483 【アーディスト随想】始まりの大草原
第22章、始まります!
よろしくお願い申しあげます。
『始まりの大草原』
幻想大陸東部に広がるエセレム大霧海。
そこからしばらく北上すると、そこには大草原が広がっている。
全方位見渡す限り緑が広がる、常春の大草原だ。
この大草原に生息している主な魔物は、石頭兎。
草の他にも土を食べてその成分を抽出し、額の部分に鉢金のような部位を形成する、兎の魔物だ。
その硬い額で頭突きをされると、常人であれば骨折は免れまい。
しかしながらその性質は臆病で、端的に言えば......そう、弱い。
駆け出しの冒険者が、苦も無く狩れてしまう程の強さだ。
その他にも、この地には草原狼の亜種が生息しているが、どういうわけかその数は少ない。
温暖な気候。
弱い魔物。
となると、この大草原。
幻想大陸有数の大耕作地へと変じても、おかしくはないように感じる。
それなのに、そうなってはいない。
未だ手つかずの、大草原のままである。
それは何故かと言えば答えは簡単で、この大草原の地表近くには硬い岩盤が広がっており、耕作に不向きなのだ。
少数のメケナーが放牧されているが、大都市から距離が離れているという地理的要因から、それほど大規模な畜産業は行われていない。
つまりは、この辺り、田舎である。
心底長閑な、田舎である。
しかし、ただの田舎ではない。
世界中の多くの人間が、この大草原のことを知っているのだ。
何故かと言えば、それは。
この大草原は。
歴史に名を残す、数多くの高名な冒険者の、冒険譚の出発地点となってきたからだ。
◇ ◇ ◇
この大草原から物語が始まった冒険者の中でも、まず一番に名をあげるべき人物と言えば、やはり“大剣のケンタロ”であろう。
巨大な大剣を軽々と振り回し竜の群れすら容易く狩ったとされる特級冒険者である彼は、数々の冒険を経て、多くの美姫を妻として迎え入れ、最後には一国の王となった。
まさに、多くの冒険者が夢見る立身出世を地で行く人生を送った、伝説的な人物である。
彼は、この大草原に接する町で冒険者登録をしたことを皮切りに歴史の表舞台に姿を現し、数々の伝説を打ち立てていくのだ。
そして、かの高名な“賢者ソーマトーコ”の名を確認できる最も古い公的な記録も、この地における冒険者登録の記録なのだ。
ケンタロに負けず劣らずの大冒険を繰り広げた彼女は、後年にはソーマトーコ学院を設立した偉大な教育者としても、この世界に名を残している。
この他にも、数多くの高名な冒険者が、この大草原にふらりと現れ、そして世界へと旅立っていった。
故に、いつしかこの大草原は、冒険譚の始まる地......即ち『始まりの大草原』と呼ばれるようになった......と、言うわけだ。
ちなみに、それにあやかろうとしてか、ケンタロやソーマトーコが冒険者登録をした大草原に接する田舎町は、いつしか“始まりの町『ファーストタウン』”と名前を変えている。
しかし名前を変えても、住民や観光客が増えたりしたわけでは、ないようだ。
ファーストタウンは今も昔も、良くも悪くも長閑な田舎町である。
◇ ◇ ◇
さて。
ケンタロにしてもソーマトーコにしても......始まりの大草原に“現れる”冒険者たちには、一つの共通点がある。
それは、“冒険者登録以前の経歴が、はっきりとしない”ということだ。
いや......そういう冒険者は、もちろん他にも多い。
冒険者という職業は、食い詰めた者のセーフティネットという側面も、少なからず持ちあわせている。
なろうと思えば大抵の場合なれてしまうのが冒険者であり、当然その冒険者の中には、過去を明かしたくない人物も含まれるだろう。
しかし。
ケンタロたちは、脛に傷のある過去を探られたくない身分の人間......というわけでは、なさそうなのだ。
どうやら彼らは、もとは戦いを知らぬ一般人で、遠い遠い豊かな国に住んでいたらしい。
彼らは寂しそうな笑みを浮かべながら......時折そういったことを、ぼそりとつぶやいていたらしいのだ。
これは一体、どういうことであろうか?
何故、遠い遠い豊かな国に住んでいた人間が、突然『始まりの大草原』に、姿を現すのか?
ここから先は、完全なる推測を書き連ねるが。
『始まりの大草原』の、どこか奥地には。
......その、遠い遠い豊かな国へと繋がる、転移魔方陣的な何かが、存在しているのではないだろうか。
それも、おそらく一方通行の。
ケンタロたちは何らかの理由でその地へと運ばれてしまった、転移事故の被害者なのではないだろうか。
遠い遠い豊かな国。
実に、実に......興味深いではないか。
狂おしい程に。
その国のことを考えると、私は......胸が張り裂けそうな気持ちになるのだ。
思いが募り、涙があふれるのだ。
......失礼、話が脱線した。
話を戻すが、この“『始まりの大草原』のどこか奥地に、転移魔方陣のような、隠されし何かが存在している”という、推測。
これは何も、私独自の突飛な発想ではない。
これまでも何人もの冒険家が同様の思いを抱き、探求のため大草原奥地へと足を進めようとした。
しかし残念なことに、この大草原、奥地への侵入は禁じられているのだ。
故に、そこに、一体何があるのか?
それは、明らかになっていない。
もちろんこれまで、禁を破り奥地へと進んだ者だって、いたことはいたらしい。
しかし、彼らはその地の情報を、我々に伝えることはなかった。
誰一人として、帰って来なかったのだから。
◇ ◇ ◇
常春の大草原。
長閑な田舎。
そんな、穏やかな『始まりの大草原』も。
一皮むけばこの通り、謎と危険に満ちている。
(ライテン・リーブス著『アーディスト随想』より抜粋)




