489 二人目の女、アド・バーンス2
「な、お、お前ッ......それが、本性かッ!?」
突然、やさぐれた態度をとり始めた、聖女アド!
カラマーリュはそんな彼女に対してどう接して良いかわからず、声を上ずらせながら慄いた!
「まー、ねぇーーー......それだけ敵対的な姿勢、とられちゃあ、ねぇーーー......こっちも取り繕う気が、失せるってもんですわぁー」
そんなカラマーリュに対して、聖女アドはふぅと一息煙を吐いてから、気だるそうにそうつぶやき、そして......。
「ってか、何?びびってんの?」
そう言ってずい、とカラマーリュに顔を近づけて、その眉間に右手人差し指の先をちょんと、突きつけた!
勝気に煌めく青い瞳が、すぐ目の前だ!
肌が......白い!
桃色の唇も艶々だ!
さらりとカラマーリュの頬に触れる薄い金色の髪が、くすぐったい!
だけどタバコ臭い!
「び、びびってなんか、ないやいッ!」
真っ赤な顔で裏返った声を出し、カラマーリュはその背を応接椅子の背もたれにぴっちりとはりつけながら、聖女アドの右手をペチンと払った!
正直言うと......彼はびびっていた!
男所帯の研究室に所属していた彼は女性に対する免疫がなく、こんな至近距離に近づかれたこともなく、さらにこういうやさぐれた感じの女性は彼にとって全くもって未知の存在だからだ!
「あっははは!」
そんなカラマーリュの様子を眺めながら、聖女アドは軽く跳ね、ドスンと音を鳴らして応接椅子に腰を落として、笑い。
「さて、それじゃ、このまま『建設的なお話』、させていただきますわねぇー」
そんなことを、言ったのだ。
「......ゴホン、しかしだな、先程も言っただろう?この町に結界は必要ない」
咳ばらいをして、再度ムスッとした顔を作り直したカラマーリュは、訝し気に聖女アドを睨んだ。
必要のないものを買うだけの余裕は、ファースト家にはない。
「......確かにワタクシ、広域守護結界にも、自信はございますわぁー......小国程度ならばワタクシ一人で守り切れると、断言できるくらいには。何せ、第一級聖女ですもの」
何故だか少し遠い目をしながら、聖女アドは笑った。
それまでの取り繕った笑みではなく、やさぐれた笑みでもなく、まるで自嘲するかのように、ハッと息を吐いて。
「ですが、今回のご提案は、そういうことでは、ないんですの!」
しかし彼女はすぐに、その自嘲を自信満々なニヤニヤ笑いで塗りつぶした!
「その、提案とは?」
いつしか、すっかり話に引きこまれていたカラマーリュは腕を組みながら話の先を促した。
それを受けて聖女アドは、胸元のポケットから二枚のカードを取り出す。
その内一枚は、聖女組合が発行したものだ。
『第一類第一級聖女アド・バーンス』と、書かれている。
このアド・バーンスという女性が、極めて優秀な結界術の使い手であることの、証明である。
そして、もう一枚のカード。
それを見てカラマーリュは驚き、思わず声をあげた!
「なッ......!?」
それは、冒険者ギルドが発行した、冒険者証であった。
そこに書かれている文字は......『第一級冒険者アド・バーンス』!
つまり、このアド・バーンスという女性は!
第一級聖女でありながら......超一流の冒険者も兼ねているのだ!
「おわかりいただけましたか?ワタクシ、町の中のような安全な後方で結界を維持するだけの、弱っちぃ並みの聖女とは違いましてよ!いつだって、どんな敵の前にだって進み出る“戦う聖女”......それがワタクシの、二つ名ですわぁーーーッ!!」
驚き固まるカラマーリュを前に、聖女アドは足を組んでふんぞり返り、高笑いした!
「待て、待て待て待て......なら、お前の提案とは、もしかして......」
「ええ!」
話の展開を察したカラマーリュに対して、聖女アドは今さらながら再び取り繕ったビジネス笑顔を浮かべ、言った!
