463 天空王国の中枢で
「我らを王族たらしめているものは、何か。それは、我らが背に宿る、“翼”に非ず。我らが背に負う、民の命を守る......その覚悟である」
かつて“彼”にそう語ったのは、たった十歳の少女だった。
さらりと腰まで流れる金の髪はまるで太陽のように輝き、青い瞳は大空のように澄みわたる......。
歳に見合わぬ怜悧な知性を備えた、美しい少女だった。
「覚悟を決めよ、セキラン......良き王となれ」
少女は......セキランの厳しくも優しい、最愛の姉は。
そう言って、笑った。
それが、彼女の最後の言葉だった。
◇ ◇ ◇
「............」
ネバーフォール天空王国国王、セキラン・ネバーフォール。
彼は眉間に深い皺を刻んでその端麗かつ若々しい......しかし目の下の隈や少しこけた頬などが少し弱々しい印象を与えるその顔を歪めながら、意識を覚醒させた。
ゆっくりと瞼が開き、まず視界に映し出されたのは、どこまでも続くエセレム大霧海と、それに覆いかぶさるように広がる美しい青空である。
しかし彼は、どこか外の景色が一望できるデッキのような場所で昼寝をしていた、というわけではない。
彼がいるのは、ネバーフォール天空王国の中枢......迷宮最深部に存在する、制御室である。
ドーム状に形作られたこの部屋の内壁は全てがモニターとなっており、常に全方位の外界の映像が映し出されているのだ。
「............視たくもない夢を、視たものだ......」
頬に残る涙の跡を拳でぐしりと拭い去ると、セキラン王は寝起きで重たい体を何とか玉座から引きはがし、立ちあがった。
そしてぼうっと、目の前を見つめる。
そこにあるのは、概ね今の時代に製造されている飛空艇に採用されているものと同様の型の、舵輪と計器、そして制御盤だ。
つまりこれらは、天空王国ネバーフォール......もとい、空中要塞ネバーフォールをマニュアル操作で動かす際に使用する装置である。
現在この国は“大精霊アトモ”が浮遊状態を維持しているが、いざと言う時のため、ネバーフォールの王族はこれらの装置を使ったこの空中要塞の手動操作方法を、必ず学ぶ。
まあ......その『いざと言う時』が訪れたことは、王家の歴史書を紐解く限り、一度も存在しない。
これは多くの国民が知らない事実であるが......この国はひらかれてからこの方、ずっとアトモの庇護のもと存続されているのだ。
......“庇護”、と言えば聞こえは良いが。
その言葉を言い換えるならば、“支配”だ。
王族は、『民の命をその背に負う』らしい。
故にこそ、この国を空に浮かばせているアトモの支配には、抗えない。
へそでも曲げられ、大霧海の底になどこの国を沈まされた日には、人間は皆、死に絶える。
アトモの宣託は、絶対である。
所詮この国において、王族など“便利な”手駒であり、あるいは使い捨ての......。
「............」
ここでセキラン王は首を横に振り、無理やり思考を中断させた。
これ以上は、いけない。
顔に出てしまう。
セキラン王は極力無表情を取り繕い、しかし思わずため息をつきながら、後ろを振り返った。
そこにあるのは、七色に輝きながら宙に浮き、その下部からは四方八方にまるでクラゲのようにケーブルを伸ばした、巨大で不思議な球体。
大精霊アトモが宿る宝玉と言われている......アトモ・スフィアである。
セキラン王は、さらにそのアトモ・スフィアの上部にへと、視線を動かす。
そこには漏斗のような形状をしたガラス管が、天井から吊られており。
仄かに輝く薄水色の液体に満たされたその中には、静かに眠る一人の少女が、フワフワと漂っていた。
さらりと腰まで流れる金の髪はまるで太陽のように輝き、青い瞳は大空のように澄みわたる......。
現在は謎の液体に浸され瞳を閉じているためわからないが、本来であればそのような容姿を持った、美しい少女である。
つまり、その少女は。
セキラン王の最愛の姉と、瓜二つの姿をしている。
セキラン王の娘。
エア・ネバーフォール......その人である。
「......!!!」
