464 セキラン王の苦悩
セキラン・ネバーフォールは、できた王ではない。
その性質は邪悪とは言い難いが、やる気がないのだ。
『覚悟を決めよ、セキラン......良き王となれ』
彼の姉はそう言って、ネバーフォールの未来を支えるために、姫贄の儀の生贄としてその命を捧げた。
......姫贄の儀とは何か。
端的に言えば、生贄をグズグズに溶かして魂ごと魔力に変換し、ネバーフォールの稼働エネルギーとして転用するための儀式だ。
生贄の対象としては膨大な魔力を有する王族、特に幼い女性が最適とされており、セキランの姉以外にも多くの姫たちが、ネバーフォールを支えるために、その身を捧げてきたのだ。
洗脳じみた教育によりセキランの姉はすっかりその儀式の必要性に納得し、何の疑いもなく生贄となった。
この献身が、愛する弟の治世を支えることになるのだと、喜んで。
だが、しかし。
その献身こそが......その、死、こそが。
幼いセキランの心を傷つけ、代々のネバーフォール王のように、“王として持つべき心”を身に着けるための妨げになったのだから、皮肉なものである。
ただの悲劇でしかない。
そうなる可能性に全く気がつけなかったのだから、やはりセキランの姉が受けた洗脳教育は、歪なものであったのだ。
◇ ◇ ◇
姉の死後、明るく素直であった王子は、その性格を一変させた。
毎日鬱屈として過ごし、何事にもやる気というものを見せない。
それは、王として即位してからも変わらなかった。
とは言えセキラン王は、民がいたずらに傷つくことも望まなかった。
民のことは、嫌いではなかった。
だから、適度に。
適当に。
なんとなく、王として過ごしていた。
一方で、生贄を要求する......大精霊アトモのことは、嫌いだった。
憎んでいると、言っても良い。
姉を殺したのは......姫贄の儀を要求したのは、大精霊アトモだ。
憎くないわけがなかった。
それなのに、アトモの指示は絶対だ。
“王の腕輪”にメールが届けば、セキラン王は必ずそれに従わなくてはならない。
それが、ネバーフォール王家が誕生して以来の、絶対の掟だ。
所詮、この国において、王族は大精霊アトモにとっての、“便利な”手駒。
あるいは......使い捨ての、乾電池。
屈辱だった。
しかしながら、アトモに対して表立って反抗する気力もなかった。
セキラン王は、ただただ鬱屈とした毎日を過ごしていた。
......明らかに悪人であるナボコリスを宰相として任用したのは、アトモに対する嫌がらせのつもりだった。
国が乱れれば、アトモも困るだろう。
そのような動機で、彼はナボコリスを選んだ。
しかし予想に反して、アトモはこの失政に対して、まるで反応を示さなかった。
そして予想以上に、ナボコリスは非道な人物であった。
ただただ民が苦しみ、余計に傷つくだけ......セキラン王のささやかな反抗は、そんな最悪な結果に終わった。
気づけばナボコリスの力は王であっても無視できない程に成長しており、簡単に罷免もできない。
できるのは、民に対するささやかな支援のみ。
セキラン王の毎日は、さらに鬱屈としていった。
◇ ◇ ◇
娘であるエアの誕生も、セキラン王の苦悩を和らげはしなかった。
むしろ彼女の存在は、セキラン王の心の中でさらなる重しとなった。
もちろん、娘のことを、彼は愛していた。
無条件に、愛していた。
しかしながら、日に日に最愛の姉そっくりの姿へと成長していくエアの姿を見て、セキラン王は思ったのだ。
『いずれこの子も、姫贄の儀の生贄として、選ばれてしまうのではないか』と。
そう思ってしまうと......もう、ダメだった。
セキラン王は、エアのことを、自分から遠ざけるようにした。
離宮に閉じ込め、極力顔を合わせないようにした。
情が湧かないように。
周囲から見れば、エアは王女であるにも関わらず、セキラン王から冷遇されていた。
エア自身も、そう思っていた。
しかし、セキラン王の心の中だけでは、そうではなかった。
セキラン王は、エアのことを愛していた。
だからこそ、遠ざけてはいたがそれなりに不自由のない暮らしをさせていたつもりだった(ただし官吏による横領が横行しており、エアには十分な養育費が使われてはいなかった)し、かつて暗部の棟梁を務めていた女傑イジョーキスを、護衛も兼ねたエアの専属侍女として迎え入れた。
大精霊アトモから『エアを姫贄の儀の生贄として差し出すように』という最悪の命令が届いた際には、あえてエアの住む離宮の警護を減らすことで、間接的にエアとイジョーキスの逃亡を支援した。
セキラン王は、ダメな王だ。
父親としても、ダメな男であると言える。
しかしながら、その心に娘を愛する気持ちは、確かに存在していた。
◇ ◇ ◇
ついに痺れを切らした大精霊アトモが、ネバーフォール国民全員の命を盾にとってエアを連れ戻すように命じて初めて、セキラン王はタカタカ少年からエアを奪い去った。
セキラン王は、何故だか......信じていたからだ。
小さな鼠族の少年に、秘められた力を。
彼ならば、間違いなくエアを救ってくれる。
不甲斐ない自分に代わって、エアのことを幸せにしてくれる。
本当に......何故だかわからないが。
セキラン王はある日突然、そう確信したのだ。
だから、セキラン王は、待っていた。
タカタカ少年が、全ての試練に打ち勝ち、エアを救いにやって来ることを!
◇ ◇ ◇
それなのに。
タカタカ少年がやって来たと、思ったのに。
その実やって来たのは、不吉な色合いをした、謎の少女である。
「「............」」
セキラン王とエミーは、しばらく無言で見つめあっていた。
そうしてから、改めて。
セキラン王は、エミーに問うた。
「............誰?」
......と。
もちろんエミーは、言い返した。
「だから、お前が誰だ!!」
......と。