「ファースト子爵様......ワタクシ、アド・バーンスを......護衛として、雇ってみませんこと?」
「「............」」
両者の間に、沈黙が流れる。
部屋を照らすろうそくの火が踊り、彼らの影がゆらりと動いた。
「この、タイミングで、その申し出か」
深く息を吐いてから、カラマーリュは絞り出すようにして、声を発した。
「ならば......昼間の騒ぎを、見ていたということだな?」
もう、すっかり酔いは覚めていた。
「ええ、たまたま。旅の途中で立ち寄った、店先で」
聖女アドはビジネス笑顔を浮かべたまま、さらりと髪をかきあげた。
「そして失礼ながら、子爵様の置かれている状況、なさろうとしていること、この町の情勢......可能な限り、調べさせていただきましたわ。故に、夜分遅くの訪問となったこと、改めて謝罪申しあげますが、でも......」
そして淀みなくペラペラと言葉を紡ぎ。
「お急ぎで、必要でしょう?......子爵様には、護衛が」
そう断定してから、まっすぐにカラマーリュの瞳を見つめた。
「私は......後には、引けない。ファースト子爵家には、もはや猶予がない」
「はい」
「故に、成し遂げなければならない。コドロキゾ鉱石の採掘事業を、必ずや」
「存じております」
「で、あるならば......必ずや、ぶつかるのだ......シメガマモと」
「でしょうねぇ」
「お前は」
ここで。
ここでカラマーリュは言葉を区切り、ごくりと喉を鳴らして聖女アドを見つめ。
震える声で、尋ねた。
「シメガマモを......倒せるのか......?」
「まず、間違いなく」
聖女アドは、力強く断言した。
「いや......だめだ、だめだ。金が、ないのだ。一級冒険者を雇用するだけの金など、ファースト家には......」
「この町の冒険者ギルドはどうにも信用できませんでしたので、この度はワタクシ、手づから契約書を作成いたしましたわ。御覧になって?」
しかし頭を抱えて俯いてしまったカラマーリュに対して、聖女アドは懐から一枚の紙を取り出し、渡した。
カラマーリュはそれを眺め......驚きのあまり目を見開き、ずり落ちた眼鏡をかきあげ、穴が開く程に契約金の項目を見つめた!
そして勢いよく顔をあげ、叫んだ!
「おい、この契約金はどういうことだ!?あまりにも、安すぎるぞ!?」
「ふふん」
「『ふふん』じゃ、ないぞ!?何故こんなにも、安い!?何が狙いだ!?」
訳がわからずに喚き散らすカラマーリュに対して、聖女アドはタバコの煙をふうと一筋吐き出した後、ビジネス笑顔を浮かべて。
「狙いなど、ありませんわ。困っている方を、放っておかない。それは人として当然のことじゃあ、ありませんこと?」
と、実に聖女然とした、美しい言葉を並べた。
「しかし、相手は超常の力を操る、危険な女だ!」
「はい」
「結局のところ、お前は、ただの通りすがりだろう!?」
「そうですねぇ」
「なのに......何故!?こんなはした金で、自分の身を危険に晒すような真似を......!」
「子爵様」
ここで、聖女アドはずい、と前に身を乗り出して、カラマーリュに顔を近づけ。
しゃべり続けるカラマーリュの唇に、その細く長い右手人差し指を当てた!
こうして顔を近づけられると、視力の低いカラマーリュにも、その美貌がはっきりと良くわかる!
まつ毛が......長い!
瞳だって、零れ落ちそうな程に大きい!
もしドレスを着ていたら、どこかの国の姫かと見まごう程の美しさだ!
だけどタバコ臭い!
「つべこべ、うるせぇ。人の矜持に、口出しすんなや」
そして、時々......すこぶる口が悪い!
聖女アドにドスの効いた声をかけられ、その迫力に思わず呆然とするカラマーリュ。
一方の聖女アドは再び深く応接椅子に腰かけてから、新しいタバコを取り出して、それを吸い始めた。
そして、ふうと煙を吐いてからカラマーリュのことを見つめ。
「なに、心配する必要は、ございません」
大きく口角をあげ。
「ワタクシはいつだって......前に進もうとする者の、味方なのですわ!」
ニヤリと、笑った!




