460 悪徳宰相ナボコリス1
さて、エミーが(無理やり)開けた扉。
ついにたどり着いたその奥は、ネバーフォール天空地下大迷宮の最深部であり......悠久の時を経てもなお空を飛び続けるネバーフォール天空王国の中枢である。
そこに一体、何が待ち受けているのか。
そこで一体、何が巻き起こるのか。
これからその顛末を、語って参りたい所存である。
......が、しかし!
その前に。
少し時を遡り、とある男の不幸について、語ろうと思う。
その男は......もともとこの日、身の破滅の訪れが“予定されていた”男だ。
しかしながら、エミーの無自覚な介入により......その破滅の在り方が若干、捻じ曲げられてしまった男なのだ。
......その男の名は、ナボコリス。
自他共に認める......“悪徳宰相”である。
◇ ◇ ◇
ネバーフォール天空王国、中央大通り。
遊園地時代に作られたファンシーで可愛らしい不思議な建物、そして受け継がれし超古代魔導文明の技術を用いて作られた“近代的な”建物が混在する何ともカオスな見た目のこの通りは、それでいて官公庁や大規模商業施設が立ち並ぶ、この国の商業的な中心地だ。
故に普段であれば、この通りは旅人や買い物客であふれ、賑やかな喧騒に包まれているはずである。
しかしながら、今この時。
中央大通りは、静寂に包まれていた。
「ナーーーッハッハッハッ!!ナァーーーッハッハッハッ!!」
いや......より、正確に言うのであれば。
この中央大通りには。
周囲の人間が、沈黙を続ける中。
ただ一人の男だけが......高笑いを続けていた。
その男の年の頃は六十代程で、すっかり生え際が後退した金髪を後ろになでつけている。
目じりは垂れているがその瞳はどこまでも冷たく欲望で濁りきっており、そこに優しさなどは微塵も感じられない。
またかなりの肥満体であり、彼が笑うたびに、首がどこにあるのかわからないほどについた顎の肉がタプタプと揺れるのだ。
そう......彼こそが、悪徳宰相ナボコリス。
悪辣な手腕によりこの国の実権を握った......いわゆる“宰相派”のトップである!
つまり、悪い奴なのだ!
「全く、愚かなものよ......このワシに歯向かうから、こうなるのだ!」
ひとしきり大笑いした後、ナボコリスはそれまで足蹴にしていた青年の腹を、思いきり蹴とばした。
「うッ......」
力なく呻きながら、石畳の上を転がる青年......。
既にその服はボロボロにされており、その顔は切り傷や青あざだらけで、口からは血が流れだし筋を作っている。
この青年の名は、ヘクトパ。
宰相派の横暴に憤りこの国の腐敗を正すため立ちあがった、若き反宰相派のリーダーだ。
彼はこの日、志を同じくする同志たちと共に、大規模な抗議活動を行っていた。
通りを練り歩き、宰相派の腐敗を糾弾し、支持を集める。
そういう類のものだ。
そんな彼らに、悪徳宰相ナボコリスがとった対応。
それは......有無を言わさぬ、不当な暴力による弾圧であった!
「おおっと!宰相様ぁ、それ以上はいけやせんぜ!お召し物が、汚れちまう!ヒヒヒ......」
「おお、気が利くなキオセン!ナッハッハッ!」
その暴力の実行部隊となったのが、現在下品な笑い声を漏らしながらナボコリスの革靴を磨いている男......キオセンが率いる警備兵たちだ。
彼らは天空王国軍の中でも特に腐敗が進んでいる部隊の一つであり、おおよそ民を守るべき兵とは言い難い素行不良の者たちが集まっており、今や完全にナボコリスの私兵団と化しているのだ!
キオセン隊の警備兵たちは、突然反宰相派の抗議活動に参加していた国民たちに襲いかかり、彼らを打ちのめしていった。
彼らは何も、違法な行為を行っているわけではないにも関わらずだ!
今だって彼ら堕落警備兵たちは、暴行の末身動きが取れなくなった反宰相派の人々を囲み剣を向けながら、ヘラヘラと笑っている。
つまり、悪い奴らなのだ!
「くそッ!ヘクトパさん......!」
「どうすりゃ、良いんだ!?」
反宰相派の抗議活動には多くの国民が参加しており、堕落警備兵たちの暴力から逃れた者も多い。
しかしそんな彼らも、まるで人質のように剣を向けられているヘクトパたちのことを慮り、これ以上の警備兵たちへの反抗を躊躇していた。
彼らは歯を食いしばりながら、ヘクトパたちへの暴行を、見ていることしかできなかった......。
なお、キオセンは性根が腐っており、その上他者の苦しむ姿に興奮を覚えるサディストであるが、剣術の達人でもある。
戦闘技術を持たない反宰相派の面々では、戦いを挑んでも返り討ちにあうことが目に見えている。
故に、なおさら、彼らはこれ以上の行動を、起こすことができなかったのだ。
「さて......ワシも久しぶりに体を動かし、実に気分が晴れやかだ!運動するというのも、たまには良いものだな!ナッハッハッ!」
「ヒヒヒ、おっしゃる通りで!」
反宰相派の国民たちが固唾をのんで見守る中、ヘクトパのことをひとしきり嬲って満足したナボコリスは、そう言って楽しそうに笑った。
キオセンはヘコヘコと頭を下げながら、ナボコリスの頬を流れる汗をふきとる。
「というわけで、リフレッシュができたので、ワシは執務に戻ることにしよう」
そしてナボコリスはそう言うと、踵を返し、ゆっくりと王宮に向かって歩き始めた。
しかし、すぐに足を止めて振り返り。
「ああ......そうそう、キオセン」
「へい!」
己のことを睨みつける、傷だらけのヘクトパのことを、濁った瞳で蔑むように見下すと。
「そのゴミ......とっとと、処分しておけ」
キオセンに対して......そう、非情なる命令をくだした......!
「ヒヒヒ!へいへい、かしこまりましてごぜぇますよーーーッ!」
キオセンはその命令を受け、喜び勇んで、ヘクトパの体を蹴り転がした!
「うぐッ......」
「ヒヒヒ、それではこれから、宰相様の命により、反宰相派とかいう愚か者の集まりの首魁ヘクトパの、処刑を開始する!罪状は......『国家転覆罪』とか、『宰相様侮辱罪』とか、そういう感じのアレだーーー!」
キオセンはなかなか頭の悪い適当な台詞を高らかに述べながら......腰に差していた剣を抜き、天に向かって掲げた!
日の光を反射し冷たく輝くその刃に、反宰相派の群衆からは、誰のものともわからぬヒッと息をのむ音が響く!
「それじゃあ坊主、ヒヒヒ、なるべく苦しんで死ね......あばよーーー!」
そしてキオセンは、その剣を。
まっすぐ。
ヘクトパに向け......振りおろそうとした。
......しかし、その時だった!
「......あああああああーーーーーーッ!?」
そんな叫び声と、共に。
彼らに向かって。
空から。
......何かが、降って来たのだ!
「あん!?」
慌てて声のする方向を振り向く、キオセン!
すると、彼の視界に映ったものは......空を飛ぶ巨大な肉塊!
いや......違う!
キオセンと同じく宰相派であり、空軍司令室に引きこもっているはずの......。
天空王国空軍軍団長、コーキアツの姿であった!