セキラン王は堪えきれず、すぐに後ろを振り返った。
少しの間でも、見ていられない。
涙がこぼれて止まらない。
セキラン王は俯き震えながら、静かに嗚咽した。
しかしその嗚咽、すぐに中断させられる。
ブーッ、ブーッ、ブーッ......。
そんな音を鳴らしながら、セキラン王が腕につけた通信デバイスが、“メール”の着信を知らせたからだ。
メール......それは即ち、大精霊アトモからくだされる、宣託である。
セキラン王は気づいていなかったが、このメール、どうやら彼が仮眠をとっている間にも、何通も届けられていたらしい。
セキラン王は慌てて、腕輪型通信デバイスの液晶画面に、未読の受信メールを表示させる。
すると、それらのメール......文面は全て、同一のものであった。
メール本文に、文章は一切なく。
要件は、メールの件名にて、端的に表示されていた。
即ち。
『急ぎ、姫贄の儀を執り行いなさい』
大精霊アトモからは、繰り返し繰り返し、執拗にそのメールが送りつけられていたのだ。
何故か。
アトモからセキラン王は、3日という、娘との別れの時間を授かっている。
それなのに、期限を待たずに、急げとは。
「ク......クククッ!」
その理由に思い至り、セキラン王は思わず、笑い声を漏らした!
つまり!
つまり、つまり!
エアに!
かつて、姫贄の儀により失った最愛の姉と生き写しの、セキラン王の娘に!
助けが......来たのだ......!!
それを証明するかのように、その時ちょうどセキラン王の背後で、この制御室への唯一の出入り口である重たい扉が、ゆっくりと開く音が聞こえ始めた。
ギギ、ギギギ......!
まるで苦悶の声のように響くその重々しい音が、セキラン王にはまるで神々の祝福の歌であるかのように聞こえた!
セキラン王は、エアのことを、ずっと放置していた。
顔も合わせようとしなかった。
それは、事実だ。
しかし、嬉しい。
悪逆非道な王である己を打ち倒し、娘を救い出そうとしてくれる存在がいる。
それが、たまらなく嬉しい!
歪みに、歪んでいるが。
結局のところ、彼はやはり、娘のことを愛していた。
だからこそ、嬉しいのだ!
「よくぞ、ここまで来た......」
そして静かにそうつぶやくセキラン王は、今ここにやってきた侵入者に、心当たりがあった。
きっとそれは、鼠獣人の少年、タカタカだろう。
エアと友誼を結んだ......勇敢な飛空艇乗りの少年だ。
セキラン王はずっと、エアが王宮から逃げ出した後も、密かにその動向を追っていた。
ついにはアトモに脅され、連れ戻さずにはいられなくなったが......そう動かざるを得なくなるまでも、彼はいつだって、様々な手法を用いてエアのことを把握していた。
当然、タカタカのことも知っていた。
「エアを救うため奮闘した君に......まずは父として言わせてもらう......ありがとう」
背を向けたままであるが......セキラン王は良く通る大きな声で、侵入者に向かって感謝を述べた。
「しかしながら、王として......私は君を、阻まなければならない。大精霊の宣託は、絶対である。儀式は、遂行する」
しかしすぐに、セキラン王はその言葉に敵意をこめ、冷徹な口調でそう告げた。
「故に」
ここでセキラン王は、ついに振り返った。
そして!
「エアを救いたくば......この私を、見事打ち倒してみせよッ!!」
その背から白く大きな“翼”をはためかせ、宙に浮きながら、侵入者と対峙したのだ!
そう......侵入者!
それは、エアの大切な友人!
タカタカ少年!
......だと、セキラン王は思っていた。
だが、しかし。
そうではなく。
それは。
なんか......見たこともない......。
不吉な気配のする......黒髪黒目の、少女だった......。
「............」
セキラン王は、一旦宙に浮かんだのをキャンセルして床に着地し、まじまじと侵入者の少女のことを見つめた。
そして、言った。
「............誰?」
......と!!
対する侵入者の少女、エミーは!
胸をはり......堂々とした姿勢で!
こう、言い放った!
「いや、お前が誰だよ!!」




