490 阻む者と進む者1
翌々日の、早朝。
空は多少白み始めては来たが、始まりの大草原の地平線の向こうから太陽はまだ顔を出さず、あたりは薄暗い。
頭上を見あげれば、星々が宝石のように瞬いている。
そんな、時間帯に。
朝露に濡れる草を蹴りながら、始まりの大草原の中心を目指し、まっすぐに進む一行の姿があった。
始まりの大草原に眠るはずの、コドロキゾ鉱石。
その実在の有無を確かめるべく動き始めた、若き領主カラマーリュ・ヤキ・ファースト子爵が率いる、調査隊だ。
その一行の先頭を行くのは、カラマーリュ。
研究者時代から愛用する様々な調査道具を背に負う大きなリュックにつめて、相変わらずムスッとした表情を浮かべたまま、黙々と歩いている。
本日彼は、かつてフィールドワーク用に活用していた旅装を身にまとっている。
その足運びも実にしっかりとしており、その様はまるで、熟練の旅人だ。
二番手は、白いローブを身にまとった、護衛役の聖女アド・バーンスだ。
この一行の中では一番華奢で体力もないように見える紅一点だが、その実一番の戦闘能力の持ち主である。
昨日の調査団の顔合わせでは、後述する三人組に見た目から侮られてああだこうだ言われたが、即座に叩きのめすことでその実力を示した。
そしてこの二人に続くのが、『チャーキギット地質調査団』から派遣された、三人組である。
彼らはグーギーダン、グーギーデン、グーギードンという名前の三兄弟であり、いずれも背が低く筋骨隆々と、よく似た容姿である。
何よりも金と穴掘りを愛する業突く張り共だが、どんな危険地帯にも臆せずに挑む勇敢さと戦闘能力も併せ持っている。
そしてカラマーリュの、研究者時代からの戦友たちである。
また、昨日圧倒的実力差でもってボコボコにされたので、聖女アドのことを敬い『姉御』と呼び始めた。
さて、そんな彼らの行程は、昼休憩をとった後の一時間程までは、実に順調そのものであった。
何せ始まりの大草原には、数の少ない草原狼の亜種を除けば、魔物は主に石頭兎くらいしか生息していない。
安全なのだ。
そのうえ地表は概ね平坦で、たまに草で足がとられるが、歩きやすい。
故に彼らは半日と少しという短時間で駆け出し冒険者の兎狩り領域を踏破し、侵入を禁じられている始まりの大草原の奥地へと、足を踏み入れようとしていた。
◇ ◇ ◇
「先生ぇ、目的地はまだですかい?平和なのは良いことだが、こうも退屈なピクニックが続くと、眠くなって仕方ねぇや」
『チャーキギット地質調査団』から派遣された三兄弟の長男グーギーダンは大きなあくびをしながら、先頭で立ち止まって地図やらコンパスやら遠方に見えるハイガガダン山脈の山影の形やらを確認するカラマーリュに声をかけた。
「......まだだ。私の予測では、コドロキゾ・ベルトはまだもう少し先だ。もうしばらく、辛抱してもらおうか」
「げーーーっ」
「はいはい」
「わぁーったよー」
地図に目を落としながら不愛想にそう答えるカラマーリュに対し、三兄弟は思い思いにダラダラと返事をした。
カラマーリュと三兄弟は、そういった気安い対応をできるくらいには、親密な間柄である。
「......皆様、もっとしゃんとしてくださいませ。確かに周囲の魔物は弱いですが......いつ襲撃があるか、わからないのですわよ?」
しかし三兄弟の緩んだ様子を、聖女アドは口を尖らせビジネスかわいい表情を浮かべながら、注意した。
襲撃とはもちろん、シメガマモからの襲撃のことである。
あの蛮族の女は、必ず行動を起こす。
その際こちらに油断や慢心があれば、足元をすくわれかねない。
それは、護衛として当然の懸念だ。
「はいッ!わかりやした姉御ッ!」
「オレらも警戒、続けます姉御ッ!」
「すいやせんでした、姉御ッ!」
すると注意を受けた三兄弟は、突然背筋を伸ばしてハキハキとしゃべり始め。
「いざとなりゃ、どんな敵だってオレがこの魔スコップで、ぶっ飛ばしてやるぜ!」
「いやいや、オレがこの魔ツルハシで、ぶっ飛ばしてやるぜ!」
「はたまた、オレがこの魔メジャーで、ぶっ飛ばしてやるぜ!」
それぞれ武器を構えて、きりっとした顔で周囲を警戒し始めた。
「お前らな......」
カラマーリュはその様を、呆れ顔で眺めた。
「おう、てめえら、ふざけてらして?」
聖女アドはビジネス笑顔を浮かべながら、調子に乗った三兄弟の腹を連続で素早く殴った。
すると、その時だった。
「......む!?」
カラマーリュは背後から、ダカダカという何かが駆ける音を聞き取り、慌てて振り向いた。
すると、目に飛びこんで来たのは。
地平線の向こうから、馬ほどの大きさがある草原狼に騎乗してこちらへとまっすぐに駆けてくる、赤茶色の髪の女。
即ち......シメガマモの姿だった!
