482 【神々のお話21】界傷
オマケその2です。
......リーーーンッ!
ヒカリが刀を鞘におさめると、夕日に染まる黄色のアーケード街に、まるで鈴の音のような......不思議な鍔鳴りが響いた。
そしてその数秒後、その刀は鞘と共にいくつかの光の玉へと変じ、ヒカリの右手の中に吸いこまれるように消えてしまった。
この刀は妖魔を滅するため、鍛冶神が手ずから打ちあげた神器なのだ。
......借り物では、あるが。
「ふう」
ヒカリは短く息を吐き、カツリとヒールを響かせながらその場から立ち去ろうとしたが......不意に足を止めた。
「あ」
そして思わず声をもらし、眉尻を下げた。
何故なら彼女の目に飛びこんで来た、『鈴堂精肉店』は。
偶然にも。
短い間だったとは言え、彼女のクラスメートであった鈴堂翔太の、実家であったからだ。
「はあ......」
気持ちの奥底に抑えこみ、無視をしていた気持ちがぶり返してきて......ヒカリの口からため息があふれ出した。
彼女のクラスメートたち、29名は。
彼女が人をやめ、妖魔と戦い始めてから程なくして。
とある爆発事件によって、全員がその命を奪われた。
爆弾を、教室に持ちこんだ生徒がいたのだ。
その生徒の名は、藍原瑠奈。
被害妄想によりクラスメートを逆恨みしていた藍原は、ネットから情報を集めて爆弾を作成。
それを教室内で炸裂させることで、クラスメートを道連れに自殺した。
それが......世間一般に流布されている情報である。
というか、警察もそのように事件を処理している故、それが公式見解である。
しかし、その見解に、ヒカリはどうしても納得がいかなかった。
短いつきあいであったとは言え、藍原がそのようなことをしでかす人間であるとは、どうしても思えなかったからだ。
だが。
事件の真相を解き明かそうにも、手がかりは何もない。
時間が経ちすぎていた。
神として認められたと言えど、ヒカリは万能ではない。
戦闘能力は向上しているが、まだまだ見習いということもあり、割とそれだけだ。
だから彼女には、クラスメートたちの冥福を祈る以外に、できることはなかった。
無力感が彼女の心を責め苛み......放っておけばいつまでも、ため息をつきながらぼうっとしてしまう。
「............」
だからヒカリは、パンパンと二度、両手で己の頬をはって気持ちを切り替え、鈴堂精肉店に小さく一礼してから、足早にその場を後にしようとした。
が、しかし。
「はあッ!?」
またしても、ヒカリは足を止めた。
看過できぬものを、見つけてしまったからだ。
それは、鈴堂精肉店の傍の路地裏の“空中に”ぽっかりと開いた、小さな“穴”だった。
穴の先には一筋の光すらさしこまぬ、暗黒の世界が広がっている。
それまでは夕日が生み出す影に隠れていたが、太陽が地平の下へと去りゆきつつあることで影の形が変わり、その姿を露わにしたらしい。
「やっば、“界傷”じゃん......」
ヒカリは眉間に皺寄せながら、そうつぶやいた。
界傷とは即ち、文字通り“世界の傷”である。
何らかの理由で世界に傷がつき、世界の外......“虚無”の空間に繋がってしまった、穴である。
大抵の場合、この穴は妖魔によって開けられることが多い。
そしてそもそも妖魔とは何かと言えば、虚無の空間を漂う“何か”だ。
元々虚無空間では不定形のアメーバ状の姿かたちをしている妖魔は、常に世界の要素を取りこむことを欲している。
故に彼らは世界の膜にとりつき、それを食い破り、ヒカリたちの世界に侵入してくるのだ。
そして次々に世界の要素を取りこみ、その情報をもとに姿を変えながら、どんどん大きくなっていく......。
その食欲に際限は無く、彼らを放っておけば、いずれ世界は食らい尽くされてしまう。
故にこそ、世界を守る立場にあるヒカリたち神々は、妖魔を滅するために日夜戦いを続けているのだ。
「タカナミ様に、連絡しなくちゃ......」
さて、界傷を見つけたヒカリはそうつぶやくと、慌ててポケットの中から、彼女の神器である携帯電話を取り出した。
先述した通り、まだ見習いであるヒカリには、できることが少ない。
雑魚妖魔の討伐ならともかく、界傷の修復となると、彼女には荷が重いのだ。
故にヒカリは、師匠の一人でもある先輩神に助けを求めようと携帯電話を取り出し、通信を繋ぐための操作を行おうとした。
しかし、その時だった!
ピッ......!
ピピーーーッ!
ポケットから取り出されたヒカリの携帯電話型神器が、突然!
小さく、弱々しい音を......発したではないか!
「えッ!?」
その音に驚き、ヒカリは思わず固まった。
しかしすぐに気を取り直し、神器を界傷に近づけた。
ピピーーーッ!!
するとその音が、わずかに強くなった。
「......嘘でしょ」
ヒカリは、目を見開いてつぶやいた。
どういうことかと、言えば。
彼女の携帯電話は、情報探索に特化した神器なのだ。
通常の携帯電話のように通話手段としても使えるし、ヒカリは説明されてもどういう仕組みか理解できなかったが、情報の検索機能もついている。
さらには、ビーコンのような機能も備わっており......今、音が鳴っているのは、このビーコン機能が反応しているからなのだ。
では、彼女の神器は、何の存在を探知して、音を鳴らしているのか。
それは、魂である。
爆発事件によって失われたはずの、ヒカリのクラスメートたちの、魂である。
つまり、彼ら彼女らの魂は。
世界中、どこを探しても見つからず......もはや消滅してしまったものと、諦めていた魂は。
この虚無空間を抜けた、どこかに。
つまり、その先にあるはずの、どこかの異世界に。
......現存して、いたのだ!
ヒカリは驚きのあまり呆然として、しばらくその場に立ち竦んでいた。
いつの間にやら彼女を照らす光は、黄色から赤色に変わり。
頭上に広がるアーケードの、ガラスの向こう側には。
チカチカと、星が瞬き始めていた。
次話から第22章です。




