487 ファースト家の事情2
幸い、彼には『どうにかする』ための腹案があった。
何度も父に進言を続けていた、始まりの大草原の開発が、それだ。
つまり、コドロキゾ鉱石の採掘事業を開始するのだ。
カラマーリュは研究者時代の伝手をたどり、すぐさま採掘業者にわたりをつけた。
話はとんとん拍子に進んだ。
鉱床の有無を確定させるための最終調査だって、もうすぐにでも始められるのだ。
しかし。
しかし!
......あのシメガマモという女が、障害となった!
始まりは、父の葬儀の時だ。
弔問客として訪れたシメガマモは、恰好こそ蛮族めいており浮いていたが、実に普通の対応をしていた。
もともとカラマーリュは、彼女のことを幼少期から知っていた。
大草原に代々住まう一族の娘であり、何やら独特な掟に従って生きている。
彼女と仲良く遊んでいた兄とは違い、その程度の薄い知識しか持ちあわせていなかったが、とにかく『この女性は、ご近所さんである』くらいの認識を持っていた。
だから会話を続ける中で、ぽろりと。
カラマーリュは始まりの大草原の開発について、シメガマモに対しても伝えたのだ。
その瞬間だ。
シメガマモの放つ雰囲気が、実に剣呑なものに変わったのは。
彼女の放つ【威圧】のせいで葬儀会場は一瞬で静寂に包まれ、気の弱い人間は皆一様に腰を抜かした。
カラマーリュも訳がわからず目を点にして、口をパクパクした。
そんな彼に対して、すぐに【威圧】を引っこめて優し気な微笑みを浮かべたシメガマモは、今日の昼も言っていたあの言葉を告げた。
『始まりの大草原を“荒らす”のは、やめなさい』、と。
そしてさらには、『自分はあなたの兄、ワーキテリュの妻であり、あなたの家族である。家族の言うことは、聞くものだ』と、これまた寝耳に水の言葉を続けた。
そんな話、カラマーリュは一切聞いたことがなかった!
父からの手紙にも書かれていなかったし、国への届け出もなかったはずだ!
周囲の弔問客の様子を見ると、“兄とこの女が仲良くしていた事実”は確かにあったようなのだが、法的には兄とシメガマモは夫婦でもなんでもないのだ。
そのことを告げても、シメガマモは『一族の掟では、既にワーキテリュは夫』と言い張る。
『一族の掟』とかいう、訳のわからぬ理屈を振りかざし、カラマーリュの行動を押さえつけようとしてくる!
カラマーリュは、我慢がならなかった。
いきなり、家族顔をして!
訳のわからぬ理屈を、押しつけてくる!
ファースト子爵領の危機的な経営状況など、何もわからないくせに!
始まりの大草原の開発は、この地域を救う唯一と言っても良い手段であると言うのに!
だからカラマーリュは激昂して、シメガマモに叫んだ。
お前など、家族ではないと。
始まりの大草原の開発は、必ずや成し遂げると。
シメガマモは困った顔で苦笑しながら、静かに言った。
それは認められないと。
その葬儀が終わってからも、この平行線の言いあいは続いた。
シメガマモはカラマーリュの行く先々にふらりと現れては、始まりの大草原に手を出さないようにしつこく言い続けた。
カラマーリュは、その言葉の全てを無視した。
蛮族の戯言など、聞いている時間も惜しかった。
そんな中で。
言うことを聞かないカラマーリュに対して、ついにシメガマモは実力行使に及んだ。
それが、本日の日中に起こった、護衛冒険者の殺害事件だ。
「............くッ!」
その時の情景を思い出し、カラマーリュはぶるりと体を震わせてから、酒を煽った。
シメガマモの使った、超常の力が、恐ろしい。
そして何より、人を二人殺しておいて、顔色一つ変えないその精神性が、恐ろしい。
つまりは、あの蛮族はこれまでも、『一族の掟』にそぐわぬ人物のことを、人知れず消し続けてきたのであろう。
あまりにも、人殺しに慣れ過ぎていた。
そしておそらく、父も兄も、代々のファースト家当主も、あの一族のそういったふるまいを許容し続けてきた。
......ファーストタウンの住民もだ。
町出身の衛兵たちの反応を見ていれば、それが良くわかる。
彼らは、目の前で明らかな不法行為が行われているにも関わらず、ただ震え、シメガマモに対して命乞いをした。
彼女を捕縛しようという、ポーズすらもとらなかった。
つまり住民にとって、シメガマモの一族の掟は領法よりも国法よりも優先されるべきものであり、実質的に彼らが従っているのはファースト家ではなくシメガマモの一族なのだ。
幼い頃からこの土地を離れていたカラマーリュは、ようやくこの時に至り、その事実に気づいたのだった。
「はあ......はあああああ............」
カラマーリュはすっかり意気消沈し、二度酒臭いため息をついてから、執務椅子にだらりと寄りかかった。
シメガマモの要求をのむわけにはいかない。
従来通り、前例踏襲の統治を行えば、待っているのはおそらく破滅だ。
国王も代替わりし、今代の若き王は清廉潔白を好む人物だと聞く。
女性を生贄に捧げるこれまでのやり方は、カラマーリュもやりたくはないし、そもそも通用もしないと思われる。
かと言って開発を強行すれば、完全にシメガマモと敵対する。
今日殺された二人の冒険者は、どちらも第三等級の実力者だ。
そんな二人を容易く殺してしまう女に対して、どのような対抗手段をとれば良いのか?
もっとたくさん、護衛を雇う?
それもだめだ。
そんな金はない。
そもそも冒険者ギルドが、カラマーリュの味方になる保証すらない......。
「くそ......くそ......」
カラマーリュはもぞもぞと椅子の背もたれから体を引きはがし、空になったグラスに酒をつごうと、酒瓶に手を伸ばした。
しかしその酒瓶、妙に軽い。
振っても、ぴちゃりとも鳴らぬ。
空っぽだ。
「あああッ!くそおッ!!」
カラマーリュは苛立ちにまかせて空瓶を放り投げた。
空瓶は石壁にぶつかると、パシャンと甲高い音を鳴らして割れた。
すると......その時だ。
コン、コン、コン、と。
執務室の扉を、誰かがノックした。
そしてカラマーリュが返事をすることを待たず、無作法に扉を開けたのは、ファースト家に仕える老家令だ。
「坊ちゃま、その......お客様が、見えています」
老家令はおどおどしながら遠慮がちに、そう告げた。
「はあ!?一体、今が何時だと思っている!?......お帰りいただけ!」
カラマーリュはイライラと声を尖らせ、赤い顔でそう言い放った。
しかし、老家令は。
「ですが、その......もう、応接室に、お通ししてしまいまして......」
と、困ったようにそう言って、ポリポリと頭をかいた。
「はあああああ......」
カラマーリュは頭をかきむしりながらため息をつき、重い腰をあげた。
この田舎町の人間には、常識を説いても通用しないのだ。
そんなことを考えながら、諦め顔で立ちあがった。
「で?そのお客様とは、一体誰だ?」
「その......知らない女性の方、なのですが......」
「何でこんな真夜中にやって来た見ず知らずの女を、応接室まで通しちゃうんだよッ!?」
「で、でも、名前はお聞きしました!」
「当たり前だッ!!で、その女は、どこのどいつだ!?名前は!?」
そしてイライラしながら髪に櫛を通し、服装を整えるカラマーリュに対し、老家令は恐縮した様子で、来訪者の名前を告げた。
「......聖女アド・バーンスと、名乗っておいででした」




