486 ファースト家の事情1
「............くそッ!」
その日の夜。
カラマーリュは真っ赤に目を腫らしながら、己の執務室にて安酒を煽っていた。
広さだけは十分にあるが、必要最低限の素朴な机や椅子が置かれているだけの、質素な執務室だ。
その室内を照らすのは、小さなろうそくが一本だけ。
魔灯などの便利な文明の利器は、この田舎町には存在しない。
故にこそこのファーストタウン、夜になれば家々から漏れる明かりはごく少なく、見上げればそこには、零れ落ちそうな程に見事な星空が広がる。
しかしカラマーリュ......この若き領主にとっては、星空の輝きなどは何の意味も持たない。
必要なのは、金貨の輝きである。
「金稼ぎの算段なら、ある......準備だって、もう既に、最終段階に入っていると言うのに......」
すっかり酔いが回り、ぶつぶつと独り言をつぶやいたカラマーリュは、じっと壁にはられた地図を見つめた。
それは始まりの大草原......そしてその周辺を図示した地図だ。
大草原のすぐ南側を走る太い線は、イガモテナート大河。
そして北側に伸びるのは、ハイガガダン山脈であり......その山脈から始まりの大草原にかけて、地図の上にはベルト状に色が塗られている。
「間違い、ないんだ......間違いなく始まりの大草原には、コドロキゾ鉱石の鉱床が広がっているんだ......それも、かなり地表に近い深さに......」
そう、地図上の、色分けされた部分。
それこそは、カラマーリュがこれまで彼の人生をかけて割り出した、コドロキゾ鉱石の鉱床の分布予想図なのだ。
コドロキゾ鉱石とは魔鉱石の一種であり、大魔導が開発した“結界石”の製造には欠かせない材料の内の一つであり、つまりはこれからも、確実に需要が伸び続けることが素人であっても予想できる、宝石のように価値のある石だ。
幼少の頃、カラマーリュは大草原で遊んでいた時、紫色に光る不思議な石を拾ったのだ。
彼の父はそれを『稀に大草原に転がっている、ただの石だ』と気にも留めなかったが、カラマーリュはどうしても、その不思議な石のことが気になって仕方がなかった。
その石こそが実はコドロキゾ鉱石の欠片であり、その欠片との出会いが、彼が魔鉱石の研究者の道を志すきっかけとなったのだ。
......そう、カラマーリュは、現在は不本意ながらファースト子爵領の領主におさまっているが、もともとはソーマトーコ学院に所属する、研究員であったのだ。
その活動の原動力は、故郷への思い。
主要な産業もなく、田舎で田舎でしょうがないファーストタウンの人々の暮らしを、もっともっとましな物にしたい。
そういう思いで、彼は研究を続けてきた。
その結果として、彼はかなりの確率で、始まりの大草原にはコドロキゾ鉱石の鉱床が眠っていることを、突き止めたのだ。
始まりの大草原の北側に伸びるハイガガダン山脈ではもともと、コドロキゾ鉱石が採掘されてきた。
その山脈に沿うようにして線を描くと、その線は始まりの大草原に突き当たる。
コドロキゾ・ベルト。
カラマーリュはそう名づけたが、とにかくコドロキゾ鉱石の鉱床はハイガガダン山脈沿いにベルト状に分布しており、始まりの大草原はその条件に当てはまる。
さらには、始まりの大草原に生息する石頭兎の鉢金の成分を分析したところ、そこには微量ながらコドロキゾ鉱石が含まれていることが、明らかになった!
これはつまり、これらの兎が鉢金作りのために普段摂取する大草原の土にはコドロキゾ鉱石が含まれているのだという事実の証左に他ならない!
さらには、カラマーリュ自身が幼少期に拾った、コドロキゾ鉱石の欠片の存在。
これら数々の証拠が、始まりの大草原の地下にはコドロキゾ鉱石の鉱床が広がっているというカラマーリュの自説を、強力に裏付けていた!
その事実が判明した時には、彼の父も兄も存命であった。
だからカラマーリュは喜び勇んで文をしたため、父に始まりの大草原の開発を進言した。
何度も。
何度も何度も。
しかし。
父からの答えは、いつも『否』であった。
父はコドロキゾ鉱石の採掘事業を、決して進めようとは、しなかった......。
そうこうしている内に、嫡男であった兄が死んだ。
何があったのか詳しいことは聞いていないが、兄ワーキテリュはカラマーリュとは違って武人然とした体力のある人物であり、病で死んだとは考えられない。
『詳細は、お前がこちらについてから話す』と、父は手紙に、そう記していた。
しかしその父も、カラマーリュがソーマトーコ学院の研究員を辞職し、辺境たるファースト子爵領までの遠路(国をいくつも跨ぐ、大移動なのだ)を進んでいる間に、突然の心臓の病で倒れてしまった。
帰郷してまず始めにやらねばならぬことが父の葬儀だったのだから、カラマーリュは悲嘆にくれ、同時に困惑したものだ。
......さらなる困惑は、ファースト子爵領の経営状況を確認したその時に、襲いかかって来たわけだが。
◇ ◇ ◇
この、ファースト子爵領。
端的に言って、火の車なのだ。
すこぶる経営状況が悪い。
実は何代も前から、国への納税も滞りがちである。
正直、いつとり潰されてもおかしくはない状況であった。
かつて幼きカラマーリュがソーマトーコ学院に入学する時、父は入学金も授業料も、びた一文として支払わなかった。
学院への旅費すらも、必要額の三分の一しか出してくれなかった。
だから彼は勉学に励むためにも、人並みならぬ努力を必要としたわけだが。
当時それは学問への理解のなさが為の浅慮と、カラマーリュは憤慨していたのだが......そういう話では、なかったのだ。
そもそも金が、なかったのだ。
幼きカラマーリュが想像していた、よりも。
父は金を払いたくとも、払えなかったのだ。
さて、それではこんな状況で、何故ファースト家は存続しているのか?
国からの査察官は送られてこなかったのか?
父の喪が明けてすぐに帳簿を確認し愕然としていたカラマーリュは、純粋な疑問を抱き、古くから家に仕える老いた家令に質問した。
『もちろん、何度もいらっしゃっています』というのが、その家令の答えだ。
では何故、ファースト家は未だ存続しているのか?
何故、潰されていないのか?
その問いかけには、『査察官様に、ご満足いただいたからです』と、家令は答えた。
『ご満足いただいた』とは?
賄賂を贈ろうにも、金はない。
誇るべき美食もない。
どう、接待した?
そう問いかけると、家令は目をそらした。
............女か。
さらにそう問いかけると、家令は無言のまま、静かにその瞳を潤ませ、そして閉じた。
......ファーストタウンは、田舎町だ。
娼館など、ありはしない。
つまり、査察官様にご満足いただくため。
供された女とは。
町の。
「ああああああーーーッ!!」
その事実を知った時ほど、カラマーリュが父に、兄に、代々のファースト家当主に、そして学院で呑気に毎日を過ごしてきた自分自身に、怒り狂ったことはなかった。
そして......どうにかしなければ、と。
この時心の底から、彼はそう、決意したのだった。




