485 一人目の女、シメガマモ2
一触即発。
長閑な田舎町のメインストリートに、不穏な緊張感が漂う。
カラマーリュはシメガマモに対する敵意を全く隠そうとはせず、冒険者の護衛二名は臨戦態勢を解かない。
危険な臭いをかぎとり、通りにいた数少ない住民はそそくさと家の中に隠れた。
本来真っ先にカラマーリュを守るべき衛兵三名は、おどおどしながら、カラマーリュから距離をとり始めた。
「クク、『蛮族』か。兄上の妻に対して、酷い言いぐさではないか、義弟殿?」
しかしながら、そのピリピリとした空気の中、シメガマモだけは泰然とした姿勢を崩さず、静かに笑った。
「誰が、妻だ!?我が国の法は、貴様と愚兄の結婚を、認めてはいない!」
「しかし我らが一族の掟では、私と我が夫ワーキテリュは既に夫婦である。残念ながら子を孕む前に、彼は逝ってしまったが......」
「訳のわからないことを、言うな!何が一族の掟だ!」
「クク、そうよな......もはや我らが一族、残るは私一人。そんな状況で何が掟かと......私とて、思わぬではない」
激昂して喚き散らすカラマーリュと、そんな彼の怒りをまるで気にしないシメガマモ。
噛みあわない二人の会話は、彼らと護衛以外に人のいない、無風の通りに良く響いた。
「しかしながら、私は最後のシメガマモとして......掟に従い、生きることに決めているのだ......故にだ、義弟殿」
ここで、シメガマモはそれまで何を言われても浮かべていた微笑みを、消し去った。
そしてまっすぐな瞳でカラマーリュのことを見つめ、まるでわがままな子どもを教え諭す母のような優しい声で、はっきりと言った。
「始まりの大草原を“荒らす”のは、やめなさい」
......と。
青空の下、ここで風がぴゅうと、通り過ぎて行った。
二人の雰囲気にそぐわぬ、大草原から運ばれてきた青い香りを多分に含んだ涼やかなその風が、カラマーリュのコートやシメガマモの赤茶色の髪を揺らす。
しばし、沈黙が流れる。
「......はッ!政のことなど何もわからぬ野蛮な女が、何を言う!」
そしてその沈黙を破り、次に言葉を発したのは、カラマーリュだ。
「知っているか!?知るまいな!......我がファースト子爵領が、どれだけ田舎田舎と蔑まれているのかということを!我らは......変わらなければ、ならないのだ!何百年、停滞を続けてきた!?変革が必要なのだよ!」
カラマーリュは顔を真っ赤に染め、体を震わせながら絶叫した!
唾を飛ばしながら、感情の赴くままに言葉を吐き出し続ける!
「それを、貴様ら蛮族は......掟だなんだと、邪魔ばかりして!良いか、痛い目を見たくなかったら......」
「義弟殿」
そんなカラマーリュの怒りの言葉を。
シメガマモは眉尻を下げ、困ったように苦笑しながら。
良く通る、その一声で止めた。
そして左腕を、まっすぐ前に伸ばした。
すると、彼女の左腕に巻きついていた、植物の蔦が......急速に伸び始め、瞬く間にカラマーリュの護衛をしていた冒険者の内の一人に、絡みついた!
「なッ!?」
突然のことに冒険者は、なす術がない!
そして次に、ぐい、と、信じられない程の怪力で引っ張られたその冒険者は、飛ぶようにシメガマモの方へと引き寄せられていき......!
「ぎゃあああああッ!?」
彼女の大鉈によって、まるで草の葉のように......容易く真っ二つに、分かたれてしまった!
「あ、相棒ッ!?」
もう一人の冒険者は驚愕と悲しみのこもった悲鳴をあげるが、彼は呆然と立ち竦んでいないで、何らかの行動を起こすべきであった。
何故ならシメガマモの蔦は、次の瞬間には彼にもすっかり絡みついていたからだ!
「う、うひゃあッ!?」
そして彼もまた、情けない悲鳴をあげながらシメガマモの方へと引き寄せられ、そして真っ二つに斬られた!
二人の冒険者の遺体の切断面から、血があふれ出していく。
すると驚くべきことに、通りに広がった血だまりは、その端の部分から中心に向かって、瞬く間に緑色の苔へと変じていった。
4つに分断された遺体も、すぐに苔の塊となって、さらにそこから草が伸び始め......小さな茂みへと、その姿を変えた。
惨劇の跡は、すぐさまに、長閑な草むらになってしまったのだ。
「............!!」
カラマーリュは突然の凶行、そして超常の現象を見せつけられ、顔を青くした。
彼は必死で歯を食いしばり、悲鳴はあげなかった。
「ひ、ひいいッ!」
「お助けください!お助けください、シメガマモ様ああッ!」
「シメガマモ様ああッ!」
残る衛兵の三人は震えながら土下座のような姿勢をとり、地面に額をこすりつけながら、必死で命乞いをした。
「義弟殿、私は本当は、こんなことをしたくはないのだ」
そんな男たちの様子を眺めながら、シメガマモは優しく、カラマーリュに語りかけた。
「しかし、掟があるのだ。掟を破ろうとする者に、容赦はならぬのだ......それが例え、義弟殿であったとしても、だ」
微笑みながら、優しく優しく、語りかけた。
「始まりの大草原を“荒らす”のは、やめなさい」
そして最後にもう一度、そう念押しをして。
シメガマモは踵を返し、建物の影の奥へと、姿を消した。
◇ ◇ ◇
「......は、はぁッ!......はぁ、はぁ、はぁ......!」
シメガマモが去り、数秒経ってから。
カラマーリュは忘れていた呼吸を再開し、荒く息を吐いた。
「トマンドン......ジェミゾーグ......」
そして服が汚れることも厭わずに、地面に膝をつけ、草むらへと変じてしまった二人の冒険者の名前を呼んだ。
彼らは、カラマーリュとつきあいの長い、信頼のおける二人だった。
カラマーリュがかつて研究者としてフィールドワークに出かける時は、いつだって彼らに護衛を依頼していた。
真面目で、気の良い奴らだった。
それなのに......!
「............」
カラマーリュは顔をあげ、シメガマモが去って行った方向を、じっと睨みつけた。
じっと、じっと......睨み続けて、いた。
そして、そんな彼の後ろ姿を。
通りに面する商店の入口から見つめる、青い瞳があった。
彼はその時点では。
そのことに気づいては、いなかった。




