁を作るだけのワタクシの結界術とは、比べ物にならない程に」
カラマーリュの根は研究者であり、戦闘のことなどは聞いてもわからない。
しかしながら今の発言を聞き、聖女アドが結界術を異能と同列、あるいは同様に捉えていることがわかり、彼は少しだけ驚きを覚えた。
『結界術や治療術は、継承方法が確立された異能の実例である』というのが、大魔導マジュローグが唱えていた説の一つである。
大魔導の言葉はこの後『つまり異能とは技術であり、決して特定の個人に与えられたギフトではない』と続き、聖女組合はこの点に大きく反発していた。
聖女組合の公式見解では、第一類聖女が使う結界術や第二類聖女が使う治療術は、彼女たちの神が選ばれし聖女に与えたもうた恩寵の一つであるからだ。
結界術や治療術は、異能ではない。
それが大抵の聖女たちの言い分であり、彼女たちは決して己の術を異能と並べて語ったりはしない。
つまり聖女アドは、聖女組合の中でもかなり珍しい存在であると言えるだろう。
『そして技術である以上、理論上は、全ての異能は全ての人が習得できる。理を学び、理解し、その結果として用いられる異能......それこそが“魔導”である。魔導を操る人のことを“魔導士”と呼ぶ』。
ちなみに大魔導はさらにこう言葉を続け、研鑽の果てに習得したという【着火】や【集水】といった魔導を、その場にいた人々に披露したという。
......正直ここまでくると、大魔導シンパのカラマーリュであっても、その言葉を鵜呑みにして受け入れて良いものなのかどうか、悩んでしまうところではあった。
“理を学び、理解して異能を操る”なんてこと、カラマーリュのような凡百の人間には、できなかったからだ。
だからこそ大魔導は、大勢の人間に魔導という概念を理解させようと、結界石を始めとした魔道具を作りあげた。
誰しもが使える道具に、彼が習得した魔導という技術を落としこんだ。
しかしそれが故に、大魔導と聖女組合の対立は決定的となり......。
「......ちょっと?ちょっと、聞いてますの?」
さて、聖女アドは、突然己の思考に没入し始めたカラマーリュの顎をくいと掴み、強制的に視線をあわせてから睨みつけた。
「す、すまない」
聖女アドの端正な顔と己の顔の距離があまりに近いことに慌て、カラマーリュはすぐに謝罪した。
「......ま、良いですわ。とにかくワタクシが言いたいことは、あれだけの異能を息をするように使いこなしていたあの女は、異常だということですの。どんなカラクリがあるのかは知りませんが、あのまま戦い続ければ、スタミナ切れで負けていたのはワタクシですわ!だからこそ、ワタクシはあの女を封印いたしました。そうでなければ、負けていたからです!そこには正当性がありますの!おわかり!?」
「わかった......わかったから!もう、顔を近づけるな!タ、タバコ臭いぞ!」
それなのに、聖女アドがとにかくどんどん顔を近づけてまくしたてるものだから、カラマーリュはすっかり気を動転させ、真っ赤な顔で少し乱暴に彼女の両肩を押して突き放した。
「あーーー......ゲフン、とにかく姉御、これであのおっかねぇ女は無力化できた。間違いねぇですな?」
そんな二人のやりとりに遠慮しがちに割りこんで来たのは、腰をさすりながら近づいてきたグーギーダンだ。
彼も、他の二名も大きなケガはないらしく、すっかり平気な顔をして立ちあがり、カラマーリュと聖女アドの様子をうかがっていた。
「それは、間違いないですわ」
「なら、とっとと出発しやしょうぜ、先生ぇ!もう安全だとわかっていても、このシメガマモとかいう女の近くでこれ以上だべってんのは、ごめんだぜ!」
そう言ってグーギーダンは己の両肩に手を当て、わざとらしくブルリと震えてみせた。
「ああ、うむ、その通りだな。時間も惜しい......では出発することにしよう......コドロキゾ・ベルトに、向かって!」
カラマーリュは聖女アドと三兄弟の様子をさっと眺め、異常がないことを確認すると、高らかにそう宣言して、始まりの大草原の奥地へと再び足を進め始めた。
(さらばだ......すまぬな、シメガマモ。恨むなら、私を恨んでくれ......)
