488 二人目の女、アド・バーンス1
「はああ......」
カラマーリュは再度酒臭いため息をつきながら長くはない廊下をフラフラと歩き、応接室へと向かっていた。
酒のせいで、まっすぐに歩けない。
普段の彼であれば、そんな自分の姿を客人に見せようとは、決して思わないはずだ。
と言うか、夜間にアポもなく突然押しかける見ず知らずの客人など不審者以外の何者でもなく、身の安全を考え、そんな人物とはそもそも会うことを控えようとするだろう。
しかしこの時のカラマーリュは追いつめられ、投げやりになっていたのだ。
自分のことを、どう見られようと構わない。
例え不審者が突然逆上し、ナイフで胸を刺され殺されても構わない。
そう、思ってしまう程には。
「はああ......ちっ......」
応接室の扉の前にたどり着いたカラマーリュはため息をついてから、舌打ちをした。
そうしてからドアノブを掴むと、館中に音が響く程乱暴にその扉を開け放ち、開口一番、苛立ちにまかせて叫んだ!
「おい、誰だ!?聖女を名乗る、不審者ってのは!」
そしてカラマーリュは応接室の中を、じとりと睨みつけた。
すると、応接椅子に腰かけていた女性がカラマーリュの来訪を受けて、音もたてず優雅に立ちあがった。
土に汚れくすんではいるが、一目見て上等とわかる白いローブを見にまとった、華奢な若い女性である。
顔立ちは、非常に整っている。
勝気な青い瞳には知性を感じさせる光が宿り、膝の少し上まで伸びる薄い金色の髪は、夜だと言うのにまるで昼間のように輝いている。
と言うか、この女性自体が輝いている。
これは、光の魔法を使っているためだと、カラマーリュは良く知っていた。
聖女“共”はそうやって神秘性を演出し、自分の売りこみに利用するのだ。
良く、良く......知っていた。
「お初にお目にかかります、ファースト子爵様。この度は夜分、それも急な来訪を快く受け入れてくださり、ありがとう存じます」
女性はローブの裾をつまみ、カーテシーの姿勢をとった。
その粗野な装いに反して、かなり洗練された動きである。
その動きを見るだけで、カラマーリュはこの女性が上流階級と関りのある身分である、あるいは関りのある身分であったのだと看破した。
だからと言って、投げやりな気持ちに浸りきっているカラマーリュは、この女性に丁寧に対応してやろうとは、微塵も思わなかった。
「は!この私の寛大さに、感謝するんだな!」
だからカラマーリュはそう言いながら、頭を下げた女性のことを無視して、自分だけ先に応接椅子に腰かけた。
しかし女性は、そんな彼の無作法に気を悪くした様子も見せず。
「ワタクシ、聖女組合公認の第一類第一級聖女、アド・バーンスと申します」
と、そう自己紹介を続け、にっこりと微笑んだ。
実に、美しい笑顔だった。
「......そうか、私はカラマーリュ・ヤキ・ファーストだ。とりあえず......座れ」
少しだけ毒気を抜かれたカラマーリュは、ムスッとした表情のまま無作法に名を告げて、聖女に着席を促した。
「では、失礼いたしますわ」
聖女は相変わらずニコニコとした笑顔のまま、その無作法に気を悪くした様子も見せず、着席した。
◇ ◇ ◇
「さて、聖女アドとやら。お前が何を目的にこの私に面会を求めたのかは知らんが、初めに言っておく」
両者が着席し、会談が始まった。
椅子に深く腰掛け、腕を組み足を組み、つっけんどんな態度でまず口を開いたのは、カラマーリュだ。
「私は、元はソーマトーコ学院で研究者をしていた」
「はい」
「大魔導学院長先生を、心の底から尊敬している」
「はい」
「故に、聖女は、不倶戴天の敵である。聖女組合など、大嫌いだ」
「............」
そして初っ端から言い放ったのは、聖女に対する拒絶の言葉であった。
この言葉を受け、どれだけぞんざいに扱われても気にせずニコニコと相槌を打っていた聖女アドも、さすがに少し固まり、動きを止めた。
「“大魔導”マジュローグ学院長先生は、素晴らしいお方だ。特級冒険者のお一人として世界を飛び回り、魔物被害に苦しむ数多くの民を貴賤を問わず救うのみならず、各地に私塾を構え民に魔法という戦う術を伝えた」
