462 悪徳宰相ナボコリス3
「はッ、はひッ!はッ、はひッ!」
走る、走る、走る。
顎と腹の肉を重そうに揺らしながら、悪徳宰相ナボコリスは人のいない狭い路地裏を必死になって走る。
後ろになでつけ整えていた金髪はすっかり乱れ、黄金色の輝きを放っていた高級なベルベット風コートも、今では転んで擦りきれたりゴミがついたりして、すっかりボロボロだ。
「待て、待てーーーッ!!」
「はひッ!?」
後ろの方から大声が聞こえ、汗を散らしながら振り返ると、彼を追いかけるは活動家ヘクトパ青年とその支持者たち。
つまり、反宰相派だ。
キオセンに命じてかなり痛めつけておいたはずだが......青あざの浮かぶその顔面こそ痛々しいが、彼らはまだまだ疲労しているとは言い難い様子。
興奮で、痛みも疲れも感じていないものと思われる。
対するナボコリスは、日ごろの運動不足も相まってもはやヘトヘトだ。
このままでは王宮までは逃げきれず、いずれ捕縛されるは必定。
(こう、なったら......!)
故にナボコリスは、切り札を切ることに決めた。
幸い今彼が逃げているのは、彼の所有地だ。
自分の別邸を立てるため、既に住民を違う土地だったりあの世だったりに追い出しておいた、無人の区画だ。
そしてここには、“あれ”があるのだ。
偶然発見した、超古代魔導遺物が。
つまり......オーパーツが!
(良し、間に合った!)
路地裏の最奥にある、超古代文字の記された隠し扉を見つけ思わずニヤリと口角をあげると、ナボコリスは急いでその扉を開錠!
転がるようにしてその中に飛びこみ、地下へと続く階段をくだり始めた!
◇ ◇ ◇
「こ、ここは、一体......!?」
一方、その少し後......ナボコリスを追って地下へと続く階段をくだっていたヘクトパ青年は、冷や汗を流しながらそうつぶやいた。
黒っぽい金属のような......見たこともない素材で作られた壁や天井。
冷たい光で足元を照らす、魔灯。
空気はかび臭く、どうにも不気味な印象だ。
「なあ、ヘクトパさん、もしかしてここは、都市伝説にもなっている“迷宮”ってやつなのでは?」
「バ、バケモノの巣だってのかよ!?」
ヘクトパに続く反宰相派たちも、その異様な空間に怯えている。
だが、しかし。
「ナボコリスは、この先に向かったんだ......進まないわけには、いかない!」
ヘクトパは恐怖を振り払い、先頭に立って、階段をくだり続けた。
そして、1、2分程進んだ頃だろうか。
彼らは階段をくだりきり、ついに大きな広間へとたどり着いた。
必要最低限の魔灯で照らされた、薄暗い空間だ。
その中心には、布をかぶせられた巨大な物体が鎮座しており......その物体の前にたたずんでいるのは......悪徳宰相ナボコリスである!
「い、いたぞ!」
「ナボコリスだ!」
反宰相派たちはいきりたち、口々に罵詈雑言を放ちながらナボコリスをとり囲もうとした。
しかし!
「ナーーーッハッハッハッ......ナァーーーッハッハッハッ!!」
突然狂ったように笑いだしたナボコリスの異様な様子にのまれ、彼らは思わず足を止めた!
「な、何を笑っている!?」
「......そりゃあ、笑いたくもなる!ずっと使ってみたいと思っていた玩具で......ようやく遊ぶことが、できるわけだからなッ!!」
ナボコリスはその瞳を大きく見開き爛々と輝かせながら、己の近くにある巨大な物体にかぶせられた布を、思いきり引っ張った!
すると、その布の下にあったもの。
それは!
巨大な二本の大剣をその手に構える......ずんぐりとした、しかしながら巨体の、全身鎧を着た戦士であった!
「なんだ、巨人!?」
「しかし動かないぞ!?」
「彫刻か!?」
その威容に慄きながらも、わけがわからず口々に叫ぶ反宰相派。
しかしその中にあって、ヘクトパだけはこの戦士の正体を概ね看破していた。
「......ゴーレム、か!」
「ナーーーッハッハッハッ!正確に言うなら、魔導ロボットよ!」
冷や汗を流しながらつぶやかれたヘクトパの言葉を、ナボコリスは笑いながら訂正した。
そして手元の、小さいが分厚い真っ白な古文書をパラリと開き、勝ち誇った顔で解説を始めた!
「しかもこいつは、この古文書によれば、世界に五体しかない“スチール・ファイブ”シリーズ......その初号機!絶大なる戦闘力を秘めた、伝説のオーパーツなのだーーーッ!!」
さらにナボコリスはポケットから小さな棒状の物体を取り出すと、それを魔導ロボットに向け......何やらスイッチを押した!
すると、ブゥンという音を鳴らしてから、魔導ロボットは小刻みに震え始める......!
瞳を模して顔面に配置された二つのライトが赤く輝き、腰の排気口からは威圧的な音を立てながら蒸気が排出される!
「さあ、目覚めの時だ、“スチール・サム”よッ!!目の前のゴミ共を......皆殺しにせよーーーッ!!」
そしてついに、準備が整ったこの魔導ロボットに対して、ナボコリスの非道な命令がくだされた......!
ヘクトパたちは、戦士ではない。
このような戦闘用人型兵器に、抗う術があろうはずもない。
もはや顔を青くして震える彼らに待ち受けるのは、蹂躙され虐殺される......そんな未来。
それだけで、あるはずだった。
しかし......その時だ!!
パカリ。
そんな、軽い音が鳴ったかと思うと。
魔導ロボットの足元に、突然大穴が開いて。
魔導ロボットは、為す術なく。
穴の中へ、ピューーーッと落ちていき......その姿を消した。
なぜそのようなことが起きたのかと言えば、ちょうどこの時エミーがこの部屋のずっと下にある迷宮で短慮を起こして暴れ、ペナルティを執行する必要が生じたからだが、それはさておき。
「「「「「............は?」」」」」
突然の事態に、ナボコリスと反宰相派の面々の、呆けた声が揃った。
パコン。
そんな間抜けな音を鳴らしながら、魔導ロボットが落ちていった穴さえもすぐに塞がれたので、今やこの広間の中心に存在するのは、太った金髪のおっさん、ただ一人である。
「あ、あの......えっと......あれ......?」
ナボコリスはその顔に混乱の表情を浮かべながら、キョロキョロと周囲を見回した。
この広間、魔導ロボットの保管場所であり、行き止まりである。
もう逃げ場はない。
周囲で己をとり囲んでいるのは、その瞳に憎しみを燃やす反宰相派。
「............」
故にナボコリスは、大きく息を吸って吐き、気持ちを整えてから。
............叫んだ!!
「金なら、あるぞおおーーーッ!!誰かッ、ワシをッ、助けろおおーーーーーーッ!!!」
「「「「「「捕まえろーーーッ!!」」」」」」
しかしながらこの場には、そのような買収に応じる者など、いるはずもなく。
私利私欲を満たすため天空王国ネバーフォールを食い荒らした、悪徳宰相ナボコリスは。
ついに捕縛されたのだった。