これから辛い最後を迎えることになるシメガマモに、心の中でそう、つぶやいてから。
◇ ◇ ◇
白い繭となったシメガマモは、カラマーリュたちが先へと進んだ後も、その場でモコモコと動き続けていた。
しかし、一時間経ち、二時間経ち......太陽がかなり地平線に近い位置まで落ち始めると、疲労が故か、その動きもかなり緩慢なものへと変じていた。
時折モコリと蠢く、大草原に転がる謎の白い物体。
それが現在の、シメガマモであった。
そんな謎の白い物体に、始まりの大草原に多く生息する石頭兎たちは、決して近づこうとはしなかった。
彼らは臆病な生き物なのだ。
得体の知れない物体に近づこうとする勇者など、彼らの中には存在しない。
兎たちは草の影に隠れながら身を寄せ合って、遠巻きに謎の白い物体を眺めていた。
だが、しかし、次の瞬間!
そんな兎たちの、意識外の方向から!
突然、どす黒い触手がもの凄い勢いで襲い来たり、彼らの体をまとめて貫いたではないか!
「ピィッ!?」
「「ピピィッ!?」
突然のことに兎たちは悲鳴をあげるも......その甲高い鳴き声は、長くは続かなかった。
彼らを貫いたどす黒い触手は、ブンと彼らの体を持ちあげたかと思うと、凄まじい勢いで地面へと叩きつけたからだ。
その一撃で石頭兎たちはすっかり生命であることをやめ、お肉になった。
もはやピクリとも動かない。
「............」
そんな兎たちを、無言で眺める存在がいた。
彼らを狩り殺した触手の主だ。
それは、ローブを見にまとった人間の子どもの形をした、何かであった。
そのローブの色は、どす黒い。
それだけではなく、時折錆びたような赤色が浮かんでは消える、不気味な、見ているだけで不安になってくる、不快なローブだった。
そのローブの肩のあたりから、兎たちを殺めた触手が伸びて、クネクネと蠢いているのだ。
「............」
その存在は次に、肩から伸びた触手をシュルシュルと操り、己の目の前へと兎の死骸を運び、それをじっと見つめた。
するとそれらの白い毛並みから幾筋かの細い煙が立ちのぼったかと思うと、兎たちの死骸が突然、炎に包まれたではないか!
触手の主は、雑にこんがりと焼けていく兎肉のことを、生唾をのみこみながら見つめ続ける。
フードをかぶっており、その背に負った夕日により、逆光。
故にそれまで、その何者かの顔はすっかり影で塗りつぶされて真っ黒になっており、覗き見ることはできなかったが。
それがようやく、兎を焼く炎によって明らかになった。
その影の奥に隠されていたのは、少女の顔であった。
絶世の美少女と、そう形容しても過言ではない程に整った、人形のように無表情な、少女の顔であった。
炎に赤く照らされる肌は輝くように白く、その髪と瞳は、炎の赤すらも飲みこみ依然として黒い。
そんな、少女の顔であった。
少女は瞬く間に焼きあがった兎肉に手を伸ばすと、その肉に残る熱などまるで気にせず、腹のあたりに手を突き刺して、雑に内臓をかきだした。
そうしてから彼女は、焦げた皮や骨ごと、兎肉を頭からバリバリと食べ始めた!
その捕食スピードたるや凄まじく、触手に吊るされた兎肉はあっという間に彼女の腹の中へと消えていった。
しかも彼女は兎肉を口の中に頬張りながら、時折足元の草をブチブチと引き抜いては、それもパクパクと食べていた。
つまりは、栄養バランスに、気を配っている!
なんという......知能の高さか!
さて、兎肉を全て平らげると、少女は触手をシュルシュルと引っこめ、そうしてから大草原に転がる“異物”に視線を送った。
その異物とはつまり、モコモコと蠢く白い繭だ。
「............」
少女は。
エミー・ルーンという名前の、少女型の何かは。
じっと、じっとじっと白い繭のことを見つめ。
たらりと、よだれを垂らした。




