476 【Small Mouse Flying In The Sky】止まれ
「み、見えて来たよタカタカ!『ファーム・ワン』だ!」
一方の、制御室内。
モニターに映し出された外部映像を確認して、エアは歓声をあげた。
彼女の言う通りそこに映し出されているのは、果てなく広がる霧の海の真ん中にちょこんと飛び出た、円形の台地。
すなわち、第一居住台地『ファーム・ワン』だ。
『ファーム・ワン』はその大部分を食肉用畜産動物であるメケナーの牧場が占める、天空王国の支配下にある領土の中では、最も大きな台地である。
人々はその円形の台地の外周......大霧海と接する土地に建物を作ってドーナツ状の街を形成しており、それがメケナーの大霧海への落下を防ぐ柵の役割を果たしているのだ。
その街を飛び越えて、天空王国を広大な牧場に不時着させる。
それこそが、タカタカの狙いである。
「進路、良し......高度良し!」
タカタカは舵輪を握りながら素早く天空王国の飛行状況を確認し、ほっと息を吐いて口元を綻ばせた。
何せ、この空飛ぶ国は、ボロボロなのだ。
エネルギータンクの爆発に端を発した機能の低下が、今なお止まらないのだ。
ボオン......。
ドドドドドド......。
今もどこか遠くの場所で小規模な爆発が起き、吹き飛んだ欠片が大霧海の青い霧に吸いこまれるようにして消えていった。
燃料不足も相まって、この『ファーム・ワン』へ到達できるか否かは、本当にギリギリのラインだった。
現在タカタカが舵輪を握っているのも、自動航行制御装置が機能停止したからに他ならない。
しかし、もはや目的地である台地は目と鼻の先である。
今なお事態は収束していないが、この時点でタカタカがその胸をなでおろしたのも、無理なからぬことである。
「それじゃあ、エア。外壁前方のブースターを噴射して、ブレーキをかけていくよ。三番の制御棒を、手前に倒してくれる?」
「わかったわ!」
天空王国が台地外周の街を飛び越えたのを確認してから、タカタカはエアにそう指示を出した。
これより、天空王国不時着作戦は最終局面を迎える。
この王国上の全ての人の命が、自分たちの操縦にかかっている。
エアは口元を引き締め、真剣な面持ちで制御装置の前に立ち......三番制御棒を小さな両手で握りしめ、己の胴体へと引き寄せた。
すると、その瞬間!
ボオンッ!
......嫌な音が、響いた。
「えっ!?」
思わず固まるエア。
そして次に、モニター上にエラーを表示する画面がポップアップした。
タカタカはその内容を確認し......思わず叫んだ!
「え、えええッ!?三番ブースター......故障!?こ、ここにきて、起動せずううッ!?」
「ど、どういうことなのッ!?私が悪いのッ!?」
わたわたと大慌てしながら振り返り、エアは泣きそうな顔でタカタカに問いかけた。
「エアは悪くないよ!単純に運悪く、最悪なタイミングで、必要なものが故障しただけ!」
タカタカは必死になって制御装置をパチパチといじり、できる限りのリカバリーを開始する。
「でも、ブースターが故障したってことは、ブレーキが効かないってことだから......」
「ことだから!?」
「もしかしたら......このままだと、不時着後に勢いが止まらずに......オレたち、放牧地の先の外周街を突っきって、そのまま......大霧海の底に、真っ逆さま、かも......!?」
「ええええええッ!?」
タカタカが最悪の予想を述べ、エアが悲鳴をあげた......その時だ!
ズガガッ!!
ガガガガガガガガガガガガッ!!
ついに天空王国ネバーフォールは、『ファーム・ワン』上の草原の上へと、不時着を開始した!
「「わあああああーーーッ!?」」
そのあまりの振動に、タカタカとエアはその場で思わず尻もちをつく!
「くッ!!」
イジョーキスも、未だ意識の戻らぬセキラン王を抱きかかえながら、必死で近くの機器にしがみつくことしかできない!
「ぬ、ぐぐぐ......!」
そんな中、一番初めに動き出したのは、タカタカだ。
彼は這うようにして舵輪へと向かい、それを握りしめ、進路を調整する。
謎の光により強化された演算能力でもって、計算上最も長く滑走できる方向へと、舵をきろうというのだ!
「ぐぐぐぐぐぐ......!!」
しかし、舵輪が......固い!
空を飛んでいる時とは違う!
タカタカは冷や汗を流し、歯を食いしばりながら......必死で舵輪を握りしめた。
すると、その時だ!
彼はふと、己の横に、暖かい何かが立ち並んだことを感じた。
横に顔を向けると、そこに立っているのはエアだ。
彼女は真剣な面持ちでタカタカのことを見つめ返し、笑顔を浮かべて、言った。
「......きっと、大丈夫......ここまで、やったんだもの!」
「......うん!」
エアの笑顔に勇気をもらったタカタカは、改めて舵輪を握りしめる両手に力をこめ、モニターを睨みつけた!
エアもタカタカに寄り添うように立ち並びながら、タカタカと同じく舵輪を握りしめて、まっすぐにモニターを見据える!
そんな彼女の背中からは......彼女も気づかないうちに、美しい翼が広がっていた。
未だ小さい......しかしながら彼女の心のように白く美しい、天使の翼だ。
「「止まれええええーーーーーーッ!!!」」
鼠獣人の少年と天使の少女。
二人は自然と声をあわせ、叫んだ!
少年からあふれ出す神気と少女からあふれ出す天使の魔力が、制御室内を黄金色に染めあげ始めた......!!
◇ ◇ ◇
さて、ここで。
盛りあがってきたところでは、ございますが。
一つ、考えていただきたい。
エミーは、どこに行ったのか?
その答えは、制御室内の隅に開けられた、丸い穴を見ればわかる。
彼女はタカタカたちが『ブレーキが効かない』だのなんだのと会話をしているのを聞いた、その時点で。
タカタカたちが必死に操縦を行っている間、こっそり事前にくりぬいておいた脱出用経路を通って、ネバーフォールの外に飛び出していた。
............逃げた?
違う。
そうでは、ない。
◇ ◇ ◇
ネバーフォールを飛び出したエミーは【黒翼】を展開して宙を滑空し、『ファーム・ワン』の草原の上に到達していた。
「............」
そしてそのどす黒い翼をバサリとはためかせて草原の上に降り立つと、エミーはおもむろに振り返った。
ズガガッ!!
ガガガガガガガガガガガガッ!!
その視線の先には、地面にその体をこすらせ轟音響かせながらエミーの立つ方向へと突っこんでくる、巨大な天空王国ネバーフォールの姿がある。
「............」
エミーはそれを見て慌てることもなく、【黒翼】を消し去る。
そして、その代わりに。
同じくどす黒く、そして悍ましい形状をした巨大な腕......即ち【黒腕】を展開し。
腰を落とし。
大地をその両足で、しっかりと踏みしめ。
その身にまとう鎧の節々から邪悪な靄を噴出して、辺りをどす黒く染めあげながら。
............叫んだ!
「............止めるッ!!!」