「来たかッ......!」
カラマーリュはその姿にブルリと体を震わせ、歯を食いしばって冷や汗を流し!
「あっははは!奇襲も何もなし!?随分と......なめくさりやがってますわねぇーーーッ!!」
聖女アドは、獰猛に笑った!
「「「............」」」
三兄弟も無言のまま腹パンダメージから立ち直り、改めて自分の武器を握りしめた。
ダカダカ、ダカダカ、ザザッ!!
シメガマモを乗せた大きな狼は、カラマーリュたちから数メートル程離れた位置に急停止した。
そしてその背からシメガマモが飛び降りたのを確認するやいなや。
「キャインッ!」
そんな、怯えた子犬のような悲鳴をあげてから、大草原のどこかへと走り去っていった。
どうやらあの狼は、シメガマモの忠実な猟犬、というわけではないらしい。
「義弟殿」
さて、そうして五人の前に立ちはだかったシメガマモであるが。
彼女はにこりと微笑んで、じっとカラマーリュの顔を見つめながら、優しい声で言った。
「ここより先は、禁足地。我が一族の掟に従い、一族以外の者を通すわけにはいかないのだ......だから、帰りなさい」
「断る!」
しかしカラマーリュは、そう返答した。
「何故?」
シメガマモは苦笑しながら首を傾げた。
しかし、その優し気な表情とは裏腹に、彼女の全身から放たれる【威圧】は、徐々にその強さを増している。
カラマーリュは思わず膝を屈してしまいたくなる衝動に歯を食いしばりながら抗い、そして叫んだ!
「それが我が民を守るため、必要なことだからだ!」
「我が民を守る、か......」
シメガマモの【威圧】にも屈することなく、そう堂々と言い放ったカラマーリュの姿を見て、シメガマモはまぶしそうに、そしてどこか寂しそうにその瞳を細めながら、つぶやいた。
「我が夫ワーキテリュもまた、同じことを言いながら、死んでいった......」
「何だとッ!?」
その言葉を、カラマーリュは聞き逃さなかった!
兄の死。
その真相を、カラマーリュは知らない。
それを伝えるべき父が、病に倒れてしまったからだ。
「愚兄に手をかけたのは......貴様か、シメガマモッ!!」
しかし、そう考えれば、つじつまがあうのだ!
カラマーリュはこれまで父あてに、始まりの大草原を開発することを、何度も手紙で進言してきた。
父は、決して首を縦に振らなかったが。
......もし兄がその手紙を読んで、何か行動を起こそうと、していたのなら?
この頭のおかしな蛮族と衝突が発生しても、おかしくはない!
そしてこの蛮族とのしがらみに縛りつけられていた父であれば、その真相を隠そうとしただろう!
全てに、納得がいく!
カラマーリュの顔は真っ赤に染まり、握りしめた拳はブルブルと震えた!
しかし、そんなカラマーリュの激しい怒りなど、シメガマモにとってはどこ吹く風だ。
彼女はカラマーリュに対して、こともなげに。
「介錯をしたのは、確かに私だ」
と。
そう、はっきりと、証言をした!
「「「貴様ーーーッ!!!」」」
その言葉を聞いて激昂し絶叫したのはカラマーリュ......ではなく、グーギーダン、グーギーデン、グーギードンの三兄弟であった!
彼らはカラマーリュとつきあいが長く、彼との間に友情を感じている!
そして血の気の多い、荒くれ者だ!
戦友の家族の仇が目の前にいると知れば、じっとなんてしていられなかった!
三兄弟はすぐさま駆け出し、それぞれ魔スコップ、魔ツルハシ、魔メジャーを構えてシメガマモをとり囲むように、必殺のフォーメーションを形成する!
しかし......!
「............」
シメガマモはストンと表情を消し去り、そんな三兄弟を冷たいまなざしで一瞥してから。
一切、慌てることもなく。
「有象無象は死ね」
そう、無感情に一言吐き捨て。
ダン、と。
右足で強く、大地を踏み鳴らした!
「「「!?」」」
すると、次の瞬間!
周囲に生える草が、ざわざわと蠢き......三兄弟の足に、絡みつき始めた!