そんな聖女アドの様子を気にすることなく、カラマーリュは酒に酔った赤い顔のまま、大魔導について語り始めた。
その言葉は、徐々に熱を帯びていく。
「さらにソーマトーコ学院では学院長という立場で学問を志す若者たちを支え、数多くの魔道具を開発し、世の中を豊かにしてきた。偉人中の偉人なのだ!その、先生を、大魔導学院長先生をッ!」
どこか遠くを見ながらここまで早口でまくしたて、ようやく大きく息を吸うと、カラマーリュは再度聖女アドを睨みつけ、言い放った。
「お前たち、聖女組合が......殺した」
「それは、違います」
その物騒な断定に対しては、聖女アドは素早く反論した。
「マジュローグ氏殺害につきましては、マジュローグ氏の部屋にいた女が犯人として捕縛されていると、既に報道されておりますわ。その女は、聖女組合とは何ら関係がないことも、あわせて。そもそもマシュローグ氏の功績については、ワタクシ共聖女組合も認めているところでございます。あれ程の人物に手をかけるなどという愚行、ワタクシ共は決して、いたしませんわ」
微笑みを浮かべたまま、冷静に。
しかしながら力強く。
聖女アドは疑惑を否定した。
「は!どうだか」
それをカラマーリュは、鼻でわらった。
「私はな、結界石の開発に携わっていたんだ。だから、知っているぞ。聖女組合があの素晴らしい魔道具の普及を妨害しようと、何を行ってきたか......そりゃあ、聖女にとってみれば、結界石は自分たちの仕事を奪う邪魔者以外の何者でもないしなぁ?石一つで、誰でも魔物を防ぐ結界がはれるのだ。聖女いらずだものなぁ!はは!」
「......ファースト子爵様」
ここで、聖女アドは口を挟んだ。
そして困り顔で苦笑しながら。
「これ以上は、水かけ論でしかありませんわ......少し、建設的なお話を、させていただいても?」
と、無理やり話を切り替えようとした。
「ふむ?建設的なお話?良いぞ、やってみたまえ。できるものならな!幸いなことに我がファースト子爵領は、“全域魔境”と称される幻想大陸の中にあるにも関わらず、周囲の魔物が弱いのだ!わざわざ聖女様に結界をおはりいただき、お守りいただく必要など、ない程にな!概ね兎しかいないからな!で、ん?何かな?その、建設的な話とは?」
するとすぐにカラマーリュは口を開き、そうやって聖女アドを煽った。
聖女が領主を訪問する。
その目的は、大抵は結界の売りこみだ。
『年間おいくらで、町を守る結界をはりましょう』と、そういう商談をしにくるのだ。
しかしこのファーストタウン、周囲の魔物は弱い。
結界など、必要ないのだ。
「............」
半ば八つ当たり気味に高圧的な態度で言葉を投げつけられ、ついに聖女アドは微笑んだまま固まってしまった。
(あれ、泣いちゃうかな?)
その様子を見てカラマーリュは少し冷静になり、良心が痛み、焦った。
過度のストレスと、飲酒と、聖女嫌いがそのような態度をとらせただけであって、彼は人を虐めて喜ぶ趣味は持ちあわせていないのだ。
「はああーーー......」
そして聖女アドが俯き、深いため息をついたのを聞いて、カラマーリュはさらに焦った。
彼は研究一筋に生きてきた男であり、女性とおつきあいをしたことがないのだ!
女性を泣かせてしまいそうな時、とるべき態度とは!?
カラマーリュは......カラマーリュはそんなこと、研究したこと、なかった!
しかし、次の瞬間!
聖女アドが発したのは、すすり泣く声では、なかった!
「めんッ......どぉうくせぇぇーーー......男ですわぁぁーーー......」
それは、そんな......そんな......それまでの清楚な雰囲気など微塵も感じられぬ、若干ドスの効いた、随分とやさぐれた声であった!
「え、え、え?」
その豹変ぶりについていけず、カラマーリュがカチンコチンに固まっていると、聖女アドは両手を天井に向けて伸びをしてから、だらりと応接椅子に寄りかかった。
そしておもむろにポケットからタバコを取り出し、それをスパスパと......吸い始めた!




